愛する人

母と子の間に横たわる、愛や憎しみ、そして希望
未来へと紡がれてゆく、ゆるぎない結びつき
響き合う心の機微を映すヒューマンドラマ

  • 2010/12/24
  • イベント
  • シネマ
愛する人© 2009, Mother and Child Productions, LLC

 時を経て、さまざまな紆余曲折の果てに、おのずと紡がれていた母と子の結びつき。そのかけがえのない想いは未来へと継がれてゆく。監督・脚本は1999年の『彼女を見ればわかること』、2005年の『美しい人』のロドリゴ・ガルシア、エグゼクティブ・プロデューサーは’03年の『21グラム』、’06年の『バベル』を手がけたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ。出演は確かな表現力で知られるナオミ・ワッツ、演技派のアネット・ベニング、舞台デビューも果たしたケリー・ワシントン、人間味ある存在感のサミュエル・L・ジャクソンほか。3人の女性たちにまつわる母と子の愛憎、葛藤や後悔、そして希望を繊細に描くヒューマンドラマである。

 働きながら老いた母親を介護するカレンは51歳。14歳で出産した娘を母の反対でやむなく手放して以来37年、ずっと独身のまま、会ったことのない我が子に思いを馳せている。養子に出されたエリザベスは弁護士として自立している37歳。親の愛情を受けずに育ったことから他者と深く関わることを避け、男性との関係も仕事も常に自身でコントロールしている。ある日、エリザベスに予想外のことが起こったことから、これまで意識の外へと追いやっていた生母のことを考えるようになる。

アネット・ベニング

 男性の監督・脚本とは思えないほど、女性の心理をしっかりと描いている作品。女性を描くことに定評のあるガルシア監督作品の中でも、本作が現時点の最高傑作であることは間違いない。監督はこの作品のテーマについてこのように語っている。「私が一番興味を抱いたテーマは、“誰かを切望する”ということでした。それはすなわち、何らかの事情により“愛するものと離れて暮らす=離別”というテーマでもあったのです」。本作は構想から脚本の完成まで、10年かけて練り上げたとのこと。製作を急がず、俳優たちの出演スケジュールや、出産などのプライベートの都合も合わせて時機を待って撮影したことから、とても充実のキャスティングが実現したそうだ。

 エリザベス役のワッツは、独自の価値観を鋼鉄の鎧のように身にまとうビジネス・ウーマンを淡々と表現。すべてにおいて独断で生きてきた女性の痛々しさが静かに伝わってくる。妊娠中のシーンはワッツが実際に妊娠している時に撮影され、胎児がお腹を蹴るシーンも本物の映像とのこと。カレン役のベニングは、気難しくて孤独な女性が少しずつ変化してゆく姿を丁寧に演じている。ルーシー役のワシントンは、愛する夫の子供が産めないため養子を切望する妻の懸命な様子を演じ、ポール役のジャクソンは、エリザベスの上司として彼女を見守りながらも関係をもち、のめりこむ自分に惑うさまを率直に演じている。

 物語では、カレンは生き別れた娘と会いたいと願い、エリザベスは生母を思い、自分の子供を産むことを願い、ルーシーは養子縁組を願い、3人とも強い意志でそれぞれの願いに向き合っている。自らの境遇やこれまでの人生から、内面に矛盾や苦悩を抱える彼女たちに共感を覚える人も少なくないのでは。ガルシア監督本人は、作品のテーマを常に女性と決めているわけではなく、「自分が興味をもつ事柄を描いているだけで、キャラクターの性別は必ずしも重要ではない」とのこと。また、「家族の絆に対する思い、家族の責任といった考えや心配事などは、女性特有の要素と言えるかもしれないね。でも僕が描く女性は、僕自身に重なる場合も多いんだ」とコメントしている。

サミュエル・L・ジャクソン、ナオミ・ワッツ
本作で伝えたいメッセージについて、ガルシア監督はさらりと述べている。「周りの世界と戦争するような日々ではなく、新たな人生を始められるように、自分の過去について、そして自分自身について受け入れることを成し遂げてほしい。僕はエリザベスとカレンという、とても複雑かつ傷ついた女性に、深い理解のある男たちに巡り会ってほしかった。それは彼女たちにとっても挑戦なんだ。“受け入れられることを受け入れること”がね」。

ジミー・スミッツ、アネット・ベニング

 本作を製作したことで、「更なる女性の物語を描く」ことを決めたというガルシア監督。次回作『Albert Nobbs』では19世紀のアイルランドを舞台に、自らを男と偽って仕事を見つけて生きる女性の物語、と発表されている。この作品はベテランの女優グレン・クローズが共同脚本を手がけて出演も。アマンダ・セイフィールド、ジョナサン=リース・マイヤーズ、オーランド・ブルームら人気俳優が共演するとのこと。こちらも楽しみだ。

 シンプルに明るいだけの内容ではなく、重みがあり、観る側からさまざまな思いを引き出す本作。内省を促し、確かな希望を孕む物語は、混沌の時代の年明けにもふさわしく。ひたむきに日々を生きる人へ、心の渇きに深い滋味を与える感動作である。

作品データ

愛する人
公開 2011年1月15日公開
Bunkamuraル・シネマほか全国公開
制作年/制作国 2010年 アメリカ、スペイン
上映時間 2:06
配給 ファントム・フィルム
原題 Mother & Child
監督・脚本 ロドリゴ・ガルシア
製作総指揮 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
出演 ナオミ・ワッツ
アネット・ベニング
ケリー・ワシントン
サミュエル・L・ジャクソン
ジミー・スミッツ
デヴィッド・モース
アイリーン・ライアン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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