ロケットマン

エルトン・ジョンの波乱に満ちた人生と人間模様とは
孤独な少年時代〜音楽界での成功と私生活の転落と再生
ミュージカルで魅せ、幻想と現実のミックスで描く伝記映画

  • 2019/08/22
  • イベント
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ロケットマン© 2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

世界一売れたシングルの記録保持者で(故・ダイアナ妃に捧げた1997年の曲『Candle In The Wind』)、楽曲の売上が全世界のレコード売上の4%を占めた時期もある、イギリスの伝説的アーティスト、エルトン・ジョンの実話をもとに描く話題作。出演は、『キングスマン』シリーズのタロン・エガートン、『リトル・ダンサー』のジェイミー・ベル、ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のリチャード・マッデン、『ジュラシック・ワールド』シリーズのブライス・ダラス・ハワードほか。監督は『ボヘミアン・ラプソディ』でノンクレジットながら最終監督を手がけたデクスター・フレッチャーが務め、製作は『キングスマン』のマシュー・ヴォーンが、エルトン本人も製作総指揮として、またエルトンの夫であり、彼のコンサート・ツアーを映した1997年のドキュメンタリー映画『Tantrums & Tiaras(原題)』の監督や、ミュージカル『ビリー・エリオット』の製作総指揮を手がけたデヴィッド・ファーニッシュも製作として参加している。イギリス郊外の冷たい家庭で育った少年は、いかにして23歳にして世界的なスターとなったのか。成功の裏で狂乱の底に堕ち、深刻な状態からどのようにして立ち直っていったのか。「Your Song」「Rocket Man」など名曲の数々とともに描くカラフルなミュージカル・ムービーであり、波乱に満ちた人生と人間模様を、ファンタジーの手法を取り入れてハッピーな幻想とシビアな現実を行き来する感覚で映す伝記映画である。

タロン・エガートン,ほか

イギリス郊外の街ピナー。少年レジナルド・ドワイトは、家に寄りつかない厳格な父親と、子どもに無関心な母親、不仲である両親のもと、孤独を感じていた。そんななか、音楽の才能を認められたレジナルドは、理解のある祖母が唯一の味方となり英国王立音楽院に奨学金で入学する。クラシック音楽を学ぶなかピアノと作曲の才能が開花し、母が買ってきたエルビス・プレスリーのレコードでロックに目覚めたレジナルドは、ロック・ミュージシャンを目指す。そして古めかしい名前を捨て、自ら「エルトン・ジョン」と名乗るように。レコード会社の公募に応募したエルトンは、作詞で応募していたバーニー・トーピンと出会い、彼の詞にほれ込み曲作りでタッグを組む。そして楽曲「Your Song」をきっかけにデビューが決定。渡米して行ったLAの伝説的ライブハウス「トルバドール」でのパフォーマンスを機に、エルトンは一気にスターダムを駆け上がる。エルトンは初めての恋人となったマネージャーのジョン・リードと公私ともにパートナーとなるが、年月を経るうちにジョンはエルトンに対してビジネスのみで愛のない仕打ちをする冷え切った関係に。トップで居続けることへのプレッシャーのなか、恋人から愛されず、母にはセクシャリティを理解されず、不安と孤独のなかエルトンはひたすら成功と快楽をむさぼり、アルコールや薬物に依存して過剰に摂取するようになり……。

イギリスが誇るミュージシャン、エルトンの人生の光と影を映すミュージカル映画。破滅直前まで堕ちた主人公が語る形式や、最後の曲にエルトン本人が歌で参加する以外はすべて、キャストが名曲を歌唱するスタイルなど、『ボヘミアン〜』ふうを期待する観客には違和感がある向きもあるかもしれない。ただファンではなくとも、名曲の数々を生み出した著名なミュージシャンとしてリスペクトしている筆者のような距離感で、ロック・ミュージカルや幻想的な表現が好みである場合、充分に楽しめる内容となっている。
 冒頭から少年レジナルドがあどけない声で熱唱する曲「The Bitch Is Back」のあけすけな歌詞と、カラフルでハッピーな雰囲気の衣装やダンスとの対比が、シニカルなアンバランスさで引き込む。劇中では、子ども時代は特につらいエピソードを多く含み、成長し大人になってからはミュージシャンとして大勢から愛され成功し富豪になるも、肉親や恋人から愛されず、重圧と孤独のなかでドラッグ、アルコール、セックス、買い物、過食、あらゆる依存症になっていく姿が痛々しい。赤裸々な内容ながら、作詞家バーニーとの友情、音楽への愛情と天賦の才という確かなものがあったことを、ユーモアとファンタジーと彼のヒット曲とともにフレッチャー監督が丁寧に演出している。監督は、幻想と現実が入り混じる本作について語る。「エルトンのような非凡な才能の持ち主には、その才能が重荷になることもある。だから空想に逃げたくなるんだ。その世界こそ、みんなの知る今のエルトンの土台になった。本作ではその空想の世界を出発点にした。本作では大成功の裏にある代償も描いているんだ」
 ストーリーは時系列など細部まですべてが正確な実話ではなくアレンジした部分があり、楽曲もあえて発表した時期とは無関係にストーリーと演出に合わせて使用しているとのこと。エルトンは語る。「この作品は僕が子どもだった1960年代以前から、リハビリ施設に入所した1990年ごろまでをカバーしている。僕が有名になり始めた頃を描いたものだ。普通じゃない現実離れした時期だったから、この映画もそういう風に描いてほしかった。真面目になりすぎず楽しいものにしてほしかったけど、一方で、僕の薬物中毒や人生や子ども時代など、語るべき深刻な事柄もたくさんある。だから適切なバランスを見つける必要があった。僕にとって何より重要だったのは、その映画をミュージカルにすることだった。音楽こそ僕の人生だったからね」

