コレクターの生き様と価値観をシェアする、全く新しいアートの循環WHAT(ワット)

WHAT施設ロゴには、「倉庫を開放、普段見られないアートを覗き見する」というユニークなコンセプトが込められている。

日本の現代アート事情を語る上で、今や最重要エリアの一つに必ず名前があがる天王洲。かつては、わざわざ訪れるほどの魅力があるとは言い難かったウォーターフロントの倉庫街が、週末にはギャラリーをはじめ、さまざまなイベント・施設に向かう人々で活気を見せる、アートの街へと大きく変貌を遂げている。
 その立役者である倉庫会社「寺田倉庫」が、2020年12月に現代アートのコレクターズミュージアム「WHAT」を寺田倉庫本社内にオープン。これまでも、美術品保管を主軸に、日本最大のアートコンプレックスや画材ラボなど芸術文化発信施設をエリア内にオープンさせてきた同社だが、WHATは、コレクターから預かり保管する貴重なアート作品を公開し、その価値と魅力を広く開花させることを目的とした、倉庫会社ならではの視点が最も活かされた施設といえるだろう。
 「個人でコレクションされているお客様には、ご自身の所蔵している作品の価値をもっと広めたい、作家の才能を知ってもらい支援に繋げたいという、アートに対する熱い想いを持っている方も多くいらっしゃいます。そして、私たちも、倉庫に眠る作品を開放することで、今同じ時代を生きている作家、コレクター、寺田倉庫、そしてアートファンの4者が有機的な関係を築いていける場になればとの想いがあります」と、今回話を伺ったスペースコンテンツグループの古後友梨氏は、WHAT誕生の背景を語る。

古後友梨氏スペースコンテンツグループでWHATの運営に携わる古後友梨氏。

1950年の創業当時は、政府備蓄米の保管を行っていた寺田倉庫。美術品の保管保存業務を担うようになったのは1975年からで、以降、時代の変化に応えたチャレンジをしながら、現在では美術品にとどまらず、ワイン、映像、音楽、文書など、時間と共に価値を高めるものの保管や、ITと倉庫を融合したオンラインストレージの開発など、トータルで管理する仕組みを構築している。次世代の倉庫業の在り方を模索し寺田倉庫がたどり着いた現在の姿は、倉庫業=下請けのイメージを払拭し、時代をリードする革新的なビジネスモデルとしてさまざまな業界から注目されている。

美術品保管庫美術品保管庫の様子。この暗い扉の向こうに眠るアート作品が、私たちの目の前に…!

その中でも、これまで数十万点を扱ってきた美術品保管技術は、文化庁もクライアントに持つほどの信頼性の高さで、国内トップクラスを誇る。TERRADA ART STORAGE PREMIUMは、年間を通して温度は20± 2 度、湿度は 50±5 %と、美術品保管に最適な温湿度を徹底管理。天井高もあるので、絵画のみならず大型作品や立体作品の保管にも対応可能だ。また、強固な耐震構造はもちろん、美術品をカビ・害虫から守る燻蒸設備、保管庫の温湿度に馴染ませるシーズニングルームなど、国公立美術館と同レベルの設備を完備。さらに、監視カメラ、人感センサー、カードキー、 24 時間警備など、万全のセキュリティ体制が敷かれている。詳しい保管場所や管理する作品数などが非公開なのもその観点からだ。
 ここまで聞くと、一部の法人、有名コレクターのみが利用するサービスに思えてくるが、寺田倉庫では、2021年からTERRADA ART STORAGE ONLINEというオンラインの個品保管サービスも開始。こちらは、美術品1点550円から利用でき、作品の入出庫もオンライン上から簡単にできるという気軽さがウリ。例えば「アート作品を初めて購入したけど、自分で保管するのには不安がある」というような、コレクションを始めたばかりの人に向いていそうだ。

WHATエントランス竣工時は倉庫空間だったスペースをリノベーション。

このように、多くのコレクターから信頼・支持される保管技術を持つ寺田倉庫だからこそ、コレクターズミュージアムを開館させることができたのだと納得できる。
 そこで気になるのが、アートの土壌が日本より肥沃なヨーロッパやアメリカなどの海外では、WHATのような施設はある程度スタンダードなのかということだが、広報の廣瀬氏によると「倉庫会社がこのようにアートに関する事業を展開していること自体、結構珍しいのかなと思います。ですから手探りながらも、当社のオリジナルな視点で国内のアート市場を盛り上げ、貢献できることは何だろうと常に考えています」とのこと。つまり、世界的に見ても、倉庫業にとどまらない寺田倉庫の取り組み、そして、倉庫会社だからこそ実現可能な、WHAT誕生の意義は大きいと言えるのではないだろうか。

解き放たれたコレクション展 photo by Keizo KIOKU日本を代表する現代アートコレクター・高橋龍太郎氏がそのストロークの力強さに惚れた、
1980〜90年代生まれの若手アーティストの作品が並ぶ1階。
© Keizo KIOKU
解き放たれたコレクション展 photo by Keizo KIOKUデジタルコラージュ、ストリートアートなど、高橋氏が「コレクションにとって第2のスタートとなった大事な年」と振り返る、2010年以降のコレクションを展示する2階の一角。© Keizo KIOKU

