COLD WAR あの歌、2つの心

冷戦下に出会った2人が激情の果てに行きつく先とは?
ポーランドの民族音楽やダンス、パリのジャズが熱く彩り、
15年にわたり変遷してゆく恋愛関係をシリアスに描く

  • 2019/06/25
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COLD WAR あの歌、2つの心

2018年の第71回カンヌ国際映画祭にて監督賞を受賞した注目作。冷戦時代にポーランドで出会った男女が、時代と熱情に翻弄されながら、自分たちなりの関係を突き進む物語。監督は、2015年の第87回アカデミー賞にて外国語映画賞を受賞した『イーダ』のパヴェウ・パヴリコフスキが手がける。出演はポーランドの俳優を中心に、『イーダ』のヨアンナ・クーリク、本国で映画や舞台で活躍するトマシュ・コット、『イーダ』『ダーク・クライム』のアガタ・クレシャ、セザール賞の受賞経験をもつフランスの女優ジャンヌ・バリバール、1998年の映画『倦怠』の監督であるセドリック・カーンほか。歌手を夢見る若いズーラと、後進を指導する立場にあるピアニストのヴィクトルは音楽舞踊団の養成所で出会い、強く惹かれ合うが……。自身でも戸惑うほどの激情、正反対の育ちや気質である相手への羨望とコンプレックス、冷戦下という抑圧された情勢、どうしようもない矛盾や混乱を丸ごと呑み込む大人の情愛をありありと描く。1949年から15年にわたる2人の関係をモノトーンの映像で映し出す、シリアスなラブロマンスである。

ヨアンナ・クーリク

1949年、冷戦下のポーランド。3人の男女が、民族音楽を“収集”するために村から村へと訪ね歩いている。社会主義による“民族性への回帰”という情勢のなか、国立の舞踊団「マズレク」創立のため、管理部長のカチマレク、ピアニストのヴィクトル、ダンス教師のイレーナが準備をしていた。その後、舞踊団の養成所にてオーディションを実施。少年少女たちを歌やダンスで選抜してゆくなか、ヴィクトルは金髪の少女ズーラの力強い歌声と、独特の存在感に惹かれる。そして1951年、ワルシャワでのマズレクの初舞台は大成功、ヴィクトルとズーラは激しい恋に落ちる。自身の音楽性の追求や精神的な自由を求めるヴィクトルは、パリへの亡命を決意。1952年の東ベルリンでの公演後、ズーラと一緒に亡命をするべく用意をしていたが、約束の場所に数時間を過ぎてもズーラが現れず、ヴィクトルは1人で西側へと亡命する。1954年のパリ。ヴィクトルは編曲や作曲をしながらジャズバンドのピアニストとして活動していた。舞踊団のツアーでやってきたズーラと再会するが、短い会話と抱擁で別れる。そして1957年、シチリア人と結婚して合法的にポーランドを出たズーラは、夫と別れ、パリでヴィクトルと暮らし始めるが……。

移ろいゆく社会、街、人々の姿、そして恋人たちの心。説明的なセリフやシーンがなく、激動の時代を生きる2人の鮮烈な関係を淡々と追ってゆく。舞踊団のスターとなる若い女性シンガーとベテランのピアニスト、強い個性と自我をもつ2人の恋愛ドラマというだけでなく、ポーランドの民族的な音楽や舞踊、パリのジャズやビバップといった音楽やダンスが全編にあり、シリアスな物語を熱く彩る魅力となっている。この物語を何年も前から考えてきたというパヴリコフスキ監督は、本作への私的な思い入れについてこのように語っている。「この2人は部分的に私の両親をもとにしている。彼らはそれぞれに別のパートナーとくっついたりしながらも、とても激しい関係を結んでいた。それは、ある意味、究極のラブストーリーだった。彼らはどちらも自分をコントロールできず、落ち着いていられない。それなのに、一緒になることが運命づけられているカップルなのだ」

ヨアンナ・クーリク,ほか

ひとりの少女が舞踊団のスターとなり大人の女性となってゆくズーラ役は、ヨアンナ・クーリクがコケティッシュかつエキセントリックに表現。アーティストとしても女としても衝動に身をまかせ、自らの心身まで焼き焦がしてもなお立ち上がって突き進む、という本能的なさまが圧倒的だ。ピアニストのヴィクトル役は、西側に単身亡命し音楽家としての道を探究しながら、ズーラとの関係を求める姿を繊細に。“出会ってしまった”2人の関係をともに丁寧に演じている。ズーラが所属するマズレク舞踊団の管理部長カチマレク役はボリス・シィツが、同団のダンス教師イレーナ役はアガタ・クレシャが、パリでのヴィクトルの恋人で詩人のジュリエット役はジャンヌ・バリバールが、パリのヴィクトルの友人ミシェル役はセドリック・カーンが、それぞれに演じている。

