イリュージョニスト

ジャック・タチの幻の脚本をS・ショメ監督が映画化
手品師と少女の出会いから、人生の機微を丁寧に描く
ぬくもりがあふれる上質なアニメーション作品

  • 2011/03/11
  • イベント
  • シネマ
イリュージョニスト© 2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

1958年にアカデミー賞外国語映画賞を受賞した『ぼくの伯父さん』の生みの親として知られる、フランスの映画作家ジャック・タチが遺した脚本を、『ベルヴィル・ランデブー』のシルヴァン・ショメ監督が映画化。日本の配給は、“高畑勲監督・宮崎駿監督がおすすめする世界の優れたアニメーションを広く紹介する”三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー作品として、ジブリ美術館とスタジオジブリが協力。ひとりの時代遅れの年老いた手品師がドサ回りを経て、ひょんなことから言葉の通じない少女と過ごすことになる道行きを描く。人が生きていくことの強さや弱さ、ユーモアや哀しさ、そして喜びや絆をさりげなく届ける、上質なアニメーション作品である。

ロックやTVのカルチャーが流行している、1950年代のパリ。昔ながらのマジックを披露する初老の手品師タチシェフは、三流の劇場や場末のバー、パーティの余興とドサ回りをしている。ある日、スコットランドの離島に渡り、バーに依頼されて手品をすると、気のいい村人たちは大喝采。ケルト語しか話せない貧しい少女アリスは手品師を魔法使いと信じ、島から旅立つタチシェフの後を追いかけてくる。

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セリフはほとんどなく必要最小限。ジャズ、ロック、オペラのB級アリア、ケルトの民族音楽、シャンソン……とドラマティックな選曲で無声映画のような趣もありながら、衣擦れや足音、汽車の走る音などの日常的な物音がやさしく響き合い、情緒豊かな世界を織り成す。万人受けのハッピーなファンタジーとは一線を画し、不況や失業などシビアな社会背景を織り交ぜながら、生身のぬくもりを感じさせる大人向けの仕上がりだ。またタチ本人に通じる、エンターテイナーとして人生を全うする者の性(さが)、そのスピリットや生き様が胸を打つ。どんなに世間や時代が移り変わろうとも、自分らしさをもち続けること。ウィットをもって生きていくこと。タチの一貫したスタイルが静かに、とてもしっかりと投影されている。

登場するキャラクターは皆、個性が立っていて楽しい。タチの本名ジャック・タチシェフと同じ名前である手品師タチシェフは、裕福でなくとも清潔な身なりで、紳士として礼儀正しく振る舞う好人物。生真面目で融通がきかないあたり、身につまされる人も少なくないのでは。タチシェフのキャラクターにイギリスの大ヒットシリーズ『Mr.ビーン』を思い出すことは当然で、Mr.ビーンを演じたローワン・アトキンソンは、タチの作品に多大な影響を受けたことを公言している。そして無邪気な少女アリスは、食事や掃除など手品師の世話をかいがいしくする。世間知らずで純粋だからこその残酷さはあれど、ロマンティックでかわいらしいキャラクターだ。そのほか、ジャズのバンドや劇場の人々、テンション高すぎのロックバンドのメンバー、明るくて素朴な離島の人々、芸術やパフォーマンスの街として知られるエジンバラ(イギリスのスコットランドの首都)に集うエンターテイナーたち、みんなそれぞれが可笑しくも切なく、いい味をだしている。

イリュージョニスト

オリジナルの脚本を手がけたタチは、フランスの映画作家として生涯で6作品を監督し、俳優としても活躍した人物。本国フランスをはじめヨーロッパでその作家性が高く評価され、1958年には前述のオスカーを受賞。しかしその後、3年の歳月と莫大な製作費をかけて作った’67年の『プレイタイム』が興行的に失敗し、’71年に最後の映画『トラフィック』、’73年にTV番組『パラード』を発表し、’82年に他界。’90年代後半から再評価され、2002年にカンヌ国際映画祭で開催された回顧展で好評を博した、という経緯がある。一方、熱烈なタチのファンであるというショメ監督は、フランスの名門漫画スタジオやロンドンにあるスタジオのアニメーターを経て、フリーランスに。CMなどを手がけたのち、1997年に劇場長編アニメーション『ベルヴィル・ランデブー』でデビュー。この作品は本国フランスで100万人以上を動員し世界33カ国で上映され、アカデミー賞のノミネートをはじめ、数々の映画賞を受賞。アニメーション作家として監督として、大きな成功を収めている人物だ。そもそもショメ監督がベルヴィル〜の劇中で、タチの映画『新のんき大将』の映像を使用する許可をタチ財団に申請したことが、本作のきっかけになったとのこと。そこでタチの娘ソフィアから、フランス国立映画センターに『FILM TATI No.4』というイリュージョニストで保管されていたオリジナル脚本(1956〜’59年ごろ執筆)があり、ショメ監督のアニメに合うかもしれない、と言われたそうだ(ソフィアはその4ヵ月後に他界)。監督は語る。「彼がなぜ(脚本を)映像化しなかったのか、僕にはすぐ理解できた。あまりにも彼自身に近すぎたんだ。実際に、この作品は自分のイメージに対してシリアスすぎるから『プレイタイム』をかわりに作った、と彼が語っている記録が残っているんだよ。それにソフィーはあのキャラクターが別の役者に大げさに描かれることを望んでいなかった。だからアニメーションが理想的だと思ったんだ。タチが演じる手品師のアニメ版をゼロから作り上げることがね」。本作はタチの精神を継ぐ次世代の作家ショメが、アニメーションという表現方法により眠っていた脚本と故タチ本人をも蘇らせた、素晴らしいコラボレーションとなっている。

イリュージョニスト

誰もが経験したことのあるやさしい時間。さまざまなシーンで心が通い合う瞬間が繰り返し描かれ、あまりにも自然なその感覚に涙があふれる。全編にある地に足のついたシンプルなトーンと、手品師がモーターボートで島に移動する時のようなワクワクする躍動感。詩的でありながら写実的な面もあり、風景のクローズアップからゆっくりと引いてワイドショットで全景をとらえる、まるで実写のような映像もまた幻想的で美しい。春を迎えるころ、時代遅れのエンターテイナーが魅せるひとときの夢に、深くゆったりと浸ってみてはいかがだろう。

作品データ

イリュージョニスト
公開 2011年3月26日公開
TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
制作年/制作国 2010年 イギリス=フランス
上映時間 1:20
配給 クロックワークス、三鷹の森ジブリ美術館
原題 L’Illusionniste
英題 THE ILLUSIONIST
監督・脚色・キャラクターデザイン・作曲 シルヴァン・ショメ
オリジナル脚本 ジャック・タチ
声の出演 ジャン=クロード・ドンダ
エルダ・ランキンほか
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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