ヒトラーに盗られたうさぎ

絵本作家が子ども時代の逃亡生活を描いた名作を映画化
ユダヤ系のケンパー家は迫害から逃れて故郷ドイツを出国、
9歳の少女の成長と支え合う家族の姿を映す人間ドラマ

  • 2020/11/13
  • イベント
  • シネマ
ヒトラーに盗られたうさぎ© 2019, Sommerhaus Filmproduktion GmbH, La Siala Entertainment GmbH, NextFilm Filmproduktion GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH

作品が25の言語に翻訳、累計1000万部以上である世界的に著名なドイツ生まれの児童書作家ジュディス・カーが、子ども時代に家族と共に体験した逃亡生活を描いた小説を映画化。出演は、本作が映画デビューとなる現在12歳のリーヴァ・クリマロフスキ、『帰ってきたヒトラー』のオリヴァー・マスッチ、『ブレードランナー 2049』のカーラ・ジュリ、『お名前はアドルフ?』のユストゥス・フォン・ドホナーニ、『はじめてのおもてなし』のマリヌス・ホーマンほか、ドイツやスイスの俳優たちを中心に。監督・脚本は2001年の『名もなきアフリカの地で』が第75回アカデミー賞にて外国語映画賞を受賞したカロリーヌ・リンク、共同脚本は2014年の第64回ベルリン国際映画祭にて銀熊賞を受賞した『十字架の道行き』のアナ・ブリュッゲマンが手がける。ナチスが政権を掌握する直前の1933年2月、ユダヤ系のケンパー家は迫害から逃れるために故郷ドイツを出国。9歳の少女アンナはさまざまな出会いと別れを経験する。住む家も財産もすべて取り上げられ親しい人を亡くしてゆくという厳しい状況でも、明るくたくましく過ごす賢い子どもたちと、ギリギリでも誇りをもって生きようと心を砕く両親の姿、彼らを取り巻くさまざまな人たちを描く。スイス、フランス、そしてイギリスへと渡ったジュディス・カーが自身の子ども時代を伝える原作をもとに、少女の成長と支え合う家族の姿を映す人間ドラマである。

カーラ・ジュリ,リーヴァ・クリマロフスキ,オリヴァー・マスッチ,マリヌス・ホーマン,ほか

ヒトラーが台頭してきた1933年2月、ドイツのベルリン。9歳のアンナ・ケンパーは兄のマックスと共に仮装してカーニバルを楽しみ、帰宅すると優しい家政婦ハインピーが世話をしてくれるいつも通りの日だった。しかし翌朝、兄妹は音楽家の母ドロテアから「家族でスイスに逃げる」と告げられる。ユダヤ人で辛口演劇批評家の父アルトゥアが、新聞やラジオでヒトラーの批判を続けていたことから、次の首相選挙でヒトラーが勝ったら反対者への深刻な弾圧が始まるという忠告を受けたのだ。ひと足先に出国した父のもとへ、母と兄妹は少ない荷物だけをもって朝早くにドイツを出国する。そしてケンパー家は緑豊かなスイスの山間にある宿に滞在。兄妹は地元の学校に通い、山の質素な生活に慣れて友だちと仲良くなりアンナも10歳になったころ、父の仕事の都合で一家はフランスのパリへ移住。アンナは最初こそフランス語に苦戦しながらもやがてコツをつかみ、フランス語の作文コンクールで優勝。その後、一家はイギリスへ移住することが決まる。

