ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

9.11と家族をテーマに描くベストセラーを映画化
知能が高く社会不適応とされる少年の目線から、
喪失と未来を受け入れる経緯を追う、奥深い人間ドラマ

  • 2012/02/17
  • イベント
  • シネマ
ものすごくうるさくて、ありえないほど近い© 2011 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

9.11と家族をテーマに描く世界的ベストセラー、アメリカの若手作家ジョナサン・サフラン・フォアが2005年に発表した同名の小説を映画化。出演はオスカー俳優のトム・ハンクスとサンドラ・ブロック、主演は本作で映画デビューを果たした少年トーマス・ホーン。監督は’00年の映画『リトル・ダンサー』、’02年の『めぐり合う時間たち』のスティーブン・ダルドリー、脚本は’94年の映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』で知られるエリック・ロス。9.11同時多発テロで最愛の父を亡くしたオスカーは、1年が過ぎてもその事実を受け入れられずにいた――。知能が高く社会不適応とされる少年の目線から全篇を描き、底知れぬ喪失感を人が受け入れていく経緯、家族が生身で向き合うさまを丁寧に描く。重いテーマを核にしながら少年の冒険物語として軽快に、人と人との出会いや心の交流をとらえる、奥深いヒューマンドラマである。

2001年9.11同時多発テロで父を亡くした11歳のオスカー。高い知能をもち強迫的な行動をとるオスカーは、一番の理解者だったやさしい父の死を1年たっても受け入れられずにいた。心配する母に反発し、父と似ている知的な祖母を頼っても、得体の知れない激しい感情の渦はどうにもできないまま。そんな時、父の遺品からひとつの“鍵”を見つけ、父からのメッセージを求めて鍵穴を探すことを決意。鍵の入っていた封筒のメモ“ブラック”を名前と予測したオスカーは、NYに在住する472人のブラックを訪ね歩く旅に出る。

9.11後の大きな衝撃と喪失感に打ちのめされる家族の物語を、数々の受賞歴を誇るスタッフとキャストで映画化。ストーリーはすべて少年オスカーの主観で語られ、時には明るく時には痛々しくも切実な感覚の波が、観る側にダイレクトに伝わってくる。特にオスカーが大きな音、電話のベル、橋、エレベーター、公共交通機関、高層ビルにおびえて立ち尽くすシーンでは、生々しいリアリティにゾッとさせられた。そこには9.11のように大きな事件を経験した人々、とりわけ子どもたちの心に刻まれたものの底知れぬ重さが、くっきりと示されている。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

信念に基づいて突き進む少年オスカー役は、ホーンがナチュラルに表現。スタッフはオスカー役に本物の知性を求め、4ヶ国語を話し、人気クイズ番組で優勝した当時13歳のホーンを大抜擢。演技経験がなかったとは思えないほど、堂々とした主役ぶりを披露している。オスカーを誰よりも理解し、知的好奇心を刺激しながら社会になじんでいけるよう工夫を凝らす父トーマス役は、ハンクスが理想の父親像を好演。オスカーを愛しながらも接することに自信がもてない母親リンダ役を、ブロックが抑えた演技で表現している。また祖母役のゾーイ・コールドウェルをはじめ、バイオラ・デイビス、ジェフリー・ライト、ジョン・グッドマンら演技派のベテラン勢が脇を固めている。なかでもすっかり魅せられたのは、オスカーの祖母の住まいにいる“間借り人”役のマックス・フォン・シドー。一言も話さず、左右の手のひらに記した「YES」と「NO」、手書きのメモ、動きと表情だけで深い感情を小気味よく伝えている。個人的には、舞踊家で俳優の田中泯のたたずまいを思い出した。本作は2012年の第84回アカデミー賞にて、作品賞と助演男優賞(フォン・シドー)にノミネートされている。

原作者のジョナサン・サフラン・フォアは、才能豊かな若手作家として高く評価されている人物。’02年に25歳で発表した処女作『エブリシング・イズ・イルミネイテッド』が国際的なベストセラーとなり、’05年に映画化(『僕の大事なコレクション』)も。 本作の原作である同名の小説では、9.11の衝撃にさらされた少年が自らの智恵と足を使って、トラウマに立ち向かう様子を丁寧に描写。ダルドリー監督は語る。「ジョナサン・サフラン・フォアが、想像を絶する悲嘆に暮れている少年というだけでなく、あらゆることに対して特異な見方をする少年の視点からこのストーリーを描いている点に、私は非常に惹きつけられた。それは魅力的で、独創的で、情緒豊かな視点なんだ」。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

原作の映画化に臨みダルドリー監督は、9.11の犠牲者の遺族と友人たちによって設立されたNPO“チューズデーズ・チルドレン”やセラピストなど、精神的外傷や広汎性発達障害について何人もの専門家に意見を聞いたとのこと。監督は「オスカーのような子供たちが、9.11のあとで年月をどのように過ごしてきたかを理解したかった。そういうことを学びながら、同時にエリック・ロスと脚本を練り上げていったんです」とコメントしている。そして原作を脚本化するにあたり、原作者のジョナサンはとても協力的だったそうで、「どんな解釈や再構成に対しても、つねに柔軟に考えてくれた」とのこと。脚本家のロスは語る。「原作はとても心情豊かな小説であり、この映画も同じように心情豊かな作品になればいいと願っています。それに、あの小説からは躍動感がすごく伝わってくる。それをいかに映像表現に置き換えるかがチャレンジでした」。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

3.11を経験した日本にもつながる物語。ニューヨークの5つの区、マンハッタン、ブルックリン、ブロンクス、クィーンズ、ステタン・アイランドを巡り、少年が手にしたものとは。もがき苦しみヒステリーを起こし、必死に手立てを模索し、彼独自の検証を経て。そして観た後は、不思議とあたたかくやさしい気持ちが広がっていく。原作者と製作スタッフが投げかける、未来につながるあたたかな意図を感じるかのような、奥深いヒューマンドラマである。

作品データ

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
公開 2012年2月18日公開
丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
制作年/制作国 2011年 アメリカ
上映時間 2:09
配給 ワーナー・ブラザース映画
原題 EXTREMELY LOUD AND INCREDIBLY CLOSE
監督 スティーブン・ダルドリー
脚本 エリック・ロス
原作 ジョナサン・サフラン・フォア
出演 トム・ハンクス
サンドラ・ブロック
トーマス・ホーン
マックス・フォン・シドー
バイオラ・デイビス
ジェフリー・ライト
ジョン・グッドマン
ゾーイ・コールドウェル
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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