役所広司を主演に、西川美和監督が佐木隆三の原作を映画化
人生の大半を刑務所で過ごしてきた男の実話をもとに
さまざまな出会いで変わりゆく人間を描く、力強いドラマ
『ディア・ドクター』『永い言い訳』の西川美和監督が役所広司を主演に迎え、直木賞受賞作家・佐木隆三のノンフィクション小説「身分帳」を映画化。共演は、『泣く子はいねぇが』の仲野太賀、『シン・ウルトラマン』の長澤まさみ、さらに六角精児、橋爪功、梶芽衣子、北村有起哉、白竜、キムラ緑子ほか充実の顔合わせで。殺人を含む前科十犯で長年収監されていた三上正夫は刑期を終え、旭川刑務所から出所。身元引受人の弁護士を頼って上京し、カタギの生活しようとするなか、テレビの取材を受けることになり……。人生の大半を刑務所で過ごしてきても悪びれない様子の三上、彼を見守る身元引受人の弁護士とその妻、テレビの制作会社を辞めて作家を目指す青年、番組のネタとして目をつけるTVプロデューサーら、さまざまな出会いと交流が各人に作用してゆく。重さも厚みもある展開のなか、変化してゆく人々の心情が染み入り、「何がすばらしいのか」という問いかけが胸を衝く人間ドラマである。
雪深い旭川刑務所を出所した三上正夫は、身元引受人である弁護士・庄司を頼って上京。また三上は、4歳の時に別れてから消息不明の母親を探すため、テレビ局に自身の身分帳(刑務所の受刑者の経歴を事細かに記した個人台帳のようなもの)の写しを送っていた。やり手のTVプロデューサー吉澤は、作家を目指してテレビ番組の制作会社を辞めたばかりの津乃田に三上への取材を依頼する。津乃田は、三上が前科十犯、13年前に若いヤクザを日本刀でめった刺しにした“元殺人犯”であることにゾッとするものの、生活が苦しいこともあり依頼を受ける。三上は、無職で収入がないためまずは生活保護を受けながら職探しをすることに。津乃田と会った三上は、消息不明の母親を探してくれるならと取材を受ける。それから津乃田は三上をハンディカメラで撮影しながら日常の彼を見つめ、一緒に過ごして話をするうちに、直情がすぎるも悪びれない彼に親しみをもつようになってゆく。一方で三上は、職探しも失効した運転免許証の取り直しもうまくいかず、近所のスーパーでは万引きの疑いをかけられ鬱屈してゆく。そんななか、道端でチンピラ2人に絡まれているサラリーマンを見かねた三上は……。
実在の人物をモデルにした佐木隆三の1990年の小説「身分帳」を現代に置き換えて映す人間ドラマ。本作は、殺人を含む前科十犯の男がどうしてそうした前科をもつに至ったのか、重罪を犯した人間が更生しようとする時の生きづらさ、善意ある周囲の人々とのつながり、不寛容の社会について、西川監督が静かな視点でとらえ、役所広司をはじめ役者たちのくっきりとした表現力と相まってとても力強い内容となっている。是非の判断がつけがたいやるせない部分など現代のリアルに即していて、裏社会や関係者をフィクションとしてドラマティックに描く作品とは一線を画している。劇中の三上という人物について、監督は語る。「三上のキャラクターは映画においてはよくあるダーティヒーロー像に近いと思います。感情が豊かで、喧嘩っ早くて正義感が強く、チャーミング。ある種映画的すぎるくらい映画的なんですよね。でもそんな人格が現実の社会に置かれれば、とても活躍の場なんてないし、むしろ迷惑がられるばかりだというのが面白い。みんな、映画のなかには不器用でストレートな正義感を求めて、憧れもするけれど、現実世界では大抵の人が、正義が何かだなんて考えもせず、満員電車の中で我慢しながら会社に通い、家族や上司の理不尽を受け入れながら生きていくわけでしょ。対して三上は『正しいことは正しい、許せないことは許せない、腹が立つと殴る』。でも、そんなものは社会には通用しない、無視されるしかない、というリアリティは、フィクションの世界においては逆にたまらなく鋭いし、切なくもあるんですよね」
