ギャラリーガイド 個性派ぞろいのギャラリーを探訪

ギャラリー運営だけに留まらない、ユニークなアプローチの数々で“現代アートの日常化” を目指すYutaka Kikutake Gallery(六本木)

今回は、展示に留まらないさまざまな表現媒体・手法を通して“現代アートの日常化”を試みる「Yutaka Kikutake Gallery(ユタカキクタケギャラリー)」にフォーカス。

スペースを構えるのは、本特集でもお馴染み、さまざまな個性的ギャラリーが集結する六本木のピラミデビル2階。2015年に開廊し、今年で6年目を迎える中堅ギャラリーだ。主に、1970〜90年代生まれの国内の中堅・若手作家をリプレゼントし、定期的に展示を行う一方で、アートを土台に衣食住の姿を探求する生活文化誌『疾駆/chic(シック)』の出版や、アートへの総合的なアクセスと体験の場を創出するプロジェクト「アートクラブ」を立ち上げるなど、そのユニークな活動が注目されている。

写真家、詩人、そしてあらゆる芸術に触れ影響を受けた学生時代

Yutaka Kikutake Gallery代表の菊竹寛氏。
趣味がそのまま仕事になったというだけあって、作品に囲まれる毎日が幸せだとか。

元々大の文学好きだという代表の菊竹寛氏。大学時代も文学部に所属する一方で、森山大道などにも大きな影響を与えた戦前の写真家・安井仲治の写真に惚れ込み、卒業論文の研究対象にしたり、近代美術が好きで美術館に足繁く通うなど、写真や映画、音楽、美術鑑賞などの芸術全般に食指が動く、好奇心旺盛な学生だったそう。
 また、その頃に大きな影響を受けた人物として、大学院時代の恩師で詩人の吉増剛造を挙げ、「吉増さんは、その考え方や生き方自体が作品のような方で、常に芸術や歴史、文学などのとんでもなく膨大な知識を頭の中でコラージュして会話されるので、お話しをする度にとても刺激になるし、自分の頭の中がリフレッシュされます」と、あらゆる分野に精通する詩人の偉大さに触れる。
 このような人物や作品との出会いを通じて、全ての芸術は繋がっており切っても切り離せないものだということを、学生時代から自然に考えるようになっていったのだという。

ギャラリストとしての全てを学んだ、Taka Ishii Galleryでの10年間。そして独立へ

2015年7月に開催された第1回目の展覧会風景。アーティストデュオNerholの個展「01」。

大学院卒業から1年後、菊竹氏の現在の活動の原点ともいえる出会いが訪れる。「当時就いていた仕事がすごく忙しくて、休みの日に何か作品でも観て息抜きしたいなと思って、たまたまTaka Ishii GalleryのHPをパチっと開いたんです。そしたら『求人』って出ていて、何かもう直感で応募していたんですよね。そしたらまさか採用していただけることになって。当時ギャラリーがどういうものかも知らなかったので、現代アートに関わる全てを代表の石井さんやギャラリーの仲間たちに一から教わりました。だから、石井さんはお父さんみたいな存在ですね」。

そんな菊竹氏が独立を決意したのは、意外にも成り行きだという。「Taka Ishii Galleryでの仕事もすごく面白かったし、色んな人との出会いがありとても充実していたので、自分でギャラリーを持ちたいなんて気持ちは皆無だったんですよ。そんな中でしたが、次第に若いアーティストの作品を見せてもらう機会が増えてきて、彼らと今後20年、30年のアートをどうしていきたいか、みたいなヴィジョンを話すうちに、だったら自分でやらないと格好がつかないだろうと(笑)。菊竹君のギャラリーで発表したいって言ってくれた方がいたのも大きかったですね」。

売れるかどうかではなく、作品が良いかどうか。作家の一ファンとしての視点

ベルリン在住のアーティスト田幡浩一の2017年の個展「マルメロと表裏」の展示風景。
直接ベルリンに足を運んだ菊竹氏は、田幡の人となりにも触れ、ギャラリーへの所属をオファーしたのだとか。

現在Yutaka Kikutake Galleryには、開廊当初からの所属作家である、平川紀道、Nerholを含め、14名の作家が在籍。良いと思った作家には、例え海外でもすぐに会いに行くのが菊竹氏のスタイルだ。「実際に作家に会うことで、作品だけじゃない人間同士の繋がりから色々分かってくることがあるので、そこは絶対に大事にしたい。僕は全然マーケティングを考えてやっていないというか、良いと思う作品があって、それを皆さんに観てもらうのが一番なので、売れそうだからこの作家に声をかけるってことは一切ないですね」。作家の年代や表現媒体・手法にも、Yutaka Kikutake Galleryの“色”のようなものは求めず、「自分が楽しむためにも、『こうでなければならない』みたいな制約はつくらないようにしています。もちろん作家と一緒に展示やプロダクトをつくるために、意見交換やアドバイスはしますが、どちらかというと、作家から何が出てくるのかいつもワクワクしながら待っているっていう方が大きいです」と、他でもない菊竹氏自身が、誰よりも所属作家のファンなのだということを教えてくれた。

