マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

メリル・ストリープがアカデミー賞主演女優賞を受賞!
一時代を築いた政治家の伝記映画というだけではなく、
愛と老い、女性の内観を丁寧に描く、良質な人間ドラマ

  • 2012/03/09
  • イベント
  • シネマ
マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙© 2011 Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute

イギリスで強く支持され、激しい批判にもさらされた元首相マーガレット・サッチャーの半生を描く作品。出演は本作で3度目のオスカーを獲得したメリル・ストリープ、イギリス出身のオスカー俳優ジム・ブロードベントほか。監督は舞台演出家であり、’08年の映画『マンマ・ミーア!』で映画監督デビューを果たし、2作目の今回もストリープとタッグを組んだフィリダ・ロイド。“鉄の女”と呼ばれた時は過ぎ、他界した夫の幻とともに日々を過ごす老齢のマーガレット。世話係のスタッフと実の娘が訪れるくらいの静かな生活のなか、雑貨屋の娘だった頃、政治家として歩んだ自身の人生に思いを馳せる――。一時代を築いた政治家の伝記映画というだけではなく、愛と老い、女性の内観を丁寧に描く、良質なヒューマンドラマである。

夫は他界し、双子の子供たちは独立。表舞台から身を引き、ひとりで晩年を過ごしているマーガレット・サッチャー。死んだはずの夫デニスは新聞を読み、冗談を言い、今もマーガレットの幻想の中に生き続けている。ある日、自叙伝のサインにあやまって旧姓を記したマーガレットは、自身の過去を振り返る。雑貨屋の娘だった彼女がオックスフォードに入学し、デニスと出会い結婚して政治家となり、イギリス初の女性首相となるまで。そこにはひとりの女性として公人として、さまざまな葛藤や軋轢を越え、困難な判断を下し続けた自身の姿があった。

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

2012年の第84回アカデミー賞にて、主演女優賞とメイキャップ賞を受賞した話題作。特殊なメイクで顔立ちを似せて、イギリス英語や話し方などの特徴をつかみ、ストリープがサッチャー本人になりきっていることでも話題に。本国イギリスでは保守派の議員らからサッチャーの描き方が「ヒステリックで感情的すぎる」という批判もあり、認知症の状態にある描写に抵抗がある、という見方もあるとのこと。個人的には政治家サッチャーの思想や政策に同意するということではなく、信念を貫いたひとりの女性の内観、伴侶の死と“老い”に向き合うこと、というストーリーに引き込まれた。男尊女卑の当時の男社会で1979年に54歳で英国初の女性首相となり、3度の連続当選を果たして11年もの長い任期を務めたこと。夫や子どもたちとの絆や対立、家庭人よりも政治家としての道を選択し、強靭な意志により成し得たこと、手放したこと。政情の混迷、国民の賛同や憤慨……イギリスの史実とともに“鉄の女”の内面が綴られ、政治家サッチャーの盛衰を伝える。厳しい経済政策を打ち出し国民から嫌われるも、アルゼンチンが英国領土のフォークランド諸島に侵攻した際、イギリス軍を出動させ阻止したことで、サッチャーは73%という高い支持率を獲得。そこから保守的かつ急進的な改革を断行し続け、経済の立て直しをしたものの、収入に関わらず個人に一律の税金を課す「人頭税」の提案により、国民の強い反発と党内の分裂を招き、英国首相、保守党党首を辞職することに。実際の記録映像も交え、一時代を担った政治家の背景がわかることも興味深い。

マーガレット・サッチャーを演じたストリープは、政治家として活躍する40代〜認知症を患う現代の80代までを熱演。背中を丸めてトボトボと弱々しく歩く晩年の姿は、男社会を堂々と胸を張って渡り合う姿と同一人物とは思えないほど、幅のある演技でみせてくれる。幻想に生きる夫デニス役はブロードベントが人間味ある雰囲気で演じ、サッチャーの大切な心の支えだったことがよく表現されている。娘時代のマーガレット役は新人女優のアレキサンドラ・ローチ、青年時代のデニス役は作家チャールズ・ディケンズの子孫であるハリー・ロイド、20代の俳優たちが生き生きと演じている。またマーガレットの娘キャロル役でオリヴィア・コールマン、父アルフレッド役でイアン・グレンと実力派の出演も。

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

マーガレット・サッチャー本人は現在86歳(’00年から認知症を患っていることが、娘のキャロル氏から’08年に伝えられた)。今も存命する、イギリスを代表する人物のひとりであるサッチャー元首相をハリウッド・スターが演じる本作。ストリープの起用にイギリス人がどう反応するかが気になった、とロイド監督は語る。「スーパースターを演じるにはスーパースターが必要だと思いました。サッチャーには並外れたカリスマ性がある。多少冷たい役柄になる可能性もあるので、あたたかみのある女優であることも重要でした」。またストリープはサッチャーが首相を務めたことについて、「女性がリーダーを務めることに不慣れだった時代に、サッチャーは突破口を開きました。彼女はなんの迷いもなく人々を指揮したので、男性たちもそれほど抵抗をもたずに従ったのです。外の目を気にしたり女性らしさを失うことを恐れたりすると、リーダーシップが揺らぐのではないでしょうか」とコメント。またイギリスの撮影で、イギリス人のスタッフ&キャストばかりの中、アメリカ人のストリープがひとりでポツンと入ったことは、男社会の中で紅一点のマーガレットを演じる上で、プラスになったとも。

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

イギリスでは’11年8月に激しい暴動が全国に広がり鎮静化したことは記憶に新しいものの、’11年4月のウィリアム王子とケイト妃のロイヤル・ウェディング、’12年5月にはエリザベス女王即位60周年の祝賀行事、’12年8月にはロンドンで夏季オリンピックの開催と、明るいトピックが内外へのアピールに。2011年のアカデミー賞では『英国王のスピーチ』が作品賞など主要3部門を受賞し、2012年には本作が2部門でオスカーを受賞。史実に基づくイギリス人の物語が、ハリウッドをはじめ世界的に高い評価を得ている流れも面白い。アメリカのニューヨークではイギリスのバーや紅茶の専門店の人気が高まり、英国ブームが静かにきているとか。そうしたイギリス人気にアカデミー賞受賞効果も手伝って、この映画も息の長いヒットとなるか?

作品データ

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙
公開 2012年3月16日公開
TOHOシネマズ日劇ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2011年 イギリス
上映時間 1:45
配給 ギャガ
原題 The Iron Lady
監督 フィリダ・ロイド
脚本 アビ・モーガン
出演 メリル・ストリープ
ジム・ブロードベント
アレキサンドラ・ローチ
ハリー・ロイド
オリヴィア・コールマン
イアン・グレン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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