モーリタニアン 黒塗りの記録

グアンタナモで拘禁されている男の手記がベストセラーに
苛烈な苦難のなかでも失われない彼の寛容さや思いやり、
彼を支えた弁護士、真実を追求する人々のさまを描く

  • 2021/09/30
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無実でありながらアメリカ同時多発テロの首謀者の1人として、キューバのグアンタナモ米軍基地に収容されていたひとりの男の手記と、本人へのインタビューをもとに映画化した注目作。出演は、監督やプロデューサーとしても活躍し、本作で第78回ゴールデングローブ賞の映画部門にて助演女優賞を受賞した『羊たちの沈黙』などのジョディ・フォスター、映画『預言者』のタハール・ラヒム、この映画の製作も手がける『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』のベネディクト・カンバーバッチ、『ファミリー・ツリー』のシャイリーン・ウッドリーほか。監督は、第72回アカデミー賞にて長編ドキュメンタリー賞を受賞した『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』のケヴィン・マクドナルドが手がける。弁護士のナンシー・ホランダーは知人から相談され、9.11 の首謀者の1 人として拘束されたモハメドゥ・スラヒの弁護を引き受ける。モハメドゥにキューバのグアンタナモ収容所で実際に会って話したナンシーは、彼に手記を書くよう促し……。同時多発テロ以降、アメリカ政府がアルカイダ幹部やテロリストを収容するために設けたキューバのグアンタナモ米軍基地に、無実であり証拠もないまま14年2か月拘禁され続けたモハメドゥ・スラヒの実話をもとに製作。グアンタナモ収容所での実態を描くことよりも、何度も繰り返し酷く踏みにじられても人としての誇りや思いやり、信仰を失わずにいた男の精神力、彼の無実を信じて長年に渡りサポートする弁護士、真実を追求する関係者たちのさまを丁寧に描き出す。解決するべき事実を知らしめると共に、ある意味で人間賛歌のような力強さを感じさせる作品である。

2005年、人権派弁護士ナンシー・ホランダーは知人から相談され、モハメドゥ・スラヒという青年の弁護を引き受ける。彼は2001年にアフリカのモーリタニアから9.11の首謀者の1人として連行され、裁判が一度も開かれないままキューバのグアンタナモ収容所で苛酷な投獄生活を送っていた。モハメドゥと面会したナンシーは事実について手記を書くように促し、「不当な拘禁」だとしてアメリカ合衆国を訴える。その頃、テロへの“正義の鉄槌”を望む政府から米軍に、モハメドゥを死刑判決に処せと命が下り、法律の専門家であるスチュアート中佐が起訴を担当。裁判に向けて、真相を明らかにして闘うべく、両サイドから綿密な調査が始まる。ナンシーのもとには、モハメドゥから膨大な量の証言を記した手記が収容所から断続的に届くように。そこには彼の知性や観察眼、ユーモアや人柄が感じられ、ナンシーや関係者たちは驚きながらも内容に引き込まれてゆく。そんななか、再三の開示請求でようやく政府から届いた機密書類の中身が、ほとんど真っ黒に塗りつぶされていることに愕然とする。同じ頃、スチュアート中佐も半端な報告書しか与えられないことに疑問を抱き、独自に調査を開始する。

シャイリーン・ウッドリー,ジョディ・フォスター,ほか

2015年に出版され本国アメリカでベストセラーとなり、世界20か国で翻訳され刊行された『Guantanamo Diary(邦題:グアンタナモ収容所 地獄からの手記)』と、その著者モハメドゥ・ウルド・スラヒへのインタビューをもとに映画化した作品。“苛酷な”という文字では表現しきれない出来事を経験したモハメドゥが、弁護士のナンシーとアシスタントのテリーと出会い、釈放を目指して共に活動してゆくさまを描く。グアンタナモ収容所の現実を知るだけではなく、人間ドラマとして見ごたえのある内容だ。ベネディクトは英国で出版された手記を読み、映画化を切望。自身の製作会社でプロデューサーに専念する予定だったが、脚本に感銘を受けて出演もすることになったという。モハメドゥの著書に強く心を動かされたことについて、ベネディクトは語る。「本を手に取って、最初から最後まで読み通した。そしてモハメドゥという人間、彼の人間性とユーモアと類まれな忍耐力に加え、これほどの経験をくぐり抜けて、人間の精神の不屈の喜びについて僕ら全員に教えてくれていることに圧倒された。彼に完全に魅了されてしまった。彼のストーリーはあまりに痛ましく、心をかき乱されるものだった」
 また製作のレア・クラークも、この映画の共同製作を務めたモハメドゥを称え、映画化について語る。「残酷で、リベラルな立場から厳しく批判するような作品にはしたくなかった。観客に変化をもたらす体験や論点を提供するようなヒューマンドラマにしなければならなかった。ストーリーを牽引するのは、並外れた人物であり賢者であるモハメドゥだ。彼がウィットと思いやりにあふれた人だからこそ、僕らはこの映画を作りたいと思った。彼のメッセージと精神が僕ら全員の人生を良い方向に変えてくれるから作りたいと思ったんだ」

