土用の丑とうなぎのルーツを探る!鰻の話と味処

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「土用の丑の日」と「エレキテル」の発明者は同じ? 「土用の丑の日」の仕掛け人は江戸時代の奇才、平賀源内だとする説が有力

夏真っ盛りの土用の丑の日に、温かいうなぎ料理を食べる習慣は一体いつから始まった?――――答えは江戸時代中期のころ。仕掛け人は、あの“平賀源内”だとする説が有力。日本初の摩擦式起電器「エレキテル」や寒暖計の製作者として知られる江戸時代の奇才とうなぎの関係は如何に…。

“夏枯れでうなぎが売れない”と知り合いのうなぎ屋に泣きつかれた源内、『土用の丑の日、うなぎの日。食すれば夏負けすることなし』というコピーを考案。一方、うなぎ屋は「本日土用丑の日」という看板で客を寄せ、大繁盛したという。

話の真偽に関し、広告の博物館「アド・ミュージアム東京」の企画学芸室・研究員の池田稔さんに尋ねると「確かに当時の世相や風俗を書いた『明和誌』には、平賀源内が考えたと記されています。一方、『天保佳話』という本には狂歌の名作者である“蜀山人”だと書かれています」と、諸説があることを説明する。ただ、平賀源内が“名コピーライター”であったことは確かなようで、歯磨きや餅菓子の宣伝文を書いた“引札”(チラシ広告の原形)が残っているという。「エピソードの真偽は別として、200年以上経った今でも、土用丑の日にうなぎを食べる習慣が継承されているのですから、日本の広告史上に残る成功例でしょうね」(池田さん)。

港区内にもうなぎは生息! 港区と江東区の境に位置する某所には今でもウナギが生息しているという

うなぎは海で生まれ、成長しながら川をのぼる生態。川の上流域だけでなく、海や河口のある汽水域でも捕れる。品川区、目黒区を流れる目黒川にはうなぎやあゆが生息することが確認され、話題になったが、もしや、港区内にも生息?

東京都水産試験場資源管理課の職員の方の話では「港区内を足場にする釣り好きの方が“うなぎを釣り上げた” という情報を寄せてくれた」という。最近は法律による規制などで、工場廃水が減り、70年代〜80年代に比べて東京湾の水質が改善。江戸川の河口付近ではすでに、うなぎの養殖に使う稚魚のシラスウナギが遡上、密漁が問題になっているほどだ。「港区周辺でもうなぎが好むカニなどの甲殻類が増え、住処となる石垣などがありますから、いても不思議はありません」という。

うなぎは美肌にも効果あり?!

「若い女性のほとんどが『うなぎ料理は嫌いだった』と答えたんです」。うなぎ料理の専門誌『うなぎ百撰』の堺美貴編集長は、以前行った銀座での街頭インタビューの様子を語る。『うなぎ百撰』は全国のうなぎ料理店に置かれる無料季刊誌で、発刊から20年の歴史を持つ。

「でも、こういう女性の多くが食わず嫌いで、『後で専門店で食べたら好きになった』と答えています」(堺編集長)。

うなぎを蒲焼にして食べるようになったのは江戸中期から。それ以前はぶつ切りにしたり、一本丸ごと塩焼きにして食べていた。古墳からうなぎの骨が出てきたこともあるというから、かなり古くから日本では食されてきたようだ。「うなぎの蒲焼は立派な日本の伝統文化。すし、そば、てんぷらと並ぶ“江戸の四大食”でした」と堺さん。現在では、台湾や韓国などでもなじみのある料理になっている。

ところで、うなぎの効能は?うなぎは人間が吸収しやすい良質の油を含み、血行が良くなる効果があるという。さらに、ビタミンCを除くあらゆるビタミン類を豊富に含んでいるので美肌にも効果ありなのは、「うなぎ屋さんのご主人はみんな肌がきれい」という、堺さんのうなぎ料理店取材を通しての実感からも裏づけされるところ。


蒲焼(青山 伊豆栄)
池田稔さん
「土用の丑の日と鰻」について解説してくれた「アド・ミュージアム東京」の企画学芸室・研究員の池田稔さん
東京都水産試験場
東京都水産試験場には「港区内でウナギを釣り上げた」という情報を寄せられたという
うなぎ百選
全国のうなぎ料理店に置かれる無料季刊誌「うなぎ百撰」は、発刊から20年の歴史を持つ専門誌
編集長の堺美貴さん
うなぎ料理の事情にくわしい堺美貴「うなぎ百撰」編集長
2005年6月取材/2009年2月更新