14年前、男は名前を変え過去を封印した――。
烈しい恋と衝動、絶望をヴィヴィッドに映し、
ぬくもりと支えによる心の再生を描き出す
スペインを代表する映像作家ペドロ・アルモドバルがペネロペ・クルスと4度目のタッグを組み、’09年の第62回カンヌ国際映画祭にてコンペティション部門に正式に出品された話題作。出演はクルスをはじめルイス・オマール、ブランカ・ポルティージョ、タマル・ノバスらスペイン出身の俳優たち。ひとりの男が封印した愛と過去を見つめ直し、周囲の人々の支えによって自分自身を取り戻してゆく物語。人間ドラマ→濃厚な恋愛ドラマ→愛憎劇→サスペンスと展開し、ラストは人間ドラマでさらりと締める。アルモドバル流、波乱万丈の人生劇場である。
2008年のマドリード。14年前に視力を失い、名前も仕事も変えて生きてきた男、脚本家ハリー・ケイン。エージェントのジュディットと彼女の息子ディエゴに支えられ、平穏な日々を過ごしている。ある時、ライ・Xという男がハリーに脚本を依頼。その男はハリーが封印した過去の関係者だった。若いディエゴは母が語ろうとしない過去に興味を抱き、ハリー本人に問いかける。そしてハリーは14年前まで本名マテオ・ブランコとして、映画監督をしていた頃のことをディエゴに語り始める。
運命的な恋、激しい愛憎、そして映画への思い。ヴィヴィッドな色彩や詩的なニュアンスはそのままに、観る側への伝え方に円熟味を感じさせるアルモドバルの最新作。身も心も焼きつくすような恋愛にのめりこみ、別人を名乗らなければ生きていられないほどの致命的なダメージを受けても映画の仕事も恋愛もあきらめないマテオ、自らの美貌と才能で女優としての成功と女としての幸せを貪欲に求めていく新進女優のレネ。登場人物がアルモドバルとクルス本人たちの個性やイメージと重なるところが興味深い
’97年の『ライブ・フレッシュ』、’98年の『オール・アバウト・マイ・マザー』、’06年の『ボルベール<帰郷>』に続いてアルモドバル作品に4度目の出演となるクルスは、“美しすぎる”ファム・ファタルのレネを匂い立つような存在感で表現。クルスは監督について「私たちには友情があるし、彼は私に何度もチャンスを与え続けてくれる人だから、絶対に失望させたくないの」と語り、アルモドバルはクルスについて「常に私を刺激し続ける女優」と称賛している。精神と肉体の双方に深い傷を負い、14年を経て封印した過去に向き合うハリーことマテオ役は、オマールが骨太に表現。レネのパトロンのエルネスト役はホセ・ルイス・ゴメス、マテオのエージェントのジュディット役はポルティージョ、ジュディットの息子ディエゴ役は『海を飛ぶ夢』で評価された若手俳優ノバスが演じ、それぞれのキャラクターをくっきりと表している。
シリアスな内容ながら、おなじみのユーモアもしっかりと。劇中でマテオが監督する映画『謎の鞄と女たち』(ベースは’88年のアルモドバル作『神経衰弱ぎりぎりの女たち』)のワンシーン、レネの行動を執拗に映像でチェックするエルネストの愛執と滑稽さ。理屈ではどうにもならない熱情や衝動が鮮烈に、クラシックなニュアンスもドラマ性を際立たせている。
「映画は完成させることが大切だ。たとえ手探りでも」。マテオのさりげない台詞に、現在60歳のアルモドバルが昔の恋や傷を俯瞰してクリエイティブに昇華したかのようなリアルさを感じさせる本作。先の見えない社会情勢を背景に“再生”がテーマの作品が多い中、ひときわ感情にグッと訴えかけてくる物語。ざわざわと心を揺らし、かすかなぬくもりを残す作品である。
公開 | 2010年2月6日公開 TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2009年 スペイン |
上映時間 | 2:08 |
配給 | 松竹 |
監督・脚本 | ペドロ・アルモドバル |
出演 | ペネロペ・クルス ルイス・オマール ブランカ・ポルティージョ ホセ・ルイス・ゴメス ルーベン・オカンディアノ タマル・ノバス |
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