弁護士のナンシー役はジョディ・フォスターが、常に冷静ながらも内面は人間味にあふれ、信念にもとづき根気強く取り組む姿を魅力的に表現。モハメドゥ役はタハール・ラヒムが、理不尽で酷い状況にさらされ続けながらも他者を思いやり許すという寛容さや深い人間味を自然体で。スチュアート中佐役はベネディクト・カンバーバッチが、親友を9.11で亡くしたという怒りと悲しみを抱えながら、法律家として真実を追求する姿を誠実に。ナンシーのサポートをするテリー・ダンカン役はシャイリーン・ウッドリーが、熱意ある若手弁護士として好演している。
 撮影中にモハメドゥ本人が見学に訪れた際、グアンタナモ収容所を再現したセットを見た時、ひどく辛い気持ちになったと彼は話す。「僕が観た撮影中のシーンは、あまりにリアルで、すごく気分が悪くなった。10秒か20秒くらいで、それ以上見ていられなくなった。思い出してしまった」
 ジョディ・フォスターはなぜこんなことが起きてしまっているのか、と考察し、実話をもとにした映画に対する真摯なスタンスを語る。「何よりも難しいのは、正しく語りたい、すべての当事者に対してフェアでありたいと思うこと。なぜなら私は、真の実話というのは、悪者がいない物語だ、と信じているの。それぞれが自分にできる最善のことをやろうとしている人間たちの集まり。でもそんな人間たちが恐怖によって導かれている。このストーリーの教訓はその恐怖による衝動があまりに強いということ。不幸にもそうした恐怖による衝動が、グアンタナモの時代、9.11の時代にアメリカの精神を支配していた。私たちは、法律や規則に則って外交政策を決定する代わりに、恐怖心によって政策を決定していたのよ」
 アルジェリアからの移民である両親のもと、フランスで生まれ育ったラヒムはオファーをうけた当初、「やれやれと思った。また同じようなハリウッドストーリーで、役柄も、僕がいつも演じるのを拒んでいるようなテロリストだろうなと思った」そうだが、脚本を読んではっきりと考えが変わったと語る。「初めて脚本を読んだときには泣いたよ。こんな地獄のような目に遭った彼が、最後に誰のことも恨まなかったなんて信じられなかった。素晴らしいストーリーだった。彼はヒーローだ。投獄され、拷問された無実の男だ。1人の俳優として、そして1人の人間として、僕は、このストーリーは語られるべきだと思ったんだ」

シャイリーン・ウッドリー,タハール・ラヒム,ジョディ・フォスター

映画化については、モハメドゥ・ウルド・スラヒがグアンタナモ収容所に拘禁されるなか手記を出版した2015年から始まった。彼の弁護士であるナンシー・ホランダーとテレサ・ダンカンに、製作陣はアルバカーキに会いに行き、彼の手記のオプション権を取得した。製作のロイド・レヴィンはその時の思いを語る。「手記を読んだ僕らは、モハメドゥの文章にあるウィットや詩のような美しさや英知に驚くとともに、彼のストーリーに心を動かされた。そして彼の生来の人間性や、不当に残酷な仕打ちを受けているにも関わらず、我々人間を分断するものよりも、我々全員に共通するものの方がはるかに大きいということに目を向けたいという彼の強い欲求が、感動的でタイムリーだと感じたし、これは重要な映画になると思ったんだ」
 最初の草案は、長期にわたるモハメドゥのインタビュー(モハメドゥの釈放から3週間後にモーリタニアにある彼の自宅で開始)をもとにM.B.トレイヴンが作ったもので、その後にマクドナルド監督とトレイヴンが協力して新しい草案を作りあげた。またモハメドゥ本人はもちろん、そしてナンシー・ホランダー、スチュアート・カウチ中佐、テリー・ダンカンら映画に登場する本人たちから話を聞いた。実話であり、“アメリカの正義”に疑問を投げかける映画の製作で大変だったこと、それを力強く乗り越えていったことについて、監督を称えてベネディクトは語る。「資金を調達するのに苦労するような題材だったから、僕らは常に戦略を練らなければならなかったし、このストーリーをいかに実現するかについて話し合う必要があったけれど、ケヴィンの対応は見事だったよ。彼自身が大切だと熱く信じていることのために彼は戦った。それは、この種の誠実さを伴うプロジェクトには極めて重要なことだ」
 弁護士のホランダー本人は脚本作りに最初から関わったそうで、製作陣に裁判記録を提供し、法律と一連の出来事について説明した。そして「このすべてを映画に盛り込むことができないのはわかっています。でも実際に起きたことをあなた方に知ってほしい。そのうえで、これをどう映画にしていくかを決めてください」と伝えたという。またホランダーは、グアンタナモのもと被収容者たちの多くが本を出版しているものの、自分自身で執筆したのはモハメドゥだけだと話し、彼の手記を称える。「だからこそ、これほどユニークな作品になっているのだと思います。彼自身のことであり、彼自身が体験したことだから」
 マクドナルド監督は映画として難しかった面、挑戦したことについて熱意をもって語る。「地政学的要素や法律用語に加え、多くの国が関係している、この極めて複雑なストーリーをどうやって語るか。観客が十分理解できるほどシンプルにして、物語として優れたものにして、サスペンス作品のようにするためにはどう語ればよいのか。この複雑な題材の要素をできるだけたくさん盛り込みながらも、心から楽しめる、エンターテインメント作品にするにはどうすればいいか。僕ら全員が望んでいたのは、重要な実話を描いたエンターテイメント映画を作ることだったと思うよ」