主人公の三上役は役所広司が、義侠心はあれど暴力がゆきすぎる極端な人物像を、愛嬌のある憎めなさと怖気立つ凶暴さを奥深い塩梅で表現。今村昌平監督の名作『うなぎ』の役所を思い出す人も多いだろう。役作りについて役所は、原作の主人公は事実に忠実であることからあまり共感できなかったものの、「脚本の三上はもうちょっと好感がもてた」と話し、三上の好きになれない面について、「映画では、そこもうまくいけば人間臭さにつながる、可笑しみにつながるところがあるのかもしれないなと思いました」とコメントしている。
三上の取材を請け負う元テレビマン・津乃田役は仲野太賀が、最初は小説のネタになるかもという思惑と報酬目当てだったものの、三上本人に入れ込むようになってゆく気持ちの変化を繊細に。津乃田をたきつけるやり手のプロデューサー吉澤役は長澤まさみが、身元引受人の弁護士・庄司役は橋爪功が、庄司の妻・敦子役は梶芽衣子が、三上の相談にのるケースワーカーの井口役は北村有起哉が、三上が知り合うスーパーマーケットの店長・松本役は六角精児が、三上の旧知の暴力団組長夫婦役は白竜とキムラ緑子が、それぞれに演じている。映画の後半で、三上に入れ込んでいく取材者の津乃田と、あくまでもシビアな目線がブレないプロデューサー吉澤による、あるシーンのやりとりはとても鮮烈だ。津乃田の言動に共感するし、吉澤のようにも思う。メディアに関わるなか、自分はどちら側でもあると筆者も痛感した。
役所広司の表現する人間味の幅や深みは、観る側の感覚に思いがけない感じでじわっとくる、波紋のように大きく広がり響くようなこともしばしばで、本当にいつも心を打つものがある。本作ではその持ち味が西川監督の演出に絶妙にハマッて強力だ。役所は西川監督からのオファーを喜びと共に二つ返事で受けたそうで、2021年1月21日に行われたプレミアイベントにて、役所は初めての西川監督作品への出演についてこのように語った。「こういった題材で企画が通るのは、西川さんのこれまでの実績の賜物。脚本を読む前から参加したかった」
また西川監督は17歳の時に、テレビで「実録犯罪史シリーズ/恐怖の二十四時間 連続殺人鬼 西口彰の最期」を観て以来、憧れの役者のひとりだったという役所の演技について、「格が違いすぎて、役所さんの芝居のカラクリなんて到底語れません」と話し、プレミアイベントでは「10代の頃から憧れの役所広司さんとご一緒できて幸せでした」とコメント。そして俳優たちへの感謝と敬意と共に、作品への思いをこのように伝えた。「出演者の皆さんが深く作品を読み込んでいて、作品の根っこにあるものを理解して作れたと思う。力のある俳優陣と優れたスタッフが丁寧に心を込めて作った作品です」
本作はシリアスな内容であるものの、ユーモアのあるシーンもあり抜け感がある。個人的に好きなのは、三上とチンピラ“ゴリライモ”の対決シーンだ。ずっと刑務所暮らしで最近の世情にうとい三上が、“反社会的勢力”がいかに世間で生きづらいかを肌で知るシーンでもある。ユーモラスながら必然性があるのが面白い。このシーンでは本物の野次馬の人々が混じっているそうで、撮影後に制作部が交渉し、映り込んだ近所の住民たちが快諾したことから、劇中のにぎわい感がよりリアルになったというのもユニークだ。
原作が1990年のノンフィクション小説であり、映画化にあたり現代に置き換えるため、西川監督は約3年かけて綿密なリサーチをして脚本を執筆。ケースワーカーやハローワークの人たちや、元暴力団員、外国人労働者、刑務官など50名以上の人々と会い、内容を練り上げていった。これまで一貫して自身の原案、オリジナルの脚本による作品を発表してきたなか原作に惚れ込み、長編映画として初の原作ものとなった本作について西川監督は語る。「私にとっては、初めてほかの人の書いたものを映画にするわけで、かつ実在のモデルがいた話ですから、そこはいろんな裏どりをしながら補強していかないと、到底自信を持って監督はできないだろうと。佐木隆三さんが生きておられたら直接質問もでき、モデルの方についてもいろんな裏話を聞けたと思いますが、そこが叶わなかったので、自力で関係者を探したり、場所を見に行ったりするしかなかったんですよね。また『身分帳』は1990年に発表され、およそ30年前に書かれた小説ですから、主人公のパーソナリティや生い立ちも、戦中・戦後という厳しい時代背景が影響しています。『元服役者のやり直しが難しい』というテーマ自体はまったく古くはなっていないけど、それを現代の設定で語るなら、いまの日本がどんな状況なのかを知っておく必要がありました」