リチャード・マッデン,タロン・エガートン

エルトン役は、タロンが5カ月のピアノと歌のレッスンを受けて吹き替えなしで熱演。もともとタロンはエルトンの長年のファンで、英国王立演劇学校の入学時のオーディションでは「Your Song」を歌い、この映画でも歌っている「I'm Still Standing」を、2016年のアニメーション映画『SING/シング』でも歌った、というつながりがある。本作の音楽を手がけるジャイルズ・マーティンは、“5人目のビートルズ”と呼ばれた音楽ディレクター、ジョージ・マーティンの息子であり、エルトンとは子どもの頃から付き合いがあった有名な人物。マーティンはタロンについて、このように称えている。「タロンのための役です。ほかの誰もエルトン役はできなかったと思います。スクリーンテストで『Your Song』と『Don't Let The Sun Go Down On Me』を歌ったタロンの録音は、エルトン本人が、『これまで自分の曲をカバーした人のなかで一番うまい』と認める出来でした」
 エルトンの大切な友人であり楽曲制作パートナーである作詞家バーニー役は、ジェイミー・ベルがエルトンに誠実に寄り添い、エルトンの長年の恋人となるマネージャーのジョン・リード役は、リチャード・マッデンが後年を冷酷に、エルトンの母親シーラ役はブライス・ダラス・ハワードが、自分に冷たい夫を憎み、子どもにつらく当たる女性として、妻と息子を疎み家にほとんどいない父親スタンリー役はスティーヴン・マッキントッシュが、少年時代のエルトンを支える祖母アイヴィー役はジェマ・ジョーンズが温かくやさしい拠りどころとして、それぞれに演じている。

この映画では、運命的であり対照的な2つの人間関係を描いている。エルトンと約60年、楽曲制作の名タッグとして今もともに活動し、深い友情で結びついているバーニー・トーピンと、エルトンの初めての恋人であり、悪徳だが辣腕マネージャーとなるジョン・リードとの関係だ。エルトンは自身の音楽的才能に加えて、ジョン・リードの手腕で華々しく成功し続けるなか、精神的にボロボロになり自殺未遂を経て、自ら更生施設に入る。エルトンは語る。「中毒は自分が嫌いな一番暗い部分を引き出した。だからもう身をきれいにして正気でいようと決めたんだ。理性を欠いた行動や暗い心や自己嫌悪は、人生のバランスを失って、コカインやアルコールや食べ物やセックスに依存した結果だった。そこが映画では描かれている。安易な描き方にしてしまいたくなかった。僕は正直な人間なんだ、ときどき正直すぎて損してしまうくらいにね」
 また音楽キャリアのスタートから共に歩んできた作詞家のバーニーは、狂乱に堕ちてゆくエルトンと対立して袂を分かつが、自ら更生を決断したエルトンを彼なりの方法で支える。エルトンの夫で本作のプロデューサーであるファーニッシュは、バーニーとの友情について語る。「この作品でエルトンとバーニーの素晴らしい友情を描けて本当に嬉しいです。2人は約60年前に魔法のような縁で出会い、今もなおとても親しい、その素晴らしい友情への賛歌なのです。非常にポジティブなメッセージですよね。真の仲間が見つかり、互いに努力して尊敬し理解し合い、愛をもって接していれば、それが人生ずっと続くのだと」

