日本の「医療構造改革」という名の営利志向の原点 !?
アメリカ国家の劣悪な保険制度をムーアが世界に大暴露
深刻でユーモラスな世直しドキュメンタリーの傑作。
交通事故で担ぎこまれた女性に「救急車の使用は事前申請が必要」と救急車の利用料を請求し、20代前半で子宮頸がんにかかった女性に「あなたの年齢でそのガンはありえない」と医療費の支払いを拒否する。ゾッとするような非人道的なことが横行しまくっているアメリカの医療現場をマイケル・ムーアが世界に向けて大暴露。『ボウリング・フォー・コロンバイン』『華氏911』を経て映画監督としてさらなる進化を遂げたムーアが投下する、強力な対アメリカ世直し爆弾である。
健康保険に加入していない大工が業務中の事故で指を2本切断すると、医師から1.2万ドルの薬指と6万ドルの中指という縫合手術の選択を迫られる。夫が心臓発作を起こし、妻がガンを患った50代の中流家庭の夫婦は医療費を保険でカバーしきれずに破産。もうすぐ80歳の老人は会社の福利厚生の一部である健康保険で薬代をまかなうため、スーパーマーケットで死ぬまで毎日働き続ける。
健康保険充実度は世界ランキング37位、先進国中最下位という超大国アメリカ。本作では、先進国では常識のはずの国家による国民皆(かい)保険の制度がなく、医療費の工面にあえぐ人々の実情を次々と列挙。患者に必要な手術費や入院費を支給せずに儲けた保険会社が多額の献金を政治家に渡し、政治家が保険会社に有利な制度を作る、という人命二の次、利益最優先の異常なシステムがまかり通っている現状と、本来なら安心できるはずの保険加入者たちの悲劇が描かれている。状況はかなり深刻で悲惨であるものの、重いだけのドキュメンタリーにならないよう、ムーアらしい毒たっぷりのユーモアで軽妙に演出され、老若男女、国籍問わず、幅広い層が共感できる興味深い仕上がりとなっている。
今回はこれまでのムーア作品の定番である最高権力者を糾弾・攻撃する展開はなく、実情を訴える一般民間人の体験談を中心に構成されているため内容が誰にでもわかりやすく、とてもストレート。すぐに支払いが発生しそうな既往症をもつ人物の加入申込を断り続けることが仕事である保険会社の電話受付の女性は、自分の業務のやるせなさを大粒の涙とともに語り、勇敢な女性医師は保険会社が得するように患者の手術を退けたことで患者を死なせたという自らの重くつらい過去を法廷で証言。そうせざるを得なかった劣悪な理不尽さから脱却し、それを公に明かした彼女たちの勇気に涙があふれた。ムーアは語る。「今までとは違う映画を作りたかった。この問題は他人事ではない、立ち上がらなければならない、と思える作品にしたかったんだ」。
アメリカの酷い体験談集の後には、医療費が無料のカナダ、イギリス、フランス、キューバの実例が紹介される。単純な筆者は、患者を治せば治すほど医師の給与がアップする真っ当なシステムのイギリス、医療がタダの上、出産すると国から無料の乳母が週2で派遣され、1時間約1ドルで保育所が面倒をみてくれるというフランスに一瞬移住したくなった。この2国はWHO(世界保健機構)も優秀なヘルスケアシステムとして認め、とりわけフランスは世界一というお墨付きとのこと。
本作の公開後、アメリカでも2008年の選挙戦に向けて国民皆保険を公約として掲げる政治家が目立ってきているという今。「医療構造改革」によって医療費が大幅に削減されて国民の負担が重くなり、アメリカのような市場原理による営利資本が介入しつつある日本でも、これ以上悪化する前に改善の方向へと舵をきらなくては。国が社会保障の一貫として行う無料の医療制度は社会主義的な奇妙なことでもなんでもなく、多くの先進国が当たり前に実現していることなのだから! と、ムーア節に気持ちよく洗脳される作品である。
公開 | 2007年8月25日公開 シネマGAGA!、シャンテシネほか全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2007年 アメリカ |
上映時間 | 2:03 |
配給 | UIP映画 |
提供・共同配給 | ギャガ・コミュニケーションズ×博報堂DYメディアパートナーズ |
監督・脚本・製作 | マイケル・ムーア |
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