ロシアの“負け組”もと首席指揮者が一念発起
ボリショイ交響楽団になりすまし、パリ公演へ!?
名曲の調べにのせて不屈の魂を伝える人情ドラマ
ミニシアター系ながらパリでオープニング興行収入No.1、3月に東京で行われた「フランス映画祭2010」では観客賞を獲得した作品。30年前の出来事をきっかけに落ちぶれた、ロシア人のもと首席指揮者が一念発起。モスクワからフランスのパリへわたり、一発逆転をはかる。出演はロシアの有名俳優アレクセイ・グシコフ、『イングロリアス・バスターズ』で注目されたフランス人女優メラニー・ロラン、フランスのベテラン女優ミュウ=ミュウほか。監督は第56回ベルリン映画祭パノラマ部門で審査員特別賞と観客賞を受賞した2005年のフランス映画『約束の旅路』のラデュ・ミヘイレアニュ。チャイコフスキーやモーツァルト、民俗音楽やロマ(ジプシー系)などにのせて展開する、笑って泣ける人情ドラマである。
ロシアのモスクワ、ボリショイ劇場の清掃員として働く気弱な男アンドレイは、じつは同劇場のもと首席指揮者。1980年に当時の政府が行ったユダヤ系演奏家たちの排斥を拒絶した結果、ロシア人のアンドレイやオーケストラ団員たちも解雇。それから30年、横柄な支配人のもとで清掃員として働きながらも音楽への情熱をあきらめきれずにいた。ある日、清掃中にふと目にしたパリのシャトレ座からの出演依頼のFAXをみて、アンドレイはあることを思いつく。それは解雇されたもと団員たちを集めてボリショイ交響楽団になりすまし、パリでコンサートをするという無謀な計画だった。
“負け組”が力をあわせて成功するシンプルな人情モノと思いきや、予想よりもクセがあって味わい深い仕上がり。もと団員たちが皆ずうずうしくて一筋縄ではいかない連中ばかり、というところが面白い。コンサートを本気で成功させようと心を砕くアンドレイとチェロ奏者のサーシャに対し、現在はタクシー運転手や蚤の市業者として生計を立てている団員たちは義理も秩序もなく、非協力的もいいところ。リハーサルやコンサートのシーンではヒヤヒヤハラハラ、祈るような気持ちにさせられる。
人生への自信と希望をとりもどしていくアンドレイ役はグシコフが好演。救急車のドライバーで心やさしいチェロ奏者サーシャ役はロシア人俳優のドミトリー・ナザロフが、もと支配人のイワン役はロシアのベテラン俳優ヴァレリー・バリノフが、コンサートでアンドレイがソリストとして指名するフランスの人気ヴァイオリニスト、アンヌ=マリー・ジャケ役はメラニー・ロラン、そのマネージャー、ギレーヌ役はミュウ=ミュウ、シャトレ座の支配人役は『トランスポーター』のフランソワ・ベルレアンが演じ、それぞれに個性を表現。誰が正しくて誰が間違っているということではなく、それぞれに信念をもって不器用でもひたむきに生きている人々の描写が好い。ロシア人のもと支配人は今もゴリゴリの共産党員で、ユダヤ人親子は商魂たくましく違法の商売、“負け組”ロシア人たちはみすぼらしく、ロマ(ジプシー)が作った偽造パスポートでフランスに入国する。各国の民族性を揶揄していてもどことなくぬくもりがあるのは、ミヘイレアニュ監督自身がユダヤ系ジャーナリストの息子として’80年にルーマニアから亡命し、イスラエルからフランスへわたって映画を学んだという経歴の持ち主だからかもしれない。
見どころは終盤、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.35」を12分間しっかりと聴かせるコンサートシーン。音楽担当のアルマン・アマールは、小節を省くなどして名曲を12分に調整したことに少し罰当たりな気分を覚えながらも、「音楽的な不快感を与えないように努力した」とのこと。ドラマティックな抑揚あるヴァイオリンソロと相まって、オーケストラ団員たちの高揚感がよく表現されている。コンサートシーンは設定どおり、パリで1862年から伝統を継ぐシャトレ座で撮影。クラシカルで重厚な装飾が美しい。またコメディとしては、押しの強い奥さんがイワンに啖呵をきるシーンや、古代ローマの安っぽい演出がなされた大仰な結婚式がパニックに陥るところも面白い。フランス語がわかる人には、ロシア訛りのおかしなフランス語もツボだろう。そしてアンドレイが胸に秘めたある目的とは? この小さな謎が物語に深みを与えている。
’80年代のロシアでは実際に、ユダヤ人の団員をかばって辞めさせられたエフゲニイ・スベトラニフという指揮者がいたことについて、ミヘイレアニュ監督は語る。「僕は映画でその事実をそれとなく連想させたかった。取るに足りない人間とみなされ、解雇された指揮者とユダヤ人音楽家たちが、そのトラウマを克服しようとする姿を描き、同じような体験をした人たちを励ましたかったんです」。不屈の魂ででたとこ勝負、くすぶっていた実力に火をつけて、大勢の人々の鼻を明かす。“負け組”の大人たちが奮起する物語は、世界不況のご時世に爽快に響くのである。
公開 | 2010年4月17日公開 Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー |
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制作年/制作国 | 2009年 フランス |
上映時間 | 2:04 |
配給 | ギャガ |
監督・脚本 | ラデュ・ミヘイレアニュ |
共同脚本 | アラン=ミシェル・ブラン マシュー・ロビンス |
音楽 | アルマン・アマール |
出演 | アレクセイ・グシュコブ メラニー・ロラン ドミトリー・ナザロフ ヴァレリー・バリノフ ミュウ=ミュウ アンナ・カメンコヴァ フランソワ・ベルレアン |
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