セイジ 陸の魚

伊勢谷友介が8年ぶりに手がけた監督第2作目
生きるため、それぞれに彼らが選ぶ道とは。
青年の視点の群像劇にして、肉迫する人間ドラマ

  • 2012/02/10
  • イベント
  • シネマ
セイジ 陸の魚© 2011 Kino Films/Kinoshita Management Co.,Ltd

生きること、その選択とは。映画を中心に俳優として活躍する伊勢谷友介が、前作『カクト』から8年ぶりに手がけた監督第2作目。出演は西島秀俊、森山未來、新井浩文、裕木奈江、津川雅彦ほか実力派が集結。原作は作家でミュージシャンの辻内智貴が2002年に発表し、太宰治賞最終候補作となった同名の短編小説。脚本は龜石太夏匡、伊勢谷、石田基紀。旅先で青年が見知らぬ人々と出会い、彼らの生き方に触れて揺れ動くなか、ある事件が起きる。青年の視点による群像劇であり、生きるというテーマに肉迫する物語である。

バブル景気の名残が漂う20年ほど前の夏。自転車旅行をしていた学生の“僕”は、山奥のドライブインHOUSE475で店主セイジと出会い、なんとなく住み込みで働くように。オーナーの翔子や常連客のカズオら個性的な面々と心地よく過ごすなか、適当に決めた就職先で目的もなくもうすぐ社会人になる“僕”は、何も語らず誰にも侵させない芯をもつかのようなセイジに、憧れのような興味を抱く。セイジは常連客のひとりであるゲン爺の幼い孫娘りつ子にだけは、笑顔で接していた。そして夏から秋へと季節が移ろう頃、地域を揺るがす凄惨な事件が起こる。

若い時分に誰もが抱く感覚を映す、ノスタルジックな群像劇から急転、人それぞれの生きる手立てを痛切にとらえる人間ドラマに。日本の山奥の村にある小さなコミュニティを舞台にしながら、良質な映像で観る側を惹きつけて飽きさせないところは、伊勢谷監督のセンスの賜物だ。緑深い道を走る鮮やかなオレンジのトラック、夏の青空のもと強い陽射しを受けて疾走するイエローの自転車など、アメリカ西部の田舎町を思わせる、のどかな明るさが漂うシーンも。また“僕”とセイジが山奥の水辺にたたずむシーンでは霧が静かにたちのぼり、自然の息遣いをとらえた神秘的な仕上がりに。現世と彼岸の境目であるかのようなこの映像は、心にくっきりと残る。

セイジ 陸の魚

HOUSE475の店主セイジ役は西島が独特の存在感で飄々と表現。理解されにくい面も多々ある生半可では難しいキャラクターに、持ち前の個性と演技力でしっくりとハマッている。そして役柄の“僕”さながら、森山は東京から栃木の撮影現場まで何日も野宿をしながら実際に自転車で移動したとのこと。結果“僕”として役を体現し、若い世代の不安定さや葛藤を自然に演じている。過去に痛みを抱えるオーナー翔子役は裕木が陰影をもたせて、常連客のカズオ役は新井がわかりやすくカラッと、達観した様子から人が変わっていくゲン爺役は津川が切々と演じている。また実在する日本のロックバンドRATのメンバーが参加し、渋川清彦が演じる常連客タツヤ役がライブをするシーンも見どころだ。

原作者の辻内智貴は、’00年に短編小説『多輝子ちゃん』にて第16回太宰治賞を受賞した人物。この作品を収録した処女作品集『青空のルーレット』が2007年に映画化、’10年には小説『信さん』が映画化(『信さん・炭坑町のセレナーデ』)されている。また本作のサウンドトラックは渋谷慶一郎が担当し、やわらかなピアノの響きが物語の厳しい側面を静かに支えている。

伊勢谷友介は東京藝術大学の美術学部、修士課程を修了。大学在学中にニューヨーク大学映画コースに短期留学し、映像制作を学んでいる。大学在学中にモデルとして活動を開始し、’99年に是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』で俳優デビューしたことは周知の通り。そもそも『ワンダフル〜』では、是枝監督に「映画制作を学びたいのでバックアップとして(制作に)参加させてください」と話したことから、俳優として出演が決まった、というユニークな裏話も。

セイジ 陸の魚

本作の制作は’05年からスタートし、6年かけてようやく実現したとのこと。最初は伊勢谷氏が監督として映画化の依頼を受けたことから始まったものの、さまざまな事情から企画は頓挫。脚本は30稿をこえるほど書き直し、理想的なキャストやスタッフがそろわず、監督のイメージに合うロケーションが見つからず……それでも、本作のプロデュースと共同脚本を手がける龜石氏は伊勢谷氏に、「この作品の題材は友介の糧になるので、絶対に手放してはいけない」と言い続けたとのこと。「挫折禁止」をともに掲げ、映画制作をあきらめずにすすめてきたからこそ完成に至った、という経緯があり、伊勢谷氏は龜石氏に「とても感謝している」と語っている。

セイジ 陸の魚

時には咄嗟に、時には時間をかけてゆっくりと、人は自分の道を選択する。伊勢谷監督は本作について、「自分の映像作品で初めて好きと言える作品」と自負しながらも、「ジャッジしない、行動しないことを選択しようとするセイジと(自分)は違う」とも。行動を旨とする伊勢谷氏は本作の制作が続く6年の間、’10年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』や、第54回ブルーリボン賞で助演男優賞を受賞した’11年の映画『あしたのジョー』『カイジ2 人生奪回ゲーム』など俳優として活躍しながら、実生活では自らが代表を務める株式会社REBIRTH PROJECTを’09年に設立。副代表を龜石氏が務め、’11年12月に原発問題により卒園・卒業式のできなかった福島県の子供たちのために“飯舘村の卒業式”をサポートして行うなど、社会問題に対して新たな提案を打ち出し続けている。監督として、俳優として、組織の代表として、1人の男性として。35歳の現在から、これからも独創的な観点でなすべきことを見出し続け、さらに多彩に変化してゆくだろう表現と作品の世界に、社会維持を目指す独自の活動に、今後も目が離せない。

作品データ

セイジ−陸の魚
公開 2012年2月18日公開
テアトル新宿ほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2011年 日本
上映時間 1:48
配給 ギャガ+キノフィルムズ
監督 伊勢谷友介
脚本 龜石太夏匡
伊勢谷友介
石田基紀
音楽 渋谷慶一郎
原作 辻内智貴
出演 西島秀俊
森山未來
裕木奈江
新井浩文
渋川清彦
滝藤賢一
二階堂智
津川雅彦
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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