本作の見どころのひとつは、1950年代のポーランドやパリの音楽とダンス。一般的に有名な曲ではなく知る人ぞ知る、というものがメインながら、そのどれもがとてもエネルギッシュで、トラディショナルであり民族的なものや哀感あるメロディであってもどこか力強さを感じさせるのが特徴だ。熱い音楽とダンス、ズーラとヴィクトルの破滅的な恋愛、この2つは、モノトーンの映像で際立つ光と影の強いコントラストにも似て、相互作用で飽きさせず、観る側に強い印象を与える。劇中の音楽については、自分でもジャズピアノを演奏するパヴリコフスキ監督が、本作の「マズレク舞踊団」のモデルとなったポーランドに実在する国立民族舞踊団マゾフシェの歌曲すべてを聴いて選曲。1982年生まれのピアニストであり編曲家、現代のポーランドを代表する音楽家のひとりというマルチン・マセツキがジャズナンバーを編曲、劇中でのヴィクトルのピアノ演奏の吹き替えを担当しているのも、本作の魅力のひとつだろう。監督はこの映画を両親の実話そのものではなく、パートナーとしての特異な関係性を描くのにあくまでも部分的に取り入れたこと、音楽が重要な役割を果たしていることについて、このように語っている。「伝記映画は嫌いだ。人生の物語を綴ることなんてできない。そこに因果関係の理屈を押しつけると、とても安っぽい場面やダイアローグの連続になってしまうし、演出もひどく貧相なものになりがちだ。どうしたものかと呻吟した結果、こうした省略的な描き方に行き着いた。やがて、まとめ役となってくれる何かが必要になり、音楽がすべてを統合し、移り変わってゆく人間関係や時間や場所を見極めるのに手を貸す3番目の登場人物となった」
 「オヨヨ〜」というフレーズが耳に残る、本作のタイトルにもなっているポーランド民謡の「2つの心」は、農村の少女の独唱、ポーランド語によるデュエット、舞踊団での合唱、フランス語で意訳してジャズで歌う、といろいろなバージョンがあるのも面白い。本作の公式HPのトップページでは、サウンドトラックからポーランド語でジャズバージョンの「Dwa Serduszka(2つの心)」、フランス語のジャズバージョンである「Deux cœurs(2つの心)」、ズーラを演じるヨアンナが歌うフランス語のジャズ「Loin de toi(直訳:あなたから遠く)」の3曲が試聴できる。有名な楽曲ではなくとも同じメロディが繰り返しいろいろなバージョンで流れることで観る側に親しみをわかせ、時にはドラマティックに時には控えめに、音楽やダンスによってストーリーを演出するという監督の手法が効いている。なかには舞踊団の少年少女たちが革命歌「インターナショナル」、スターリンを称える「スターリン・カンタータ」を合唱するシーンもあり、当時のプロパガンダに利用されていたというもの悲しさも。ともあれ筆者はもともと音楽とダンスが好きで、それほど詳しくはないものの民族音楽もジャズも普段から好んで聴いていることから、ヴィクトル(実際はマセツキ)がパリのバーでバンドメンバーとともに演奏するシーンはもちろん、民族音楽の収集シーンでの地方の人たちの演奏や、舞踊団のオーディションで歌う少女たち、皆それぞれに魅力があり、良質な音楽とダンスにまつわるさまざまなシーンを満喫した。

トマシュ・コット

激動の時代に翻弄され、男女の情愛がもつれ、シリアスに展開してゆくラブロマンスである本作。恋愛、熱情、亡命、運命の転機といったテーマを描くなか、恋愛関係に影響を及ぼすさまざまな問いかけについては、監督は未解決のまま置いておきたいとして、このように語っている。「結局、大きな疑問は、永遠に続く愛の可能性はあるのか? 愛は人生を、歴史を、この世界を超越することができるのか? ということだ。最後に2人の愛は、何とか超越していくのではないかと思う」
 そしてラストシーンは、観客にゆだねられる。観た後に陽気な気分になる作品では決してないものの、結末について筆者があれかそれかと2択で話していると、宣伝さんから第3の説もでてきて盛り上がり、こうして話すのもまた面白いなと。ポーランドの民族音楽と舞踊、パリのジャズ、大きく移り変わっていく時代、そして激しい化学反応を何度も繰り返して火花を散らす男と女。季節的には梅雨の時期にも合うものの、どちらかというと秋冬に合うイメージの作品ながら、こうしたモノトーンの映像とドラマティックなロマンスで、夏にクールダウンするのもいいかもしれない。

作品データ

公開 2019年6月28日よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国
制作年/制作国 2018年 ポーランド・イギリス・フランス映画
上映時間 1:28
配給 キノフィルムズ
原題 ZIMNA WOJNA
監督・脚本 パヴェウ・パヴリコフスキ
脚本 ヤヌシュ・グウォヴァツキ
撮影 ウカシュ・ジャル
ジャズ・編曲 マルチン・マセツキ
出演 ヨアンナ・クーリク
トマシュ・コット
アガタ・クレシャ
ボリス・シィツ
ジャンヌ・バリバール
セドリック・カーン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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