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モノクロのサイレント・ムービーがオスカー受賞!
製作陣や俳優たちの熱意と努力、伝統的な手法が結実
どこまでもロマンティックな正統派ラブ・ストーリー

  • 2012/03/30
  • イベント
  • シネマ
アーティスト© La Petite Reine - Studio 37 - La Classe Américaine - JD Prod - France 3 Cinéma - Jouror Productions - uFilm

基本的に映像は白黒、セリフなしのサイレント、というクラシックなフランス映画でありながら、2012年の第84回アカデミー賞で作品賞をはじめ、最多5部門を受賞した話題作。監督・脚本・編集は、’06年の映画『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』をはじめ、コメディ作品でも知られるフランスのミシェル・アザナヴィシウス監督。出演はアザナヴィシウス監督作品の常連であり、本作で’11年の第64回カンヌ国際映画祭にて主演男優賞を獲得したフランス人俳優ジャン・デュジャルダン、『OSS 117 私を愛した〜』でもデュジャルダンの相手役をつとめ、実生活ではアザナヴィシウス監督の妻である女優ベレニス・ベジョほか。映画がサイレントからトーキーへと移り変わる1920年代後半〜30年代のハリウッドを舞台に、忘れられてゆくサイレントのスター俳優とトーキーでブレイクする新人女優との恋を描く。どこまでもロマンティックで正統派、伝統的な手法の底力を感じさせる、上質なサイレント・ムービーである。

1927年のハリウッド。サイレント映画の大物俳優ジョージ・ヴァレンティンは、新人のペピーを見込み、アドバイスをしてスター女優へと後押しする。’29年からセリフのあるトーキーが流行するなか、サイレントこそが芸術であると主張するジョージは、自ら初監督と主演でサイレント・ムービーを製作するも興行的に大失敗。ジョージを心配して訪ねたぺピーを、彼は冷たく拒絶する。それから1年、ぺピーはトーキーの新進スターとして活躍。人気の落ちたジョージは妻からも見放され、酒に溺れて絶望の日々を過ごしていた。

観終わるとスウィートで明るい気分になる、クラシカルなラブ・ストーリー。惹かれ合いながらも誤解やすれ違いの続く2人が、どのようなドラマを経て結末を迎えるか。王道のストーリー展開で内容はだいたい読めるものの、俳優たちの演技と場面を彩る音楽、最低限の中間字幕だけで物語を表現してゆく手法そのものが魅力的。スタッフやキャストの大いなるチャレンジが、上質な作品として結実している。

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10年ほど前からサイレント映画を撮りたいと思っていた、と語るアザナヴィシウス監督。もともとコメディ作品でも知られる監督は本作について、「古臭さを感じさせないサイレント映画、時代の流れにも抵抗しうるサイレント映画はメロドラマだと思う。極めてシンプルなラブ・ストーリーとかね。チャップリンの映画を観ていると、コミカルな部分ばかりが印象に残りがちだけど、物語としては純粋にメロドラマなんだ。胸を刺すようなストーリーの中でこそ、コミカルな部分が際立つ。これは僕の作りたい映画にぴったりの考えなんだ」とコメント。またサイレントに惹かれる理由について、「尊敬する伝説的な監督たちが、みなサイレント映画を原点にしていたからね。アルフレッド・ヒッチコック、フリッツ・ラング、ジョン・フォード、エルンスト・ルビッチ、F・W・ムルナウ、ビリー・ワイルダー……。セリフに頼らずに物語を伝える基本的な方法に立ち戻るという経験は、映画づくりとしても、監督としてのチャレンジとしても、大きな魅力だったよ」とも。この作品を製作していた頃、革新的な3D映画『アバター』(’09年)が大ヒットしたそうで、監督はその時の気持ちについて、「僕はまるで、F1のレースカーが走る中で、1人シトロエンの2CVに乗っているようなものだったよ!」とユーモアたっぷりに話している。