モハメドゥ・ウルド・スラヒ本人は、1970年モーリタニア生まれ。奨学金を得てドイツの大学に留学後、エンジニアになった。2001年にアメリカ同時多発テロが発生し、犯人の人物像としてCIAがあげていた、アラブ人・高学歴・アフガニスタンでアルカイダから戦闘訓練を受けた過去、などが揃っていたために誤認され、アメリカからの要請によりモーリタニア当局が身柄を拘束しヨルダンで拘禁。アフガニスタンのバグラム空軍基地に収容後、2002年8月にグアンタナモ収容所へ移送され、さまざまな拷問を受けた。2010年に連邦判事はスラヒを即座に釈放するように命令したが、米国政府が上訴。法廷闘争の後に手記『Guantanamo Diary』を出版し、アメリカ政府による検閲で数千か所が黒く塗りつぶされながらもベストセラーとなる。そして2016年10月16日、彼は何らかの罪で起訴されることなく釈放された。もともと彼はアラビア語、フランス語、ドイツ語を習得していたなか、英語はグアンタナモ収容所にいる間に習得し、豊かな表現力で英語による手記を執筆したということも驚く。マクドナルド監督は草案を作った時にモハメドゥ本人とスカイプで話した時の印象を楽しそうに語る。「彼はすごくチャーミングで愉快な人だったよ。9.11のテロ攻撃のために人を集め資金を提供したと非難され、国際的に手配されたテロリストで犯罪者というイメージからはかけ離れていた。彼は収監されている間に『ビッグ・リボウスキ』を110回観たから、映画のセリフを全部暗記しているんだ。アメリカ文化が大好きなんだよ」

ベネディクト・カンバーバッチ

釈放されたモハメドゥはモーリタニアに帰国し、2018年にアメリカ人弁護士と結婚、息子を授かった。現在は家族で共に暮らす受け入れ先の国を探しているという。映画のラストにはモハメドゥ本人が登場し、各国で出版された著書の翻訳版を紹介し、ボブ・ディランの「The Man In Me」を歌う。今もアメリカからの圧力のためかさまざまな国でビザの申請が通らず、国外への渡航ができずにモーリタニアからほとんど動けない状況にあれども、妻子と共に穏やかに過ごしている様子がわかる。ジョディ・フォスターは、モハメドゥの著書も彼に起きた出来事も以前から知っていたのに、グアンタナモ収容所について意識していなかったことについて、いちアメリカ人として内省する。「私が生きている時代のことなのに、なぜかそうした疑問に対する答えを私は一切知らなかった。まったく何も知らないということに我ながらびっくりだった。私たちの誰もが9.11の出来事にものすごい衝撃を受けたために、アメリカ中に恐怖心があふれていた。そのせいで誰が抑留されているのかについては、ほとんど考えていなかったんだと思う」
 最後に、解放から約9カ月後の2017年7月にモーリタニアでモハメドゥに会ったジャーナリストの舟越美夏氏のコラムより、「なぜ許すのか」という問いへの彼の答えをお伝えする。「今、私に最も大切なのは自由だ。憎しみに囚われたくない。だから許したい。許すことと愛することをイスラムは教える」

作品データ

公開 2021年10月29日よりTOHO シネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2021年 イギリス
上映時間 2:09
配給 キノフィルムズ
原題 THE MAURITANIAN
監督 ケヴィン・マクドナルド
原作 モハメドゥ・ウルド・スラヒ
脚本・原案 M.B. トレイヴン
脚本 ローリー・ヘインズ&ソフラブ・ノシルヴァニ
出演 ジョディ・フォスター
ベネディクト・カンバーバッチ
タハール・ラヒム
シャイリーン・ウッドリー
ザッカリー・リーヴァイ

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