第82回アカデミー賞で最多9部門ノミネート
戦場の現場で侵されてゆく兵士たちの心を
ドキュメンタリーさながらに描く異色のドラマ
2010年の第82回アカデミー賞で最多9部門にノミネートされている話題作。監督は『K-19』以来7年ぶりに長編映画を手がけたキャスリン・ビグロー、脚本は’07年の映画『告発のとき』の原案提供者であるジャーナリスト兼脚本家のマーク・ボール。出演者は’02年の日本未公開作品『ジェフリー・ダーマー』で実在した殺人鬼を演じて注目されたジェレミー・レナー、舞台や映画で活躍するアンソニー・マッキーやブライアン・ジェラティらアメリカ出身の若手俳優たちを中心に、レイフ・ファインズ、デヴィッド・モース、ガイ・ピアースが脇を固める。戦場でアメリカ軍の爆発物処理班として従事する兵士たちの日常と心理をシビアに描写。現地で爆発物処理班に何週間も入り込んだボールの取材を基に、現地の兵士たちの姿をノンフィクションさながらのリアリティで伝える作品である。
04年の夏、イラクのバグダッド郊外。アメリカ軍の爆発物処理班の兵士たちがいつものように爆弾処理をしている最中、爆破が起きて中隊のリーダー1名が殉職。新たなリーダーとして赴任してきたジェームズ二等軍曹は、基本的な安全対策もルールも一切無視し、自分なりの型破りな方法で爆弾処理をし続ける。一瞬の判断ミスが仲間の兵士たちの命までも奪う緊迫した状況でジェームズを補佐するサンボーン軍曹とエルドリッジ技術兵は、ジェームズの傍若無人な言動に不信感をあらわにしていく。
物語もテーマも明確。派手なエンタテインメントではない上に爆破テロが頻発する地域を舞台にしたシリアスな物語であるものの、人物の心情に迫る表現をしているので内容は伝わりやすい。人間爆弾をはじめ現場で実際に起きていること、過酷な環境で死と背中合わせの日々にある男たちの心の重圧は、言葉では形容しがたいほどヘヴィだ。
爆発物処理班の兵士は、通常の戦地の軍人よりも死亡率が5倍高い危険な仕事でありながら、世間にはあまり知られていない。ボールが取材をきっかけに「彼らの重要な役割を広く知らしめたい」と思ったことが、この映画を製作するひとつのきっかけになったとのこと。そしてこの作品には、ニューヨーク・タイムズ紙の元戦争特派員クリス・ヘッジズの著書『戦争の甘い誘惑』にある「戦争はある人々にとっては誘惑となる要素をもつ」というテーマも含まれている。これは物語とするには人道的にきわどいテーマであり、チャレンジといえる。製作にあたりスポンサーも資金もなく、大手スタジオもついていなかったことについて、ビグロー監督は語る。「これはいい知らせでもあったの。なぜなら私たちは自由に創造することができて、枠にはまらない仕事をすることができるから」。
掟破りのジェームズ二等軍曹役はレナーが演じ、まともなのか常軌を逸しているのかつかみどころのない性分を表現。もと諜報部で思慮深いサンボーン軍曹をマッキーが、戦闘経験の浅いエルドリッジ技術兵をジェラティが真摯に演じている。脇をファインズ、モース、ピアースら実力派のハリウッド俳優が固め、骨太な物語をしっかりと支えている。撮影はイラクの西の国境に接するヨルダンで行われ、猛暑の中、砂漠やアンマン市内の貧困地域などで行われたとのこと。撮影中は俳優たちの間に軍隊の親密な仲間意識を生み出すために、エアコンのきくトレーラーでなく地面の上に立てた簡素な共同テントに全員を住まわせた、というからすごい。また砂漠でイラク人捕虜役を演じる2人の現地の俳優は、本当にイラクで米軍の捕虜になったことのある人物だったとのこと。ビグロー監督はそれを知った時のことを、こう振り返っている。「非現実的な感じがして、少し居心地が悪かったわ。でも、ふたりは笑って『仕事があって嬉しい』と言ったのよ。本物に近づけるためとはいえ、『もしかしたら私はちょっとやりすぎたのかもしれない』と思ったわ」。このエピソードを資料で読んだ時は個人的に、話題作で現地の俳優たちにチャンスが与えられるのはとても大事なことで「間違っていない」と感じながら、監督がひとりの人間として抱いた複雑な思いの真っ当さに、安堵したりもした。
「“ハート・ロッカー(行きたくない場所、棺桶)”にお前を送り込む」とは、イラクで兵士たちに向かって使われる言葉のひとつ。また爆発処理班(EOD)の軍人は離婚やパートナーとのトラブルは日常的で、EDOとは“エブリワン・ディボースト(みんな離婚している)”の略だというジョークもあるほど、精神的な重圧を負う男たち。戦場で侵されてゆく心をドキュメンタリーさながらのリアリティで伝える異色のドラマである。
公開 | 2010年3月6日公開 TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2008年 アメリカ |
上映時間 | 2:11 |
配給 | ブロードメディア・スタジオ |
監督・製作 | キャスリン・ビグロー |
脚本・製作 | マーク・ボール |
出演 | ジェレミー・レナー アンソニー・マッキー ブライアン・ジェラティ レイフ・ファインズ ガイ・ピアース デヴィッド・モース |
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