さて、そんなWHATでは、具体的にどういう展示が観られるのだろうか。
 最初に“コレクターズミュージアム”と聞いた時、有名なコレクターの所蔵作品をズラリと並べる、いわゆる一般的な「コレクション展」のようなイメージが浮かんだ方は、結構多いのではないだろうか。しかし、WHATの最大かつ唯一無二の特徴は“コレクターの想いと共に”展示するところにある。作家との出会いや裏話、どういう経緯・意図で収集されたかなど、あくまでコレクターの視点に立った作品解説・音声ガイド・展示構成で鑑賞することで、これまでのアート鑑賞で経験したことのない視点・感覚が次々と立ち現れてくるのだ。
 「今までの美術展では、作品に対する解説はありますが、所蔵者がなぜその作品を購入したのかなどを知る機会というのはほとんどなかったと思います。WHATでは、コレクターの想いも一緒に展示することを心がけていますので、そこに自分を重ねて、私だったらどの作品を買おうか、この作家のどの部分に惹かれたんだろうなど、考えながら巡って頂けるのが面白いのではと考えています」と、古後氏はWHATでの新しい鑑賞方法を提案する。

《Obsession -蒐集家の肖像-》高橋氏が、画家・野澤聖に自身の肖像画を依頼し制作されたコミッションワーク《Obsession -蒐集家の肖像-》。

オープニングとして開催された「-Inside the Collector’s Vault, vol.1-解き放たれたコレクション」展では、寺田倉庫のアートストレージ利用者である高橋龍太郎氏とA氏2名のコレクションから、それぞれの視点や価値観をもって収集した、新作、未公開作品を含む約70点が公開された。

精神科医の高橋氏は、1997年から本格的に収集をはじめ、草間彌生、舟越桂、会田誠、村上隆、荒木経惟など日本現代アートの重要作家の作品を中心に2000点以上を所蔵。これまでに国内外21館の美術館などで高橋コレクション展が開催されるなど、個人コレクターとして日本屈指の質・量を誇る。
 本展でも当然著名作家がズラリと並ぶかと思いきや、トップバッターを飾るのは、1980〜90年代生まれの若手アーティストたちということにまず驚く。高橋氏本人による音声ガイドには、新しい時代のコレクション展の新しい始まりとしてテーマを設定し、ストロークの強度を感じられる期待の作家を選んだことが語られており、自身のコレクションを若く保つことで日本のアートの発展を後押しするんだという、コレクターとしての気概がビシビシと伝わる選出に圧倒される。「高橋先生ご自身が、コレクションをするアーティストの様だ」という古後氏の例えに、妙に納得した。

合田佐和子作の肖像画(左)、岡崎乾二郎の作品(右)高橋氏が初めて購入した合田佐和子の作品(左)と、自身にとって大きな存在と語る岡崎乾二郎の作品(右)。

そして、後半には高橋氏のコレクションの核ともいえる、日本現代アートを牽引する先達の作品が続く。面白いのはやはり、その作品・作家の魅力やエピソードを語る高橋氏ならではの言葉だ。例えば、合田佐和子の《グレタ・ガルボ》は、高橋氏が医者になりたての頃に最初に購入した絵画で、「金がないので代金を1万円ずつ支払いした記憶があります。(中略)それに懲りてか、その後20年近く絵は購入しようと思いませんでした」との解説がつく。大物コレクターにもこんな時代があったのか!という驚きと共に親近感が湧き、分割払いにしてまで手に入れたかったその小さな肖像画への愛着が、鑑賞者である私たちの心にもズシンと響く。
 他にも、岡崎乾二郎の美しい抽象画の前では、「一般的に具象的な作品を購入するときには、コレクターは好きか嫌いかなどと勝手に決めて偉そうにしていられるのですが、抽象作品になると自分の美意識の極限を試されているような気になってしまうのです」と、おっかなびっくり購入するコレクターの心境を吐露。確かに、ここまでコレクターの想いを感じられる展示は、これまでなかったかもしれない。

解き放たれたコレクション展 photo by Keizo KIOKUA氏の奈良美智コレクション。奈良作品を身近に置くことで、
その作品から放たれるパワーを日々実感し、さらに惹かれていったという。
© Keizo KIOKU

一方、匿名のA氏は、2001年に奈良美智の作品を美術館で鑑賞し、その場に居合わせた本人の素朴な人柄に惹かれコレクションをスタート。それまで、コレクターになるという意識も興味もなかったというA氏だが、奈良作品を手元に置くことで、自身が変わることを体感したのだという。本展でも出品は全て奈良作品である。