目指すは、世間話レベルで交わされる日常的なアート談義

ギャラリーの開廊に先駆けて創刊したマガジン『疾駆』。
浅草を特集したvol.8(左)と、藤原ヒロシを特集したvol.11(右)。

そして、本ギャラリーの大きな特徴であり、魅力にもなっているのが、作品の展示・販売などの一般的なギャラリー運営と並行し、開廊当初から発刊し続ける『疾駆』を基点とした活動だろう。疾駆では、日常に存在するさまざまなものの関係性や価値観を、アートを土台に紐解き、豊かさの本当の意味を考える場として、さまざまなプロジェクトを展開している。
 Taka Ishii Galleryをはじめとした日本を代表する現代アートギャラリーが30年かけて日本に根付かせた、グローバルスタンダードのコマーシャルギャラリーを、今後どれだけ“日常化”させていくかが、中堅ギャラリーの役目だという菊竹氏。「例えば、日本だと、野球を観て『巨人の4番はあれでいいのか』とか、そういう世間話をみんな普通にしますよね。僕は、そのレベルでアートの話をしてもらえるようになったらいいなと思うんですよ。『今回の三瓶(所属作家の1人)の新作、俺は好きだけどお前はどう?』みたいな。そういう風に、できるだけ老若男女にアートを楽しんでもらうためには、ギャラリーの展示だけではなく、疾駆という媒体を通すことで、楽しみ方の糸口が見つかるんじゃないかという気持ちがあるんです。6年間ギャラリーを続けてきて、最近特にこの2つがあって良かったなと思うことが多くなりました。疾駆があったからこの企画ができたとか、ギャラリーがあるからこそ作家と疾駆で面白い活動ができるとか、相乗効果のようなものは感じています」。

疾駆がキッカケとなり、開廊6年目にして叶った奈良美智企画の展示

奈良美智原案のグループ展「Youth(仮)」の展示風景。
年齢やバックグラウンドも全く違う5名の作家の青春が詰まった、圧巻のインスタレーション。

2021年4月に行った奈良美智原案のグループ展「Youth(仮)」も、まさに疾駆があったからこそ実現した展示といえる。
 故郷の福岡から上京してきた2001年、現代アートという分野をよく知らなかった菊竹氏が「こんなアートがあったのか」と衝撃を受けたのが、横浜美術館で開催されていた奈良美智の個展「 I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME. 」だった。そこから奈良のファンになった菊竹氏にとって、2017年に『疾駆vol.9、10』の2号にわたって特集した奈良の魅力に迫るロングインタビューは、長年の夢が結実した記憶に残るものだったという。その後、鑑賞者一人ひとりを大切にするような作品を通した体験を作りたい、という自身の想いを改めてぶつけたところ、「やってみようか」と奈良が賛同し、Yutaka Kikutake Galleryでの初展示も実現することに。
 「Youth(仮)」展は、コロナ禍で世界中に閉塞感が充満する中、誰にも妨げられない強さを持っていたあの時代、無謀で知識はないが、感情に嘘がなかったあの青春時代(Youth)を取り戻すような展示をと、奈良が4名のアーティストに声をかけたグループ展だ。
 「奈良さんの制作場所を模したインスタレーション“ドローイングルーム”のような雰囲気の展示プランを一度提案させていただいたのですが、それを尋常じゃなく上回るものを奈良さんが企画してくださいました。作品を集荷するためにスタジオに伺った時には分からなかったものが、設営をしていくうちに、どんどん空間が立ち上がっていくのを目の当たりにして、こういうことだったのか〜!とか、こういう空間アレンジができるんだ!とか、展覧会の作り方から、アーティストの熱量にいたるまで、たくさん良いものをいただいて、色んなことを再確認できた展示でした」。疾駆がキッカケとなり、開廊6年目にして叶った本展は、今後のYutaka Kikutake Galleryの引き出しをさらに増やすたくさんのヒントを残して、大好評のうちに幕を閉じた。

作家の本当の魅力を知ってもらうためには、ギャラリーでの展示+αが必要

セラミックアーティスト新里明士と手掛けたプロダクト「luminescent」(上)と、
イベント「アーティスト・カクテルズ―愛すべきアートの話」開催時のメンバーたち(下)。