世界的な絵本作家ジュディス・カーの自伝的小説『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ(原題:When Hitler Stole Pink Rabbit)』(現在、日本では絶版)を映画化した家族のドラマ。映画化は今回が初となるこの原作は、欧米では児童文学の代表的な古典作品のひとつであり、移民文学としても知られている。本国ドイツでは130万部以上が販売され1974年にドイツの青年文学賞を受賞、学校教材としても用いられている。リンク監督は子どもの頃に読み、原作に引きこまれた思いを語る。「ジュディス・カーの『When Hitler Stole Pink Rabbit』を学校で読んだのはもう35年以上前のことです。内容が明るくて驚きました。この物語は居場所を失い、ナチスドイツから逃亡する話ですが、それでも前向きに描かれていて、ほとんど陽気と言ってもいいくらいです。また、『名もなきアフリカの地で』と同じように第三帝国を扱った話なので興味をそそられました」
 映画化のきっかけは、プロデューサーのヨッヘン・ラウベが子どもたちに、第二次世界大戦やナチス、ユダヤ人の弾圧について話しているときに、自身が子どもの頃に学校で読んだ原作の小説を思い出したことだった。ラウベはこの映画の魅力について語る。「本作は、力強い画と情感的でかつユーモラスなシーンを交えながらの旅路を、子どもも大人も感動できる特別な映画です。子どもたちはアンナと家族の国をまたいでの冒険に引き込まれるでしょう。そして大人たちは人と人との関わりに引き込まれる。つまり当時を描いたほかの映画のナチの台頭シーンより、もっと感情を動かされるということです」

リーヴァ・クリマロフスキ,ほか

9歳のアンナ・ケンパー役はオーディションの時に9歳だったリーヴァ・クリマロフスキが、利発でたくましさもある少女を自然体で表現。1000人もの子どもたちのなかから選出された彼女はスイス生まれで、ベルリンのグルーネヴァルト地区にある原作者ジュディス・カーと同じ小学校に通っていたという偶然も。その学校で原作本を授業に取り入れていたこと、アンナを演じたことについて、リーヴァは語る。「(原作の小説は)本当は6年生になってから読むことになっています。でもママが、早めに本をくれました。私はこの本が大好きで、アンナのことも大好きだったので、アンナ役をやりたいと思いました」
 アンナと仲良しの兄マックス役はマリヌス・ホーマンが、演劇評論家であるアンナの父アルトゥア・ケンパー役はオリヴァー・マスッチが、音楽家の母ドロテア役はカーラ・ジュリが、父の友人でアンナの名付け親ユリウスおじさん役はユストゥス・フォン・ドホナーニが、ドイツでのケンパー家の心優しい家政婦ハインピー役はウルスラ・ヴェルナーが、それぞれに演じている。
 この映画に込めた強い思いとテーマについて、プロデューサーのヨッヘン・ラウベは語る。「偏見について、子どもたちやマイノリティーの権利を守るという大切なテーマとあわせて考察することは、できる限り早い段階で子どもたちに伝えなければならなりません。映画を通して、私たちはドイツに住む子どもたちに、突然強制的に友だちと離れ、家を離れなければならない状況になったらどのような気持ちになるか、考えてみる時間を持ってもらいたいと願っています。子どもたちがこの映画を観た後に、難民のクラスメイトがどのように暮らしてきたのかを思ってくれたら、それ以上に嬉しいことはありません」

原作者のジュディス・カーは、1923年ドイツのベルリン生まれ。演劇評論家のアルフレッド・カーと音楽家のジュリア=ネー・ワイスマンを両親にもち、兄マイケルと共に裕福な家庭で暮らしていた。しかし1933年に家族と一緒にドイツを離れ、ナチスに家や財産を取り上げられ、スイスとフランスを経由してイギリスへ亡命した。この映画のエンディング後の人生は、16歳で学校を卒業し第二次世界大戦中は赤十字で働き、1945年に奨学金を得てロンドンの美術工芸学校に学ぶ。その後、高等専門学校で教えながら写真や織物を販売した後、BBCで脚本の編集者として勤務。イギリスのテレビ作家ナイジェル・ニールと出会って1954年に結婚、2人の子どもを授かり、2006年に死別するまで仲睦まじく結婚生活を送った。自身の作家活動は子どもたちが学校に通い始めてからスタートし、児童書作家としても自身の本の絵を描く挿絵画家としても大きな成功を収めた。ロンドンのジュディス・カー小学校とベルリンのシュマルゲンドルフにあるジュディス・カー小学校が彼女の名前を冠している。最初に書き始めたきっかけは、当時8歳だった息子のマシューに、ナチス時代のドイツで自分たち家族が受けた迫害と逃亡の思い出を伝えたいという思いからだったとのこと。『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ(原題:When Hitler Stole Pink Rabbit)』は3部作『Out of the Hitler Time』の第1作であり、『Bombs on Aunt Dainty(直訳:可憐な叔母の爆弾)』『A Small Person Far Away(直訳:遠く離れた小さな人)』と続いてゆく。ジュディス・カーは原作の小説を書いたきっかけとこの作品がたくさんの子どもたちに愛されてきた理由について、このように語った。「子どもたちにヒトラーの時代に生きるというのはどういうことなのかを知ってもらいたかったのです。これまで誰もやろうとはしてきませんでした。逃亡と放浪の家族の物語という形ではね。私たち家族には、例えばアンネ・フランクのようにひどいことは起きませんでした。だからこの物語がより多くの子どもたちに届いたのだと感じます。それこそが本作がベストセラーになった理由だと思うのです」
 また2019年の「The Guardian」の記事にて、「When Hitler Stole Pink Rabbit」についてのコメントが紹介されている。「彼ら(自身の2人の子ども)の成長の仕方と(自分の育った環境が)あまりにも違っていたので、私は子どもたちにそのことを知ってもらいたかったのです。また、それは聞くほど恐ろしいものではないことも説明したかったのです」
 また、劇中の「私とマックスは子どもの頃に苦労したから、きっと有名になるわ」というアンナのセリフにあるように、兄マイケル・カーも裁判官になって活躍。イギリスにて12世紀以来800年ぶりの“外国生まれの裁判官”となった。2002年にはマイケルも著作『As Far As I Remember.(直訳:私が覚えている限り。)』の発表も。