ポン・ジュノ監督(『パラサイト 半地下の家族』)も絶賛した本作。この映画は第56回シカゴ国際映画祭にて、役所広司がインターナショナルコンペティション部門のベストパフォーマンス賞を、作品が観客賞を受賞したことも話題に。役所は前述のプレミアイベントで「作品の力があってこその個人賞」と笑顔でコメント。西川監督は観客賞受賞について、「コロナ禍で海外のお客さんの前で上映が出来ず、リアクションも掴みづらかったので、受賞のお知らせをいただいたときは嘘じゃないかと……。でもこうやって海を渡ってトロフィーと盾が届いて良かった」と話した。そして劇中のセリフ「まだまだやり直しが可能だ」をあげて、西川監督は本作のテーマを語った。「その言葉を今回の作品の軸にしようと取り組みました。今のご時世、世界にやり直しが可能なのか不安に思うこともあるかもしれないけれど、みんなでやり直していけるような社会に向かって歩いていけたら嬉しい」
また役所広司は本作の見どころのひとつである、三上と周囲の人々との関わりについてこのように語っている。「(彼らが互いに)人間として触れ合うことで、なんとなく親身になっていくところが面白く、それが希望に繋がる人間の関係性かなと思います。普遍的な人間の温かさを描いている作品です」
本作の撮影は、阪本順治監督や李相日監督といった多くの監督と組んできたことで知られ、西川監督が「憧れが強すぎて、ちょっと怖くもありました」と語る笠松則通が担当。「決して奇をてらうような撮り方じゃなく、ちゃんと役者を撮り、ちゃんと芝居を撮るというのが笠松さんの基本姿勢。フレームに無理がなく、力強いけど気品があるんです」と監督が称賛する映像にも注目だ。最後に、この映画に込めたこと、2019年1月に撮了した本作を2020年6月の初号試写で観た時の気持ち、現在の世界的な状況への思いも含む西川監督からのメッセージをお伝えする。「世の中の関心事の枠外にある、誰からも見逃されているようなテーマをどうやって多くの人に興味や共感をもって観てもらうか、それについてはすごく長いこと悩んだ作品です。それとはまた別に、コロナウイルスが世の中を変えてしまいましたよね。スクリーンの中では当たり前にわめきあったり、抱き合ったりしているわけです。その画を観て、『なんてかけがえのないことだろう。こうやってベタベタ喧嘩ができるなんて』と心底思ってしまいました。人と人が集まったり、接触したり、そういうことをまた取り戻したいな、と切に思います。また世界中の人が、劇場で映画を観ることも取り戻すべきことのひとつだと思います。人が集まり、一緒に観るという体験の素晴らしさ、豊かさみたいなものをもう一回取り戻して、先につなげていくためにも、この『すばらしき世界』を映画館で観たいと思ってもらえるようにしたいです」
公開 | 2021年2月11日より丸の内ピカデリーほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2021年 日本 |
上映時間 | 2:06 |
配給 | ワーナー・ブラザース |
脚本・監督 | 西川美和 |
原案 | 佐木隆三著 |
出演 | 役所広司 仲野太賀 六角精児 北村有起哉 白竜 キムラ緑子 長澤まさみ 安田成美 梶芽衣子 橋爪功 |
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