ゴーストライター

巨匠ロマン・ポランスキーが監督・脚本・製作
ゴーストライターが元英国首相のもとで陰謀に肉迫する
練り上げられたポリティカル・サスペンス

  • 2011/08/12
  • イベント
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ゴーストライター© 2010 SUMMIT ENTERTAINMENT, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

ロマン・ポランスキーが監督・脚本・製作を手がけ、2010年の第60回ベルリン国際映画祭にて銀熊賞(最優秀監督賞)、同年の第23回ヨーロッパ映画賞にて作品賞など6部門、’11年の第36回セザール賞にて監督賞を受賞した作品。出演は“スター・ウォーズ”シリーズほか多彩に活躍するユアン・マクレガー、5代目ボンド役として“007”シリーズ4作品に出演したピアース・ブロスナン、ドラマ『SEX AND THE CITY』のサマンサ役で知られるキム・キャトラル、映画やTVや舞台で活躍するイギリス人女優オリヴィア・ウィリアムズほか。脚本には同名小説の原作者ロバート・ハリスが参加。元英国首相の自叙伝を依頼されたゴーストライターが、じわじわと陰謀に巻き込まれてゆく様を描く。現代的な要素を盛り込みつつ、昔ながらの緻密で緊張感ある手法で展開する、シリアスなポリティカル・サスペンスである。

元英国首相アダム・ラングの自叙伝執筆を依頼されたゴーストライターは、25万ドルという破格の報酬で代理人に促され、気乗りしないまま仕事を引き受けることに。そしてラングが滞在するアメリカ東海岸の孤島へ、イギリスから渡米。厳重な警備の敷かれた邸宅に着くと、そこにはラング本人とSPやスタッフ、ラングをめぐる2人の女性、妻のルースと専属秘書のアメリア・ブライがいた。ゴーストライターは取材をしながら原稿を書き進めるうちに、ラング自身の過去や前任ライターの不可解な死に疑念を抱き始める。

ピアース・ブロスナン、ユアン・マクレガー

’08年にインターナショナル・スリラー・ライターズ・オーガニゼーションで最優秀作品賞を受賞した、イギリス人作家ロバート・ハリスのベストセラーを映画化。そぎ落とされたセリフや映像、音楽が観る者をミスリードし、サスペンスの世界へと誘う上質な作品だ。本作について、ポランスキー監督とともに脚本を手がけたハリスは語る。「私は、アルフレッド・ヒッチコックの熱狂的な信奉者なんだ。なんでもないごく普通の人間が、不思議な世界へと足を踏み入れる。そこで起こることはすべて、起こるべくして起こるステップを踏んでいる。しかしそれはどんどん常軌を逸していくんだ。私はこのジャンルが大好きで、ヒッチコックは巨匠だ。それで、『ゴーストライター』にもその要素を取り入れようとした。きっとポランスキーも私に同意すると思うが、このジャンルには素晴らしい物語性とそれを推し進めていくエネルギーがある」。

原作者のハリスは、ケンブリッジ大学で英文学の学位を取得し、政治専門のジャーナリストとしてBBCに勤務後、オブザーバー紙で政治部部長を務め、タイムズの政治コラムニストとして活躍。1992年に小説『ファーザーランド』を執筆し、作家活動を始めた人物だ(同名で、日本で知られているエッセイストでラジオパーソナリティの人物がいるが、もちろん別人)。’01年に映画化された『暗号機エニグマへの挑戦』ほか、ポリティカル・フィクションを中心に執筆。本作でハリスはポランスキー監督との共同作業により、自身でも「小説より面白い」と語る脚本を完成させ、ヨーロッパ映画賞脚本賞を受賞した。

