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1997年の『萌の朱雀』、2007年の『殯の森』の河�P直美が監督・撮影・構成を手がけるドキュメンタリー。“出来る限り医療介入を避け、お産本来の自然なプロセス”を大切にしていることで有名な愛知県岡崎市にある産婦人科、吉村医院を映す。妊娠と出産についてゆるぎない信念をもつ吉村 正院長の語りと指導、実際に現場で行われていること、生き生きと過ごす妊婦たち。木々や古民家、彼らの周りに流れる空気感を静かにとらえる。不安やわだかまり、隣り合わせにある死についても覆い隠さずに伝える、しなやかでいて力がみなぎるドキュメンタリーである。

「自然に子供を産みたい」と願う妊婦たちが日本全国から訪れる吉村医院。裏庭の古民家“古屋（ふるや）”では、安産に向けて臨月の妊婦たちが薪割りや板戸ふきなどの“古典的労働”を元気に行っている。女性たちはよく動き、床に座しては腹を割って語らい、吉村医師の叱咤激励を受けて、とてもはつらつとしている。「ごろごろ、ぱくぱく、びくびくしない」という教えをはじめ、吉村先生は彼女たちを自然なお産へと導いてゆく。

自然な出産を目指す妊娠中の女性たちのほがらかなエピソードから、女性が以前の出産で受けたトラウマのこと、妊娠中の胎児の死、ある妊婦が抱える家族の問題、吉村医師と実の娘との関係、助産師たちの思いまでも。賛美するだけのキレイごとだけでは済まされない、生命と真摯に向き合っている人たちの姿に胸を打たれる。

出演は院長の吉村医師と医院のスタッフ、撮影時に実際に通っていた妊娠中の女性たちやその家族。河瀬監督が彼らの生活に寄り添いながら、カメラを構えてぽつぽつと語りかけ、吉村医師や女性たちが答えてゆく。今回の撮影には、最長でも撮影時間10分までの16mmフィルムを使用したとのこと。このことについて監督は語る。「たとえ一瞬であっても、力強い映像は観る人の心に何かを焼きつけます。今、多くのドキュメンタリーは対象と向き合う撮影者の姿勢が弱く、そこで勝負できないからか、つい映像で説明をしてしまう。でも、そこに力が宿っていれば、観る人の感受性がそれを受けとめてくれるはずだし、お産と向き合うという覚悟も含めて、フィルムで勝負しようと決めました」。そして2010年9月末には、本作がスペインの第58回サンセバスチャン国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞したというニュースも。

「今の学校や病院は、お産は怖いものだと思い込ませる。これはものすごい罪です。お産は怖い、怖いと思うから、精神的に難産になっちゃう。お産の異常は文化の異常です。お産の異常のいちばんの原因は不安です」。吉村医師の言葉は、感覚にひしひしと訴えかける。作中で、妊娠してからこわごわビクビク過ごしていたけど、明るく楽しく過ごせるようになった、今は女性として妊婦として誇らしく思える、女性に生まれてよかった……と笑顔で語る女性たちの話を聞いていたら、心がとても晴れやかになった。個人的に同じ女性であり、出産未経験で妊娠と出産に憧れと畏れを抱く者としては、とても心強くおおらかな気持ちになった。単純に、「私もここで産みたい！」と思ってしまったくらいだ。

現在78歳の吉村医師は1961年より吉村医院院長として49年、2万例以上のお産に取り組んできた人物。開院当初は最先端の医療機器による管理医療を目指したものの、産科医として数々のお産に立ち会うなかで自然なお産がもたらす命の神秘に気づかされたそう。現在は安産のために、「現代的な生活に頼らず、伝統的な日本の食事を食べ、不安を抱えず自然体でいる」生活のあり方を伝えるため、産院の裏庭に築300年のかやぶきの古民家を移築し、妊婦たちに昔ながらの労働をすすめている。’99年には日本の伝統的な様式で“お産の家”を建築し、母親の胎内に近い温度と湿度、明るさをを保った畳の部屋で、吉村医師の立ち会いのもと、助産師がとりあげるお産が行われている。また外来の妊婦に丁寧な個別指導も行い、検査では最新機器を使って現代の良いところも取り入れつつ、自然な出産を行っている。

「産医学では、死は絶対悪だけど、お産というものを死との関係においてどうとらえるか。それが、今のわたしのテーマなんです」。吉村医師は語る。本作の玄牝　-げんぴん-“玄牝”とは、老子の『道徳経』第6章にある言葉とのこと。「谷神不死。是謂玄牝。（谷神〔こくしん〕は死せず。これを玄牝という）」。とめどなく生命を生み出す大河の源流にある谷神を、老子は“神秘なる母性”と呼んだという。いまや仙人のような風貌の吉村医師は、“谷神”そのもののようでもあり。最後に、本作について語った河瀬監督の言葉を。「今は私たちがよりよい方向に向かうための過渡期なのかな、と思っています。現代文明の発展を拒否して過去に戻ることはできないけれど、人間という種を継続・保存することも忘れてもいけない。あるべき命のありようを考えたとき、現代医療と、生き物として本能的な力を信じて行われた昔ながらのお産がそれぞれ支え合う――大事なのはそのバランスの取り方で、そこは自分にとって新たなテーマになりそうな予感がしています」。