他にも、疾駆でのユニークな取り組みとして、アーティストと協働するオリジナルプロダクト制作「疾駆Drop」がある。例えば、所属作家のセラミックアーティスト新里明士とは、作品のように鑑賞しながら日常で使うこともできるプロダクトとして、ボウルセット「luminescent」を制作。このような規模のギャラリーが、単なるグッズではなく、ガッチリとプロダクトをプロデュースし販売しているというのはなかなか見かけない。
 また、2020年には渋谷パルコ内の「OIL by 美術手帖」で、アーティストが考案したオリジナルレシピのカクテルを飲みながら、作品を前に楽しく語らう「アーティスト・カクテルズ―愛すべきアートの話」というイベントを企画。平川紀道、磯谷博史、松ア友哉、Nerhol、田幡浩一ら所属作家を中心とした5名が、それぞれの作品にも通ずるような独創的なカクテルを考案し、バーテンダーとしてアート話に華を咲かせた。
 「作品はアーティストにとって最も大事なものですけど、彼ら彼女らの本当の姿っていうのはそれだけでは伝わらないと思うんです。多くの人に知ってもらうためには、アーティストをもっと身近に感じられるプラスαが必要で、そのために疾駆のような展開をどんどん打っていくことが大事だと考えています」と、菊竹氏は疾駆の活動の重要性を語る。

次なる“現代アートの日常化”の手段は、アートクラブ

テラ塾が開催される、東京・蔵前にある長応院。住職の谷口昌良氏は
国内でも有数のアートコレクターで、寺院内で展覧会を開くなどその普及にも尽力する。

そして、菊竹氏の目指す“現代アートの日常化”をさらに推し進めるプロジェクトとして、2021年7月にTaka Ishii Galleryと共に立ち上げたのが、アートへの総合的なアクセスと体験の場を創出する「アートクラブ」だ。アートクラブでは主に、会員への作品リース、ウェブマガジンの刊行、そして、参加者と共に学ぶレクチャーの運営の3本の柱により、まだまだ敷居が高いといわれる現代アートの、本当の魅力や作品の力を今一度広めることを目的としている。
 「実は3年ぐらい前から、現代アートを日常化させるためにもっと根本的な働きかけをしたいと考えていたんです。そんな折に蔵前にある寺院・長応院の住職である谷口さんからお寺で学びの場を作りたいというお話をいただいて。その学びの場をどうしたらもっと開かれた持続可能な場所にできるかなと考えた時に、作品のリースを会員制でやって、さらに情報発信の手段としてウェブマガジンも作って、それぞれを一体感を持って取り組めたら結構面白いプロジェクトになるんじゃないかと閃いたんです。そして、そこからさらに強力に発信してプロジェクトを大きくしていくためには…と考えた時に、あ!実家に相談しに行こう!と思って(笑)。石井さんにお話ししたら、さらっとした雰囲気で『いいよ』って言ってもらえて、共同プロジェクトとして始動することができました」。
 会社の応接室に飾るためなど、企業向けのイメージが強かった作品リースを、“自宅で本物のアート作品を楽しむ”という個人にまで落とし込む提案や、ギャラリーを飛び出して寺院など街中のリソースを活用することで、多くの相乗効果や人の目に触れる機会を狙うアイディアは、まさにYutaka Kikutake Galleryが目標とする「日常の中に普通にアートがある状態」を、世間に浸透させる可能性を大いに秘めているのではないだろうか。

夢はワインバーにホテルにレストラン!? ギャラリーを飛び越える野望

現代アートについて「まずは騙されたと思って見続ければ、絶対好きになるポイントが出てくる」と菊竹氏。

アートクラブが始動したばかりだが、菊竹氏は次なる野望も既に心に秘めている。「地元の太宰府に、ガレージを使ったワイナリー兼バーみたいなものを作ってみたいですね。その後は、日本のどこかに宿泊施設やレストランを作って、そこにアート好きが集まってレクチャープログラムを開催したりっていうのも良いですね。もちろん、その空間にはアーティストの作品が飾ってあって、食器なんかも全て作品っていうのが理想です」。やはり、この男の世界をギャラリーの中だけに留めておくことは難しそうだ。

最後に、まだ現代アートやギャラリーに敷居の高さを感じてしまう人に向けて、アドバイスをもらった。「現代アートは、とっつきにくいとか観ても分からないとか思ってしまうかもしれないんですけど、ずーっと観ているうちに、不思議と何か感じる瞬間が絶対に出てくるので、とにかく騙されたと思って見続けて欲しい(笑)。それで最終的に、日常会話の中でアートの話が普通に出てくるようになれば、僕としても本当に嬉しいし、やったぜ!って感じです」。

  • Yutaka Kikutake Gallery(六本木)
  • 港区六本木6-6-9 ピラミデ2F
  • 03-6447-0500
  • 12:00〜18:00
  • 休廊:月曜日、日曜日、祝日
  • 日比谷線・大江戸線「六本木」駅徒歩1分
  • webサイト
2021年8月取材/2021年9月更新