スターから転落してゆくジョージ役は、デュジャルダンがメリハリをきかせて表現。もともとコメディアンであり、作家や監督としても活動する彼自身の持ち味もあり、どんな時もどこか憎めない、チャーミングなキャラクターとなっている。サイレントに対して当初は不安も大きかったそうだが、監督おすすめのサイレント映画を観て感動するうちに乗り越えたそうだ。天真爛漫で一途なペピー役は、ベジョがイキイキとかわいらしく。そもそも監督は最初から、デュジャルダンとベジョの2人を想定してこの物語を書いたとのこと。2人の魅力を引き出すキャラクターとなっている。また共演にはジョン・グッドマンやジェームズ・クロムウェルら、ハリウッドの名脇役といわれる俳優たちも。そしてジョージの愛犬として出演しているジャック・ラッセル・テリアのアギーは、準主役ばりに大活躍。アギーが第64回カンヌ国際映画祭にて、「パルムドッグ賞」を受賞したこともほほえましい。

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劇中には、往年のスターにまつわる場所も登場。ペピーの家はサイレント映画のスター女優メアリー・ピックフォードの家で撮影され、ジョージが目を覚ますベッドは、ピックフォードのベッドなのだそう。「僕たちは本当に映画の神話みたいな場所にいたんだ」と監督は感慨深く振り返る。本作はアザナヴィシウス監督がハリウッドで初めて撮影した作品であり、ハリウッドの名だたるスタジオやチャップリンのオフィスなど、伝説的な映画人たちに関わる場所の数々を監督は熱心に訪問したそうだ。

現在45歳のアザナヴィシウス監督は、テレビ映画から監督としてのキャリアをスタートし、俳優も経験。’99年の映画『マイ・フレンズ』で長編監督デビューを果たし、’06年にデュジャルダン主演で製作した1960年代のスパイ映画のパロディ『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』がヒットし、’09年に続編『OSS 117: LOST IN RIO』を発表。『アーティスト』は当初、映画関係者もノーマークだったものの、’11年のカンヌ国際映画祭であまりの評判の良さから急遽コンペティションに格上げされ、主演男優賞とパルムドッグ賞を受賞、という快挙に。21世紀にサイレント映画に挑戦、というある意味で画期的な本作は、オスカー5部門を含む数々の賞を獲得するダークホースとなった。アザナヴィシウス監督の次回作にも、大いに注目したい。

第84回アカデミー賞にて、作品賞、監督賞、主演男優賞、衣装デザイン賞、作曲賞と最多5部門を受賞した本作。同じく最多5部門(美術賞、撮影賞、音響編集賞、音響録音賞、視覚効果賞)のオスカーを受賞した映画『ヒューゴの不思議な発明』とは、不思議と共通点がある。本作はフランス人監督がハリウッドを舞台にした作品であり、『ヒューゴ〜』はハリウッドで活躍するマーティン・スコセッシ監督がフランスを舞台にした作品であること。2作品とも、1930年代における映画の黎明期について、愛情をもって描かれていること。「もともとハリウッドとフランス映画は、産業と芸術という面で大きく反する」というのは、アザナヴィシウス監督の言葉。時にはどこか行き詰まりも感じられる昨今のハリウッドの映画産業において、映画を芸術としてとらえるフランスの在り方、1920〜30年代当時の映画人のスピリッツに学ぶ、原点回帰の大いなる潮流があるのではないだろうか。

作品データ

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公開 2012年4月7日公開
シネスイッチ銀座、新宿ピカデリーほかにて全国順次公開
制作年/制作国 2011年 フランス
上映時間 1:41
配給 ギャガ
原題 THE ARTIST
監督・脚本・編集 ミシェル・アザナヴィシウス
出演 ジャン・デュジャルダン
ベレニス・ベジョ
ジョン・グッドマン
ジェームズ・クロムウェル
ペネロープ・アン・ミラー
ミッシー・パイル
アギー(ジャック・ラッセル・テリア)
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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