僕達急行 A列車で行こう

松山ケンイチと瑛太の主演による、森田芳光監督の遺作
草食系“鉄っちゃん”コンビの恋と友情と仕事を描く
淡々としてあたたかい、笑いと肯定のストーリー

  • 2012/03/16
  • イベント
  • シネマ
僕達急行 A列車で行こう© 2012 『僕達急行』製作委員会

ほのぼのとしたゆるい感覚で、現代の青年たちの恋や友情や仕事を描く、森田芳光監督の遺作。出演は松山ケンイチ、瑛太、貫地谷しほり、ピエール瀧、松坂慶子、笹野高史、伊武雅刀ほか。大企業で働くマイペースな青年と、下町の鉄工所の跡取り息子。普通では知り合うはずもない2人は鉄道ファンであることを通じて意気投合し……。自身も鉄道好きである森田監督が10数年前からあたためてきたという企画を実現し、オリジナルで脚本も執筆。あたたかいまなざしによる若い世代への“肯定”が込められた、軽やかなタッチの人間ドラマである。

のぞみ地所の社員である小町圭と、コダマ鉄工所の二代目である小玉健太は、ともに鉄道好き。ふとしたきっかけで知り合った2人はすぐに打ち解け、小町はコダマ鉄工所の寮で暮らすように。が、まもなく小町は九州支社へ転勤。九州には、のぞみ地所が交渉を申し込んでいるもなかなか受け入れてもらえない、ソニックフーズの筑後社長がいた。一方、小玉はお見合い相手であるあやめと楽しくデートして、小町は眼鏡店勤務のあずさや、自社の社長秘書であるみどりから好意を感じつつも、その先の一歩が踏み込めずにいた。

僕達急行 A列車で行こう

素朴で不器用でマイペース、いわゆる“草食系男子”“鉄っちゃん”コンビの物語。「これからは趣味の時代になる」という持論のもと、森田監督は語る。「いま、ひとは趣味でつながっています。一流企業もブルーカラーも関係なく、同じ趣味をもつ者同士はすぐに打ち解けられます。なぜなら、趣味に向かうことはピュアで純粋なことだから。“何かに対して純粋になる”ということは、おかしくもあり、親しみがもてることでもあると思います」。物語の後半には、“わらしべ長者”ばりのシンプルな展開もあり、これからの人間関係は趣味を通じてどんどん豊かになっていく、というテーマがわかりやすく描かれている。

電車に乗って風景を見ながら音楽を聴くことが趣味である小町役は、松山がのんびりと自然体でいながら、ペースを崩さない雰囲気で。また同じ電車好きで内外装の素材などを愛でる金属マニアの小玉役は、瑛太がさっぱりとこだわりなく演じている。実際に松山と瑛太は、小町と小玉同様に不思議と馬が合ったとのこと。松山は語る「僕らは結局、森田監督の世界観の中で“遊ばせてもらっていた”だけです。すべて監督の力ですが、瑛太さんとは、いいお芝居ができたと思います。できたらまた、瑛太さんと、小玉と小町をもう少しふたりで深く掘り下げていけたら、と思います」。また瑛太も、「松山くんとはお互い同じ趣味があるというわけではないのですが、ふたりで黙って座っているだけの待ち時間でも、なんだか心地よい雰囲気になるんです。現場に行くというよりも、松山くんに会いに行くという感じで楽しんでいました」とコメントしている。また小町を慕う女性あずさ役は貫地谷と、社長秘書みどり役の村川絵梨が、のぞみ地所の社長役に松坂、小玉の父でコダマ鉄工所の社長である小玉哲夫役は笹野高史、ソニックフーズの筑後社長役にピエール瀧、九州の地主である早登野役は伊武が演じ、個性豊かな俳優たちのやりとりが楽しい。

僕達急行 A列車で行こう

みずみずしい緑が画面いっぱいに広がる山間に、鮮やかな黄色い電車が1両で軽快に駆け、そのそばで赤いユニフォームのおじさんがランニング……とカラフルな映像でとらえるなど、さまざまな電車を魅力的に撮影している本作。九州各地で長期ロケを行い、JRグループの中でも際立ってはなやかな車両が多いという九州旅客鉄道(JR九州)をはじめ、東京での撮影分も含めると、映画に登場する電車数は合計20路線80モデルにもなるとのこと。登場人物の名前がこまち、こだま、あずさ、みどり……と新幹線や特急の名前になっている、という遊び心も。

僕達急行 A列車で行こう

ひとの心と映画について、森田監督は語る。「やっぱり、降っても晴れても、というかね。人間のこころって、天気みたいなもので、どこかで曇る時もあれば、雨が降る時もある。それによって、価値観は変わると思うんですよね。あるときは非常にナンセンスなことを考えたり、あるときは前向きに考えたり、あるときは後ろ向きに考えたりする。その複合的なもので人間は前進していくわけだから。それが映画のモンタージュにもつながってくると、すごく面白いんじゃないか、そう感じていますね」。森田監督は’81年に『の・ようなもの』で長編映画監督デビュー。’83年の『家族ゲーム』、’85年の『それから』、’96年の『(ハル)』、’97年の『失楽園』などで数々の賞を受賞。近年は’10年の『武士の家計簿』など。’11年12月20日、急性肝不全で他界という報道に、誰もが驚いたはずだ。享年61歳。まだまだこれからという年齢で、思いがけない死。長年C型肝炎を患ってはいたものの摂生を心がけ、本作のプロモーションに監督自身も精力的に動きだしていた頃に体調が悪化し、容態が急変したそうだ。本人も、この作品が遺作になるとは思っていなかったに違いない。淡々としてあたたかい、肯定のストーリー。これまでに家族もの、コメディ、恋愛、ホラー、時代劇など、幅広いジャンルで人間について掘り下げてきた森田芳光ワールドを、もっともっと観たかった。最後に本作について、森田芳光監督からのほがらかな一言を。「これは、鉄道ファンでなくても“笑える”映画です。みんなと一緒に笑える映画であってほしい。そしてその結果、どこか“旅をしている気分”“新しい旅に出たい気分”になってもらえたら、監督としてこんなに嬉しいことはありません(’10年9月13日)」。

作品データ

僕達急行 A列車で行こう
公開 2012年3月24日公開
丸の内TOEIほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2011年 日本
上映時間 1:57
配給 東映
監督・脚本 森田芳光
出演 松山ケンイチ
瑛太
松坂慶子
貫地谷しほり
笹野高史
西岡コ馬
ピエール瀧
伊武雅刀
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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