第9地区

南アフリカ共和国の首都上空にUFO出現!?
ドキュメンタリー番組さながらの臨場感で
観る側を巻き込む、斬新なSFアクション

  • 2010/04/02
  • イベント
  • シネマ
第9地区© 2009 District 9 Ltd All Rights Reserved.

プロデュースが『ロード・オブ・ザ・リング』『ラブリーボーン』の監督ピーター・ジャクソンとはいえ、オリジナルの脚本に無名のキャスト、今回が長編映画デビューの新人監督というメジャーな要素がほぼゼロのSF映画が全米で大ヒット。その内容とは? アクションありサスペンスあり、人間の本質をあぶりだすドラマあり。練り上げられたSF作品である。

南アフリカ共和国の首都ヨハネスブルグ上空に、突如巨大なUFOが出現。政府がUFOに偵察隊を突入させると、そこには弱りきった大勢のエイリアンが横たわっていた。エイリアンたちが難民であると気づいた政府は処遇が決まるまでの間、ヨハネスブルグの仮設住宅“第9地区”に彼らを住まわせることに。それから28年後、状況は何も進展しないまま住民とエイリアンとの対立が激化し、政府はエイリアンの管理を民間企業のマルチ・ナショナル・ユナイテッド社(MNU)に委託。MNUはごく平凡な社員ヴィカスを現場責任者に任命し、エイリアンたちを郊外の“第10地区”へ強制移住させるための準備を開始。ヴィカスが“第9地区”でエイリアンたちから立ち退きの承認を強引にとりつけていく中、あるアクシデントが……。

前評判どおり、期待を裏切らない作品。ストーリーの内容そのものより、観る側へのアプローチが斬新で強く訴えかけてくるものがある。海外のドキュメンタリー番組でよくあるタイプのインタビュー映像がそこかしこにちりばめられ、物語の状況や登場人物の背景がさりげなく語られていくところがユニーク。ただ関係者が話しているだけという映像から、ユーモアや皮肉、やるせなさや哀愁、思いやりや愛情などがクチコミ感覚でより身近に伝わってくる。

第9地区

本作で長編デビューを果たした監督は、南アフリカ共和国出身でカナダ在住、現在30歳のニール・ブロムカンプ。ナイキやシトロエンのCMディレクターとして活躍する人気映像作家だ。そもそもの始まりは、ブロムカンプの才能に惚れ込んだピーター・ジャクソンが、’06年にアメリカの人気TVゲーム『HALO(ヘイロー)』の映画版の監督として彼を抜擢。が、ユニヴァーサル・ピクチャーズと20世紀フォックスの2大スタジオ、ゲームを所有するマイクロソフトが関わっていたこの一大プロジェクトは頓挫。その後ブロムカンプが『第9地区』の企画をジャクソンにもちかけ、一緒に製作していくことが決まったのだそう。ブロムカンプは自身が監督・VFXを手がけた’05年の6分半の短編映画『Alive in Jo'burg(アライブ・イン・ヨハネスブルグ)』をベースに、本作の脚本を執筆。自身がヨハネスブルグで過ごした子供時代や、SFの名作映画の数々からインスピレーションを得たという。

出演者は南アフリカ共和国で活動する面々。ヴィカス役のシャルト・コプリーはブロムカンプ監督の親友であり、南アで監督やプロデューサーとして活動し、『Alive in Jo'burg』のプロデュースを手がけた人物。今回が初の映画出演でありながら、ごく一般的で少々俗っぽい男ヴィカスの善悪では割り切れない人間臭さや苦悩を丁寧に表現。コプリーは本作の熱演がハリウッドで高く評価され、2010年公開の映画版『特攻野郎Aチーム』にてマードック大尉役に抜擢されたことも話題に。またクリストファー役をはじめ、エイリアン10数体を特殊なスーツを着用して演じた南ア出身のパフォーマー、ジェイソン・コープ、クーバス大佐役は南アのTVドラマで悪役として知られるデヴィッド・ジェームズ、ヴィカスの妻タニア役は南アでCMモデルやTV番組のレポーターとして活動しているヴァネッサ・ハイウッドが好演している。

第9地区

本作には実際に市民にエイリアン(ここでは国境を越えてきた移民の意)についてインタビューしたドキュメンタリー映像や、南アフリカ放送協会(SABC)やロイターなどの報道機関が所有する本物のニュース映像も使用。映画を観ているはずが報道特番を観ているような感覚に陥り、何が本当で何がフィクションなのかあいまいになって、まんまとのせられてしまうところが面白い。また個人的にグッときたところは、物語が展開していくうちに観る側の視点や感情移入する人物がどんどん変わっていくこと。最初は報道バラエティを観ている視聴者の目線、次に災難の降りかかったヴィカスに共感し、ヴィカスが自分を見失うにつれて知的で思慮深いクリストファーにスイッチし、最後にはまた視聴者の客観的な目線に戻る。人間の尊厳とは? 笑って観る映画なのかもしれないが、個人的には心臓をきゅーっとつかまれていくかのような、独特の切なさも感じた。物語の中盤以降、浅はかな人間たちが人でなしに見えて、思いやりのあるエイリアンの方がよっぽど人間らしく見えてくるから不思議だ。

シャルト・コプリー

かつて南アフリカが抱えていたアパルトヘイト(人種隔離政策)の問題を暗喩しているわけではない、と製作陣が明言している本作。今も世界中で起こっているエイリアン(よそ者)への迫害、移民と地域住民との対立。そうした事実を異星人と人間に置き換えることで、ただのSFアクションではなく新味のあるヒューマンドラマとなっている(相手は異星人だけど)。友情や家族愛がベタベタしすぎず、瞬間的にサッと織り込まれているところもニクイ。制作費3000万ドルという低予算ながら、すでに世界の興行収入は2億ドルを突破。SFアクション映画としては異例である多数の映画賞の受賞を果たし、すでに続編『District10』の製作も噂されている本作。今回はハリウッドのメジャースタジオやスポンサーに支配されることなく、ニール・ブロムカンプとピーター・ジャクソンが独創的なアイディアをめいっぱい注ぎ込み、作りたいように作ったからこそパンチと深みのある作品が完成したわけで。これだけヒットした作品の続編にはハリウッドの資本がドーンと投下されそうだが、そこに溺れることなく、彼ららしい映画製作をしてほしい。もし『District10』を撮るなら今回と同様、製作陣が自由に創造性を発揮できる環境と配役で作られることを切に願っている。

作品データ

第9地区
公開 2010年4月10日公開
丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
制作年/制作国 2009年 アメリカ
上映時間 1:51
配給 ワーナー・ブラザース映画×ギャガ共同
監督・脚本 ニール・ブロムカンプ
製作 ピーター・ジャクソン
出演 シャルト・コプリー
ジェイソン・コープ
デヴィッド・ジェームズ
ヴァネッサ・ハイウッド
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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