危険なメソッド

師弟関係から6年で決裂したフロイトとユング。
その思想と理論の一端には、ひとりの女性の存在が――
学術研究とスキャンダルの両面をあらわに描く人間ドラマ

  • 2012/09/21
  • イベント
  • シネマ
危険なメソッド© 2011 Lago Film GmbH Talking Cure Productions Limited RPC Danger Ltd Elbe Film GmbH. All Rights Reserved.

精神医学や心理学の礎を築いたジークムント・フロイトとカール・グスタフ・ユング、そして2人に関わるひとりの女性ザビーナ・シュピールライン。医師と患者から発展したユングとザビーナの愛人関係、6年という短い期間で終わったフロイトとユングの父子さながらの師弟関係という事実を軸に、それぞれの思想と関係の変遷を描く。出演は『SHAME-シェイム-』『ジェーン・エア』『プロメテウス』などで注目の俳優マイケル・ファスベンダー、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのキーラ・ナイトレイ、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのヴィゴ・モーテンセンほか。監督は『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『イースタン・プロミス』のデヴィッド・クローネンバーグ。個性と才気の際立つ3人の出会いと交流、摩擦と対立、それにより極められていく各人の思想と道。人間の理論や思想を追及してゆくストイックな面と、本能や情動に突き動かされるスキャンダラスな面、その両側をあらわに描く人間ドラマである。

1904年、ドイツのチューリッヒ。29歳の精神科医ユングが勤務するブルクヘルツリ病院に、18歳のロシア人女性ザビーナが入院。激しいヒステリー症状をもつザビーナに、ユングは精神分析学の大家フロイトが提唱する“談話療法”を試みる。ザビーナの病の原因は幼少期の性的トラウマにあることをつきとめたユングは、医師を志す彼女に鋭い感性と知性を見出す。1906年、フロイトとユングは“談話療法”で劇的に改善したザビーナの症例や、ユングの見た夢“丸太を引いて歩む馬”について長時間話し合い、親子のような師弟関係に。そしてフロイトからの依頼で、ユングはオットー・グロスという患者を診察。妻の出産を経て夫婦関係がゆらいでいたユングは、精神分析医でありながら薬物中毒で快楽主義であるオットーから逆に影響を受け、自らの内にあるサビーナへの衝動や欲望を受け入れる。

キーラ・ナイトレイ、マイケル・ファスベンダー

ユングがフロイト宅をはじめて訪問したとき、13時間ものあいだ2人で話し続けたという有名なエピソードや、1977年にスイスで見つかったサビーナの日記と書簡によって発覚したユングと彼女との愛人関係など、さまざまな事実をもとに描く。原作は、ジョン・カーが1993年に発表したノンフィクション『A Most Dangerous Method: The Story of Jung, Freud, and Sabina Spielrein』をもとに、脚本家のクリストファー・ハンプトンが戯曲化した『The Talking Cure』。この舞台は2002年にロンドンのナショナル・シアターで上演され、ユング役を演技派のレイフ・ファインズがつとめて大成功を収めたとのこと。ハンプトンは精神分析学に強い関心をもち、ブルクヘルツリ病院を訪れてザビーナの病歴を読むなど、ユング、フロイト、ザビーナの関係を長時間かけて調査したそう。「彼らは先駆者だった。精神分析学は革命的なアイデアだったんだ。それは多くの秘密の扉を開き、多くのタブーを明らかにした。19世紀の終わりに、新しい概念の偉大なる流れによって、社会に対するまったく新しい思考法がもたらされたんだ」とハンプトンは語っている。映画化はクローネンバーグ監督がハンプトンに「自らの監督作品用にその戯曲を脚色してほしい」と依頼したことから始まり、舞台と同様にハンプトンが本作の脚本を手がけている。

キーラ・ナイトレイ

本作のユング役はファスベンダーが演じ、心理学を真摯に探究する一流病院勤務の医師である公の顔と、裕福な妻と子どもたちとの安定した家庭生活と、ザビーナとの倒錯的な行為に溺れてゆく私生活との矛盾や焦燥を繊細に表現。フロイト役は本作がクローネンバーグ監督と3度目のコラボレーションとなるモーテンセンが、詳細なリサーチにもとづく役作りで重厚に。エレガントな紳士2人が、性癖の具体的な内容について学術的な文言を用いて真顔で語り合うシーンは、シリアスな見どころながら面白味も。神秘主義に傾倒したユングと、生身の肉体の性的感覚を重視するフロイトが袂を分かつまでの流れがよく描かれている。ユングの患者から愛人となるロシア系ユダヤ人女性ザビーナ役は、ナイトレイが熱演。目をむいて奇声を発しガタガタと震え、ベッドでひたむきに相手を求める。自身のマゾヒスティックな性的嗜好に対する罪の意識と、生真面目で潔癖な思考に引き裂かれて分裂を起こしかけていた少女から、徐々に女性としての魅力を増しファム・ファタルとなってゆくさまが蠱惑的だ。やや生々しいベッドシーンも2人が深みにはまっていく流れとしてあり、余計やムダは感じさせない。ユングがザビーナとの関係にふみこむきっかけとなる、知的で破滅型の患者オットー役はカッセルが約10分の出演ながら印象的に演じている。

マイケル・ファスベンダー、キーラ・ナイトレイ

史実にもとづく劇的なメロドラマでありヒューマンドラマである本作。映画の最後にはオットーを含むその後の4人について、どのように亡くなったかが示されることも興味深い。クローネンバーグ監督は語る。「僕はこの映画を、感情的恐怖を描く気品のある作品にしようとした。僕は3人の主人公たちを浮き彫りにする、風変わりな親密さに刺激された。それが彼らの脳と肉体の絆によって一気に封じ込められ、そして解き放たれたとき、そこにあったに違いない感情が表面に現れてくる。不思議な三角関係だ。ザビーナは一度もフロイトと性的関係を持ってはいないが、ユングとフロイトの間も含め、三角形のそれぞれの辺に愛がある。彼らの間には驚くべき愛情と友情があったんだ」。惹かれる人や敬愛する人と摩擦をおそれずに深く関わっていくことで、それまでは見えていなかったことに目覚める。そして新しい価値観や精神的な深さを知り、自らの追い求める思想や研究の深化へとつながってゆく。フロイトの精神分析やユングの心理学が確立されてゆく背景に迫る、濃厚な愛憎劇である。

作品データ

危険なメソッド
公開 2012年10月27日公開
Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
制作年/制作国 2011年 イギリス・ドイツ・カナダ・スイス合作
上映時間 1:39
配給 ブロードメディア・スタジオ
原題 A Dangerous Method
監督 デヴィッド・クローネンバーグ
脚本 クリストファー・ハンプトン
原作 ジョン・カー
出演 キーラ・ナイトレイ
ヴィゴ・モーテンセン
マイケル・ファスベンダー
ヴァンサン・カッセル
サラ・ガドン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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