三島文学の最高傑作を行定勲監督が映画化
耽美的な美術や衣裳、瞬間をとらえる映像にて、
若い2人の狂おしい熱情の果てを描く
>三島由紀夫の絶筆となった四部構成の長編小説『豊饒の海』より、第一巻『春の雪』を映画化。コッポラをはじめ世界の映像作家から映画化が望まれていた傑作が、『GO』『世界の中心で、愛をさけぶ』の行定勲監督によって映像化された。主演は人気俳優の妻夫木聡、竹内結子。大正時代の貴族社会に生きる青年たちが織り成す、耽美的な悲恋物語である。
侯爵家の嫡男・松枝清顕と、ふたつ年上の伯爵家の令嬢・綾倉聡子は幼馴染み。10数年の付き合いの中、清顕は聡子からの愛情を感じながらも拒絶し、もて遊ぶことでしか応じようとしない。二十歳を過ぎた聡子に宮家との縁談話が持ち上がり、彼女は清顕の気持ちを根気よく確かめようとするが、にべもなく突き放されてしまう。失望した聡子は宮家に嫁ぐ決意をする。
「『春の雪』は、今まで自分が撮ってきた映画の中で最も困難なもの」と行定監督が語った本作。三島文学のなかでも最高傑作とされる作品の映画化は、スタッフにもキャストにもプレッシャーがあったようだ。原作のニュアンスをそのままに、というのはやはり難しい。あえてそうしたのかもしれないが、清顕が聡子を慕っているからこそ彼女の言動に過剰に反応してしまうこと、聡子が流されているだけの女性ではなく潔い覚悟をふまえていることなどがあまり伝わってこないところに、少し物足りなさを感じた。原作のテーマである“輪廻と夢”という要素はさほど強くなく、劇的な状況に燃え上がり、陶酔していく若い恋人たちの耽美的な様がよく描かれている。
若さのエゴ、貴族らしいプライド、すんなりとうまくいくことをわざわざ背徳となるまでこじらせる身勝手ぶり。前半は清顕のこうした屈折した振る舞いが鼻について、あまり共感できずにいたが、後半になると少しはわかる部分もあった。“今”しかない刹那の時間だからこその強烈な輝き、先がないゆえに永遠と感じてしまう矛盾、周囲も自らも深く傷つけてしまうほどの曲げられない性分……のっぴきならない顛末へと導かれていく2人の悲劇的な有様は、観る者を惹きつける。妻夫木は暗い情熱と葛藤をもつこれまでにない気難しい清顕役を、竹内は恋にのめりこんで強さを得る清楚な聡子役をそれぞれに熱演している。
印象的な演出は、百人一首の恋歌が効果的に使われていたこと。邪な算段をする大人たちの傍らで、無邪気に心を寄せ合う愛らしい子供たち。童女がゆったりと読む恋の歌。そのシーンにはやわらかな郷愁が漂い、不思議と涙を誘う。映画ならではの深みを感じさせる優れたシーンである。その叙情的な映像美は、『花様年華』(ウォン・カーウァイ監督作)などで知られる台湾の撮影カメラマン、リー・ピンビンによるもの。彼の感覚的な手法には、監督をはじめスタッフたちは大いに刺激を受けたのだそう。
宿命的な経緯をたどる雅びやかな青年たちの愛憎劇。深まっていく秋の頃、哀しくも美しい物語に浸ってみてはいかがだろう。
公開 | 2005年10月29日公開 日劇3ほか、東宝洋画系にてロードショー |
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制作年/制作国 | 2005年 日本 |
上映時間 | 2:14 |
配給 | 東宝 |
監督 | 行定勲 |
原作 | 三島由紀夫 |
撮影 | リー・ピンビン |
主題歌 | 宇多田ヒカル |
出演 | 妻夫木聡 竹内結子 高岡蒼佑 |
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