ゴーストライター役はマクレガーが好演。シニカルなイギリス人であるだけでなく、ハリス曰く「平凡な男であると同時にグラマラスな魅力ある男、そのうえとても親しみやすくなくてはいけない役」と考えていたため、キャスティングでは最初からマクレガーの名前があがっていたそうだ。元英国首相アダム・ラング役はブロスナンが堂々たる存在感で、ラングの妻ルース役はウィリアムズが知的な印象で、専属秘書アメリア・ブライ役はキャトラルがタフで献身的なキャリアウーマンとして演じている。またポール・エメット教授役にトム・ウィルキンソン、たった1シーンのためだけに93歳のイーライ・ウォラックが登場するなど、脇も名優で固められている。

ユアン・マクレガー、キム・キャトラル

もうすぐ78歳を迎えるポランスキー監督。彼は1977年のアメリカでの13歳の少女に対する淫行事件により、’09年9月にアメリカの要請を受けたスイス警察当局によって身柄を拘束。軟禁状態にある中で、本作の編集の確認など仕上げ作業を行ったそうだ。未成年相手の淫行は容易に許されることではないが、すでに30年以上前のことで、大人になった被害者女性本人とはすでに慰謝料を支払うことで合意しており、被害者自身が起訴の取り下げを望むも、カリフォルニア州検察当局はこれを拒否。’03年に『戦場のピアニスト』でアカデミー賞監督賞を受賞した際には、被害者女性からポランスキー氏を擁護するコメントもだされている。が、アメリカは’05年にポランスキー監督の国際手配を強化。監督が’78に移住して市民権を得たフランスでは他国からの国民の身柄引き渡しには応じないことから、スイスでの逮捕となったそうだ。しかしこの拘束と軟禁に、アンジェイ・ワイダ、ウォン・カーウァイ、モニカ・ベルッチ、ジュゼッペ・トルナトーレら映画人たちから抗議。’10年7月にはアメリカへの身柄移送をスイス司法当局が却下し、ポランスキー監督は10ヶ月ぶりに自由の身に。’11年2月にパリで開催されたセザール賞の授賞式にて、「自分を支えてくれた、すべての人々に感謝する」とコメントしている。そもそも、ポランスキー監督が幼少時に受けたナチスによる厳しいユダヤ人弾圧が、彼の映画製作に大きく影響していることは有名で。本作の製作中に監督自身が実際に拘束されたことは、ストーリーの内容からそう遠くないことのようにも思え、“個人に対する権力の圧力”は「現実ではないと言い切れない」ものを感じさせ、ゾッとさせられる。

ピアース・ブロスナン

小説も映画も名前のない“ゴースト”が主人公であることに変わりはないものの、エンディングが異なるため、小説の読者も別の結末を体験できる本作。原作者のハリスが政治記者だった頃、トニー・ブレアがイギリスの首相になる前から就任後までそばにいたことから、小説『ゴーストライター』のモデルはブレア元首相であるとイギリスで話題になったというエピソードも。これについては、ハリスの頭の中に15年以上前からあった物語の草案に、「ブレアが戦犯の罪で拘束されるのを避けるためにはアメリカに亡命するしかない」というラジオのコメントを聞いたことをきっかけに、登場人物としての英国首相の背景が肉付けされた、とコメントしている。ノンフィクションではないものの、ブレア元首相のことも大いに参考にした、ということのようだ。暗雲立ち込める、練り上げられたポリティカル・サスペンスとして見応えのある本作。監督の背景やキャラクターのモデルなどノンフィクションの要素を踏まえてみると、謎解きにとどまらない側面も見えてくるかもしれない。

作品データ

ゴーストライター
公開 2011年8月27日公開
ヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷ほか全国ロードショー
制作年/制作国 2010年 フランス・ドイツ・イギリス
上映時間 2:08
配給 日活
原題 THE GHOST WRITER
監督・脚本・製作 ロマン・ポランスキー
原作・脚本 ロバート・ハリス
音楽 アレクサンドル・デスプラ
出演 ユアン・マクレガー
ピアース・ブロスナン
キム・キャトラル
オリヴィア・ウィリアムズ
トム・ウィルキンソン
ティモシー・ハットン
ロバート・パフ
ジェームズ・ベルーシ
イーライ・ウォラック
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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