タロン・エガートン,ほか

22の楽曲をタロンがメインとなりキャストたちと歌う、ミュージカル・シーンはどれも見どころ。エルトンが自宅でピアノを弾きながら「Your Song」が生まれるシーン、移動遊園地でタロンが300人のエキストラや50人のダンサーと踊り、ワンカットで撮影した「Saturday Night's Alright」、音楽がミュージシャンと観衆を異世界へとスイッチする、コンサートでの特殊な瞬間の感覚を映像化した「Crocodile Rock」などなど。個人的に響いたのは、エルトンとバーニーが対立して道をたがえる場面の「Goodbye Yellow Brick Road」、エルトン復帰への思いが込められた「I'm Still Standing」などがある。そしてタイトル曲である「Rocket Man」は、エルトンが薬物を過剰摂取してプールに飛び込むシーンで、大人のエルトンと彼の心の奥底にいる、孤独な幼いエルトンとの邂逅がとても切なく、郷愁や哀感を含む美しくユニークなヴィジュアルで表現されている。この曲では、エルトンが実際に薬物の過剰摂取で自殺未遂をした48時間後に、ドジャー・スタジアムで伝説的なコンサートを行った1975年10月の極限の経緯を、幻想的な表現を用いて描いている。エルトンは語る。「対立の時期も、苦しみの時期も、そして完全なる幸せの時期も、音楽が友だちだった。音楽がいつもそばにいてくれて、どんなに鬱や中毒の時期も、いつも友だちだった。そして僕に大きな喜びをもたらしてくれたんだ」

またエルトンのトレードマークである、ド派手な衣装やメガネの再現がスクリーンをカラフルに彩る。実際にコンサートで彼が使用した衣装をベースにしながら、違う部分もあり、映画だけのまったくのオリジナルもある(頭には角、背中には天使の羽が生え、オレンジのボディスーツによる悪魔ふうの衣装)。ファンにとっては、有名な衣装と比較して違いを眺めるのも楽しいかもしれない。そして少年レジナルドが演奏したロンドンのパブ、1970年代のNYのナイトクラブ、ブレイクのきっかけとなったライヴ会場であるLAのトルバドール、極限状態でコンサートを行ったドジャー・スタジアムなど、ミュージカル・シーンやコンサート会場にも注目。幻想と現実がミックスする個性的な美術セットの数々は、エドガー・ライト監督作品の常連スタッフで、『ベイビー・ドライバー』でも高く評価されたプロダクション・デザイナーのマーカス・ローランドの手腕が冴えている。

自身の過去と現在について、エルトンは語る。「何より大切なのは正直であることだと気づいてからは、苦しまなくなった。今では朝起きて、犬と散歩して、自分と同じ問題を抱えた人と会って、問題を語り合う。正直であることが僕の答えで、自分の一番暗い秘密を表に出し、子どもの頃からずっと抱えていた重荷を降ろす。吐き出して、語るんだ。そうしていなかったら、僕は今ここにいないだろう」
 2019年の第72回カンヌ映画祭で行われたプレミア上映にて、楽曲パフォーマンスのシーンでは拍手がわき、上映後はスタンディング・オベーションが4分間続いたという本作。映画のエンディングにはエルトンとバーニーが手がけた新曲であり、エルトンとタロンのデュオによる「(I’m Gonna) Love Me Again」も話題となっている。この映画はそもそも10年以上前に、ラスベガスで長期公演「レッド・ピアノ」を上演中の楽屋にて、エルトンが「僕のスピリットはそのままに、僕の人生を映画にできたら最高だね」と夫ファーニッシュに話したことから始まったそうだ。
 そして2018年1月、エルトンはツアーからの引退を発表。エルトンは、2005年にイギリスのシヴィル・パートナーシップ法により結婚した夫ファーニッシュと、代理母の協力で生まれた彼らの2人の息子たち、家族との生活を大切にしていきたいという理由から、というのが微笑ましい。現在72歳の彼は、2018年9月〜2021年の3年にわたる引退ツアー「Farewell Yellow Brick Road」の真っ最中、この映画のヒットによりエルトンのベスト盤が全米TOP10アルバム入り(20作目)したというニュースも。ファーニッシュはこの映画のメッセージについて、このように語っている。「観客がエルトンの人生と、今の彼の姿を見て、人生はひとつの旅なのだと気づいてくれればいいと思う。その旅はまっすぐ進むものでも、簡単なものでもなく、誰もがときどき道を見失うけど、いつだって復帰することができる。人はきっとこの映画に励まされると思うよ」

作品データ

ロケットマン
公開 2019年8月23日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2019年 アメリカ
上映時間 2:01
配給 東和ピクチャーズ
原題 ROCKETMAN
監督 デクスター・フレッチャー
脚本 リー・ホール
製作 マシュー・ヴォーン
デヴィッド・ファーニッシュ
製作総指揮 エルトン・ジョン
出演 タロン・エガートン
ジェイミー・ベル
リチャード・マッデン
ジェマ・ジョーンズ
ブライス・ダラス・ハワード
ステファン・グラハム
スティーブ・マッキントッシュ
テイト・ドノヴァン
チャーリー・ロウ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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