マリヌス・ホーマン,リーヴァ・クリマロフスキ

自身の本が映画化されることを喜んでいたというジュディス・カーは、映画が完成する前の2019年5月22日に95歳で他界。児童文学やホロコースト教育に寄与した彼女は、2012年に英帝国勲章(OBE)第4位オフィサーの称号を授与、2016年にブック・トラストから生涯功績賞を授与、そして2019年に英国文学賞の年間最優秀イラストレーターに選出された。体調が急変して他界したため、亡くなった翌週にも講演のスケジュールを入れていて、次回作『The Curse of the School Rabbit』の話をする予定だったとのこと。生涯現役で過ごしたというのも本当に素敵なことだ。プロデューサーのラウベは本作について、子どもたちにナチ時代をわかりやすく伝える良作になるだろうと語る。「8歳くらいの子どもたちが映画を通してナチ時代を考えるようになってくれればこれほどすばらしいことはありません。子どもたちが成長していくなかで、『アンネの日記』(2016年/日本未公開)その次に『THE WAVE ウェイヴ』(2008年)、『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997年)、最後に『シンドラーのリスト』(1993年)という流れで観ることになるでしょう。ただ、小さな子ども向けの、つまり家族で観られる映画がないのです。このリストに本作を加えることができて嬉しいですし、とても誇りに思っています」
 リンク監督はジュディス・カーと話したことや、この映画のテーマについて語る。「ジュディス・カーはスイスとパリで過ごした冒険に満ちた年月を素敵な経験として覚えていると話してくれました。私の目的は青少年に強制退去とはどういうことなのかを伝えることです。主人公がどんなに闇に覆われようともこの映画では自信と好奇心と明るさを、そして家族というものの持つ大きな力を描きました。『なんだってできるのよ。一緒にいればね』これはジュディス・カーの人生のモットーで映画のメインテーマでもあります。感動的であると同時に楽しい映画にしたいと思いました。そういう映画がクラシックとなっていつまでも残るのではないでしょうか。そしてあらゆる世代に愛されてきたジュディス・カーの本と共に、棚に並ぶことができるのかもしれませんね」

参考:「The Guardian」、「徳間書店

作品データ

公開 2020年11月27日よりシネスイッチ銀座ほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2019年 ドイツ
上映時間 1:59
配給 彩プロ
原題 When Hitler Stole Pink Rabbit
監督・脚本 カロリーヌ・リンク
脚本 アナ・ブリュッゲマン
出演 リーヴァ・クリマロフスキ
オリヴァー・マスッチ
カーラ・ジュリ
マリヌス・ホーマン
ウルスラ・ヴェルナー
ユストゥス・フォン・ドホナーニ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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