ノルウェイの森

村上春樹の世界的なロングセラーが遂に映画化
恋と生と死のはざまで激しく揺らぐ青春を
美しいビジュアルと名曲で綴るリリカルな作品

  • 2010/12/03
  • イベント
  • シネマ
ノルウェイの森© 2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン

原作者の村上春樹が自ら“特別な作品”と示し、1987年の刊行から今なお売れ続けている世界的なロングセラーが遂に映画化(原作の日本国内の累計発行部数は1044万部、現在も国内小説の歴代第1位。海外では36言語に翻訳され、260万部を発行)。出演は確かな演技力を万人が認める松山ケンイチ、’06年の『バベル』など国際的に活躍する菊地凛子、モデルで本作が映画デビューとなる水原希子、美形の若手俳優である高良健吾、数々の映画やドラマに出演する人気俳優の玉山鉄二ほか。監督・脚本は’93年の『青いパパイヤの香り』や’00年の『夏至』など人と自然を瑞々しく捉える作品で知られる、ベトナム系フランス人のトラン・アン・ユン。よく練られたビジュアルとビートルズのメロディがやわらかく誘(いざな)う、切なさと哀感に満ちた作品である。

高校時代に唯一の親友キズキを突然の自殺で亡くしたワタナベは、新しい生活を求めて東京の大学へ。本を読み漁る生活のなか、キズキの恋人だった直子と偶然再会する。大きな喪失感を共有する2人は徐々に親しくなっていくが、20歳になった直子は不意に姿を消し、京都の療養所で暮らすように。そしてワタナベは東京で、個性的な女子大生の緑と出会う。

木々や草原や風がつくる自然の風景、’60年代のファッション、ドアーズやビートルズの音楽などを背景に、登場人物たちの感情描写で惹きつけるリリカルな映像作品。撮影は’00年の『花様年華』、’05年の『春の雪』、’09年の『空気人形』を手がけ、ユン監督とは『夏至』以来2度目のタッグである李屏賓(マーク・リー・ピンビン)が、音楽はもとレディオヘッドのメンバーであるジョニー・グリーンウッドが担当。ユン監督の感性が実力派スタッフの尽力で具現化され、青春の生彩と苦み、生き続けることの醍醐味と苦悩が映し出されている。

松山ケンイチ

ワタナベを演じる松山はハマリ役。恋の明るい側面や死にまつわる暗い影、なすすべのない葛藤を、飄々としながらも繊細に表現している。底なしの深遠な透明感をもつ直子役の菊地は、原作のイメージ通りではないながら、“どんなシーンも臆せずやり遂げる”という気概が伝わってくるところが面白い。原作を18歳の頃に読んだ菊地は「この役をどうしてもやりたい」という強い意志があったがオーディションに呼ばれず、ユン監督から「凛子にはあまり興味がない」と言われても、頑として引き下がらなかったとのこと。自らオーディションを申し出て、直子役を気合で獲得したというからすごい。また予想以上にしっくりと役になじんでいるのは、緑を演じた水原。本作が映画デビューながら、緑のかわいらしさとコケティッシュな魅力が彼女自身の個性によく合っている。緑役はオーディションを重ねてもなかなか決まらず、クランクイン直前に水原を見つけて決まり、撮影中はユン監督の厳しい演技指導に水原は必死で応えていったそうだ。そして鋭利で刹那的なはかなさを放つキズキ役は高良が、独自の価値観で生きる東大生の永沢役は玉山がキャラクターの雰囲気をつかんで演じている。レコードショップの店長役に細野晴臣、阿美寮の門番役に高橋幸宏、大学教授役に糸井重里と有名人が顔をのぞかせているのも楽しい。

原作者の村上氏はユン監督による映画化のオファーがきた時の心持ちについて、「『ノルウェイの森』という作品は自分にとって特別な作品であり、映像化は無条件でOKというわけにはいかない。でも、トラン監督の作品は好きで、とにかく会ってみようと思った」とコメント。そもそもの始まりは、’01年に『夏至』が日本で公開された折、ユン監督が「村上春樹さんの『ノルウェイの森』が好きです。ぜひ映画化したい」と話したことがきっかけに。それからプロデューサーが’03年の暮れに村上氏宛に手紙を送り、’04年に村上氏と監督が直接会って話をし、「脚本を読んで納得できたら映画化を許諾する(村上氏)」ということに。そこからさまざまなやりとりや話し合いを経てユン監督がフランス語で書いた脚本を英語に翻訳し、その英語の脚本が村上氏に許諾され、’08年に正式に契約した、という流れがあったとのこと。映画化を決めた際に村上氏は、「(台詞は小説のままではなく、映画として)どんどん自由にやっていいですよ」と言い、製作側の創作に幅を与えたというエピソードも。

菊地凛子

小説と比べると、長い物語を2時間にまとめたため仕方ないとはいえ、要素がだいぶ絞られている。ワタナベの風変わりなルームメイト“突撃隊”のほほえましい逸話はほとんどなく、気骨があり苦労性である緑の骨太さは控えめにアレンジされ、直子のルームメイトのレイカさんにさばけた中性的なイメージはなく、ワタナベと緑のお父さんとの間に起きたふとした出来事もない。アンバランスだからこその面白さや多様な要素、いい意味での違和感からくるユーモアや奥深さはあまり感じられない。映画は美しく哀しいトーンでまとめられている。小説を知るいち日本人の目線からするとやや物足りなさもあるが、あらゆる国の人々に対する世界の視点からすると、照準が合っているのだろうか。

松山ケンイチ、水原希子

ワタナベと直子が歩きながら語らう草原のシーンは、1カットで5分6秒という印象的な仕上がりに。また世界配給の日本映画としては史上初、主題歌にザ・ビートルズの「ノルウェーの森」(原盤)を使用するという異例の実現までには、監督がイギリスのEMIとの交渉を1年以上も粘り強く続けたという背景も。ユン監督は語る。「僕は常に苦しみの中に美の断片を見出せると思っています。アートでは“美”と“苦しみ”の2つの共存を明確に描くことが大きなテーマになっていて、この作品もそうでした。ある人物の喪失感が引き金になり苦悩が漂います。それをいかに衝撃的に見せるか、でもその衝撃は同時に美しく感じられるものでなければなりません。なぜなら美は人の意識に深く入り込み、残るからです。その美しさを観ている人に感じてほしいのです」。本作は【PG12指定(小学生には助言・指導が必要)】にて日本で公開され、ドイツやスペインなど海外36カ国に配給予定。青春の不安定なエネルギーと恋と生と死、ほとばしる情緒のうねりを漂流してみてはいかがだろう。

作品データ

ノルウェイの森
公開 2010年12月11日公開
TOHOシネマズ スカラ座ほか全国東宝系ロードショー
制作年/制作国 2010年 日本
上映時間 2:13
配給 東宝
原作 村上春樹
監督・脚本 トラン・アン・ユン
撮影 李屏賓(マーク・リー・ピンビン)
音楽 ジョニー・グリーンウッド
製作 亀山千広
小川真司
出演 松山ケンイチ
菊地凛子
水原希子
玉山鉄二
高良健吾
霧島れいか
初音映莉子
柄本時生
糸井重里
細野晴臣
高橋幸宏
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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