ドラゴン・タトゥーの女

全世界で6500万部の売上を誇るベストセラーを映画化
見応えのある緻密なサスペンスというだけでなく、
人間の心理や関係性の表裏をまざまざと描く、重層的なドラマ

  • 2012/02/03
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ドラゴン・タトゥーの女

全世界で6500万部の売上を誇る、スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンによるベストセラー『ミレニアム』三部作。その第1弾、2005年に発表された『ドラゴン・タトゥーの女』をデヴィッド・フィンチャー監督が映画化。出演は演技派俳優にして6代目ボンドのダニエル・クレイグ、熾烈なオーディションを経てヒロインに抜擢されたルーニー・マーラ、ベテランのクリストファー・プラマー、’06年の映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デットマンズ・チェスト』で知られるスウェーデン出身のステラン・スカルスガルド、’11年の映画『マネーボール』のロビン・ライトほか。脚本は1993年の映画『シンドラーのリスト』でアカデミー賞脚本賞を受賞したスティーヴン・ザイリアン。名誉毀損の裁判で敗訴し、謹慎中の社会派ジャーナリストが、40年前に失踪した少女の捜索を大富豪から依頼され……。見応えのある緻密なサスペンスというだけでなく、人物の心理や関係性の表裏(ひょうり)をまざまざと描写する、重層的なドラマである。

スウェーデンの財界汚職事件を告発したジャーナリストのミカエル・ブルムクヴィストは、当事者の実業家ヴェンネルストレムから名誉棄損で訴えられ敗訴に。ミカエルは自身が発行責任者をつとめる雑誌『ミレニアム』にさらなる影響が及ばないよう、恋人であり編集長兼共同経営者であるエリカに誌面をまかせ、自ら休職。世間の批判や仕事から彼が距離を置く一方で、スェーデン有数の財閥の元会長ヘンリック・ヴァンゲルはミカエルについて調査を依頼。報告書からミカエルを見込んだヴァンゲルは、40年前に失踪した16歳の少女ハリエットの捜索を依頼する。充分な額面と敵対するヴェンネルストレムの不祥事の情報を成功報酬として、ミカエルは依頼を承諾。富豪一族の身辺からいくつかの手がかりを得て、アシスタントが必要となった頃、ミカエルの詳しすぎる報告書を作成した敏腕調査員リスベットと手を組むことになる。

暗く凍てつく冬のスウェーデンを舞台に、ミカエルとリスベット、交差する2人の人間像をくっきりと描くサスペンス。ミカエルがストイックに事件を追う流れをゆるがない基盤として、リスベットの逆境、特異な能力によって彼女が自身を勝ち取ってゆくさまが異様な精彩を放つ。フィンチャー監督によるハリウッド作品であるものの、全篇を通じてそぎ落とされた洗練さ、原作が色濃く伝える北欧の感性がとても上手く表現されている。本作は “スウェーデンで作られる初めてのハリウッド映画”とのこと。ベストセラーとなった原作はスウェーデンで映画化やドラマ化され、高い評価を得ていたことから、本国ではハリウッド版のお手並み拝見、という風潮があったようで。本作の充実の仕上がりにより、スウェーデンのメディアでも好意的に評価されているそうだ。

ドラゴン・タトゥーの女

ミカエル役は原作の大ファンというクレイグが質実剛健に表現。社会悪に立ち向かい、弱者を庇護するジャーナリスト魂に自負をもちつつも、ひと回り以上年下のリスベットに振り回される大人の男性を好演している。リスベット役は風貌や雰囲気のみならず、バイクやコンピューターの扱いなどの訓練を受けてマーラが熱演。どんなことがあっても自力で立ち上がるリスベットの痛々しくも強靭な姿勢を、大げさになることなく演じている。マーラは映画初主演の本作で、2012年の第84回アカデミー賞にて主演女優賞にノミネートされたことも話題に。大富豪の老人ヘンリック・ヴァンゲル役はプラマーが静かな存在感で、失踪したハリエットの兄マルティン・ヴァンンゲル役はスカルスガルドが淡々と、ミカエルの恋人エリカ役はライトが懐の大きな大人の女性としてそれぞれに演じている。

原作者スティーグ・ラーソンは’04年11月、50歳の時に心筋梗塞で他界。処女作である『ミレニアム』3部作の出版契約を結んだ段階で、第1部の出版もシリーズの大きな成功も知らずに亡くなったそう。そもそも『ミレニアム』シリーズは最終的に10部作として考えられていたとも言われ、第3部まで書き上げ第4部を書いている最中のことだったとのこと。ラーソンはパートナーの女性エヴァ・ガブリエルソンと共同執筆でシリーズを書いていたものの、2人が正式に結婚していなかったことからガブリエルソンは作品に関する権利を持たず、ラーソンの遺された原稿の管理は未定のままとも。そもそもラーソンはスウェーデン通信にてグラフィック・デザイナーとして20年間勤務しながら、極右思想や人種差別に反対する運動に関わり、1999年から人道主義的な政治雑誌『EXPO』の編集長を務めた人物とのこと。この映画のテーマのひとつには、女性への偏見や暴力、そこに屈しないという選択の有様が、極端な形ではあるが打ち出されている。

ドラゴン・タトゥーの女

肉を切らせて骨を断つ。本作の大きな魅力のひとつは、血を流しながらでも自らの意志と目的を貫き通す特異なヒロイン、リスベットの姿。マーラの変身には、コスチュームデザイナーのトリッシュ・サマーヴィル、レディ・ガガを担当しているヘアデザイナーのダニロ、『VOGUE』などで活動するメイクアップアーティストのパット・マクグラスの提案により、独特の風貌を完成させたそうだ。また、以前はアーティストのPVやCM制作も手がけていたフィンチャー監督だけあって、オープニングの音楽と映像のコラボレーションはスタイリッシュ。カレン・オーが印象的にカヴァーしたレッド・ツェッペリンの「移民の曲」がどこか扇情的に響き渡り、悲鳴のような女性ヴォーカルは恐怖と色情が入り混じるかのようなゾクゾクとした感覚を引き起こす。映像は現代的で無機質なイメージもありながら、蔦のようになまめかしく動くケーブルの動きが有機的で。オーソドックスなサスペンスの趣もある映画の重厚なイメージを損なうことなく、物語の始まりへと導く。音楽はオープニング曲を始め、フィンチャー監督の’10年の映画『ソーシャル・ネットワーク』にて第83回アカデミー賞の作曲賞を受賞したトレント・レズナーとアッティカス・ロスが担当している。

ドラゴン・タトゥーの女

本作に始まり、3部作すべてをフィンチャー監督が手がけるかどうかという質問には、「まずはたくさんの人に観てもらわなければ2部3部と続けられません。とても大勢の人に観てもらわないとね!」と茶目っ気たっぷりにコメント。個人的には、同じスタッフとキャストによる第2部、第3部と『ミレニアム』3部作すべてのフィンチャー版を期待したい。続編も大いに楽しみである。

作品データ

ドラゴン・タトゥーの女
公開 2012年2月10日公開
TOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー
制作年/制作国 2012年 アメリカ、スウェーデン、イギリス、ドイツ合作
上映時間 2:38
配給 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
原題 The Girl with the Dragon Tattoo
監督 デヴィッド・フィンチャー
脚色 スティーブン・ザイリアン
音楽 トレント・レズナー
アッティカス・ロス
原作 スティーグ・ラーソン
出演 ダニエル・クレイグ
ルーニー・マーラ
クリストファー・プラマー
ステラン・スカルスガルド
スティーヴン・バーコフ
ロビン・ライト
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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