A氏の音声ガイドも興味深い。2001年に初めて購入したナイフを持つ少女が描かれた《Slash with a Knife》は、「購入した後、玄関に飾っていたので、毎日何度も眼に入ります。小さな女の子が覚悟を持って戦っていて、『お前は本気なのか?』と毎日、何度も、挑発されている気がしていました。(中略)この絵がなければ、どこかで、何か、で数多く負けていたと思います」と、この作品が自身の人生の大きな指針になったことを明かしている。

奈良美智制作のアートカーチャリティーオークション用に奈良が制作したアートカーを落札。20年近くメンテナンスのために定期的に乗車しているが、目立ちすぎるので、乗っていて少し気恥しいのだとか。

また、番外編として、購入しなかった作品《Give you water》についても語られている。当時は、暗い背景の中全身に包帯を巻いて花に水をあげるキャラクターが、陰気な感じがして購入しなかったが、ある時、そこに込められたメッセージに気づき、「猛烈に欲しくなり、購入しなかったことを本当に後悔しています」とのこと。時代や自身の変化と共に、作品の見え方や好みが変わることや、コレクターにとって作品との出会いは一期一会であることがよく分かるエピソードだ。

コレクションのキッカケや方向性、作品との付き合い方、そして自身の情報を公表する範囲など、高橋氏とA氏では全く違うことが分かるが、WHATの面白さはまさにここで、さまざまなコレクターの生き様や価値観が同じ展示空間で味わえるという、非常に贅沢で稀有な経験ができるのだ。

 Photo by Kenji Seo建築倉庫プロジェクトでは、オープニングとして「謳う建築」展を開催。
建築と詩を掛け合わせた独自のアプローチで、五感を揺さぶる住まいを浮かび上がらせた。
c Kenji Seo

1・2階にまたがるこれらの展示以外にも、1階の一角にはWHATの前身となる「建築倉庫ミュージアム」が名称を変更し「建築倉庫プロジェクト」として、建築にまつわる展示を行っている。
 「元々、建築家の方々からお預かりしていた模型を、作品として展示するというのを初めて試みたのが建築倉庫ミュージアムで、ここでの経験がWHAT誕生に大きく影響しています」と古後氏。これまで、建築模型は大切なスタディ資料でありながら、かさばり管理が難しいことから、ずっと倉庫で眠っているか、廃棄されてしまうことが多かったそうだ。しかし、それらをアートピースとしてしっかり展示したことで、建築家と寺田倉庫がお互いに価値を高めあえるような相乗効果が生まれたのだという 。
 「そこは、倉庫会社ならではの視点だと思っていまして、建築界や美術界にある伝統に囚われることなく、お預かりしているものを割とフラットに一つの“作品”としてお見せすることができるんです。これからも、その視点を大事にしていきたいですね」と、倉庫会社ならではのフラットな視点が現在の施設の運営に活かされていることを教えてくれた。
 ちなみに、WHAT入館者はオプションで「模型保管庫」の見学もできるので、併せて巡ると寺田倉庫の取り組みがより深く理解できるだろう。

WHAT CAFE 内観WHATから徒歩2〜3分の場所にある「WHAT CAFE」。食事を楽しみながら、若手作家の作品を鑑賞・購入できる。

また、WHATに先駆けてオープンしたアートギャラリーカフェ「WHAT CAFE」も、ぜひ訪れてほしい。若手アーティストの作品を展示・販売する800uに及ぶ空間で、会期ごとにすべての作品が入れ替わるため、年間を通して数百点の作品との出会いがある。「WHATでコレクターの価値観に触れた後に、お隣のWHAT CAFEに休憩がてら足を運んでもらえれば、比較的手に取りやすいお値段で若手アーティストの作品が販売されていますし、在廊している作家さんと直接お話しいただける機会もあります。そこで気軽にさまざまなアートに触れて、観たり聞いたりして感じてもらえれば、すごく豊かな経験になるんじゃないかなと思っています。私たちも、このような場を設けることで、アート市場をさらに盛り上げていく一助になれればという気持ちです」と古後氏。

世界でたった一つの作品が、個人のライフスタイルをより豊かに変えていくキッカケづくりを、エリア全体で仕掛ける寺田倉庫。なんだか遠い存在だった“コレクター”の生き様や価値観にリアルに触れ、自身の生き甲斐や目標に改めて目を向けることで、アートだけにとどまらない新しい気づきがきっと得られるはずだ。

WHAT(天王洲)
外観
品川区東品川2-6-10 G号
問合せ:info.what@terrada.co.jp
料金:一般1,200円、大学・専門学生700円、中・高校生500円、小学生以下無料、模型保管庫見学(WHAT入館者のみ)500円
11:00〜17:00(土・日曜日、祝日は18:00まで)
※最終入館は閉館30分前まで
休館:月曜日、展示替え期間、年末年始
※最新情報は公式サイトで要確認
東京モノレール「天王洲アイル駅」徒歩5分、
東京臨海高速鉄道りんかい線「天王洲アイル駅」B出口徒歩4分、
JR「品川駅」港南口徒歩15分
webサイト
2021年4月取材/2021年5月更新