舟を編む

直木賞作家・三浦しをんのベストセラーを映画化
辞書の編纂を通して、生真面目な青年の恋と成長、
容易ならぬ仕事の完遂を目指す人々をあたたかく描く

  • 2013/03/08
  • イベント
  • シネマ
舟を編む© 2013「舟を編む」製作委員会

『まほろ駅前多田便利軒』で第135回直木賞を受賞した作家・三浦しをんの同名小説を映画化。出演は“まほろ〜”の映画とドラマに出演した松田龍平、『天地明察』の宮アあおい、『ゆれる』のオダギリ ジョー、野田秀樹率いるNODA・MAPの公演『ザ・キャラクター』でデビューした若手女優の黒木華、そして渡辺美佐子、池脇千鶴、鶴見辰吾、伊佐山ひろ子、八千草薫、小林薫、加藤剛ほか。監督は、2010年の映画『川の底からこんにちは』の石井裕也、脚本は監督や俳優としても活躍する渡辺謙作。辞書の編纂という知られざる仕事にかかわり、仕事と恋を通して変わってゆく青年の成長物語であり、人のつながりやぬくもりを自然な流れで伝えてゆく良質なヒューマンドラマである。

大手出版社、玄武書房の辞書編集部。定年をひかえたベテラン編集者の荒木は、日本語の研究者であり辞書編纂の責任者である松本より、辞める前に荒木のかわりとなる人材を探すように、と言い渡される。荒木は調子のいい部下の西岡とともに社内を探し、大学院で言語学を専攻し、営業部で変人扱いされている馬締光也(まじめ・みつや)と話をして、辞書編集部に迎えることに。そして“今を生きる辞書”という方針で、見出し語が約二十四万語の新しい辞書『大渡海』の編纂が始まる。言葉を集めて選定、語釈を執筆し……完成まで10数年以上かかる長い道のりへ。下宿先のタケおばさんにはげまされ、馬締は辞書づくりの世界に没頭しはじめるなか、凛とした女性・香具矢と出会う。“恋”というはじめての感情に馬締がますます挙動不審になるなか、同僚の西岡や契約社員の女性・佐々木が応援し、松本は馬締に“恋”の語釈の執筆を任命。香具矢に思いを伝えるべき、という周りの声におされて、馬締は香具矢に手紙を書くことに……。

宮崎あおい、松田龍平

「辞書は、言葉の海を渡る舟。ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために」。2012年の本屋大賞で第1位を受賞し、発行部数62万部を突破、’12年に最も読まれた文芸書となった小説『舟を編む』を映画化。誰でも一度はみたことがあるのに、ほとんど知られていない“辞書”の編纂から完成までの道のりが映されるところが興味深い。物語では、生真面目で人づきあいがうまいとはいえない馬締が、周囲の個性的な面々と出会い、影響しあっていきながらともに歩む姿があたたかく描かれてゆく。登場人物たちの着実な足どりは大げさに誇張されることなく、現在29歳の石井監督により丁寧にまとめられ、観た後はさわやかな感覚が快い。

愚直といえるほど実直な馬締役は、松田龍平が淡々と。ひょうひょうとした“まほろ〜”の行天とも、これまでに演じたイケメンやアクの強いキャラクターとも違う、オーラなし覇気なしの地味すぎる青年によくハマッている。「こういうひといるよね」という、まじめすぎて可笑しい“間”をとてもうまく演じている。馬締が想いを寄せる香具矢役は、宮崎あおいがハキハキと。物言いのはっきりとした女性は同性として気分がよく、馬締とのやりとりは面白くてほほえましい。なかでもズレまくっている恋文の一連のくだりがとても好い。チャラいながら対外的に仕切って現実を動かしてゆく西岡役はオダギリジョーが軽妙に、西岡の恋人・麗美役は池脇千鶴が明るいOLノリで、玄武書房の村越局長役は鶴見辰吾が手厳しく、馬締の下宿先の大家タケおばさん役は渡辺美佐子が率直にあたたかく表現。そして辞書編纂の途中でファッション雑誌の編集部から転属してきた若手編集者の岸部役に黒木華、仕事一途な編集者・荒木役は小林薫、辞書編集部のサポート全般を受け持つ古株の契約社員・佐々木役に伊佐山ひろ子、日本語に情熱を持ち続ける研究者で辞書編纂の責任者・松本役に加藤剛、その妻・千恵役に八千草薫、また女優の麻生久美子、読書家で知られるピースの又吉直樹の出演も。

小林薫、加藤剛、オダギリジョー、松田龍平

原作がこれだけ人気のある作品だと、映像化には大きな期待が寄せられ、大勢に親しまれる可能性とともにリスクやプレッシャーも伴うもの。“辞書の編纂”という、わかりやすくあこがれの対象になるわけではない、知られざる地道な世界について魅力的に映画化されたことについて、原作者の三浦しをん氏は、小説をより映像的に仕上げた脚本家・渡辺謙作の手腕を高く評価したとのこと。脚本化をともに進めた石井監督も「渡辺さんがいなければこの映画はスタートできなかった」と語り、自身としては「常に体温を感じていられるような映画にしたかった」とコメントしている。

松田龍平

そして生活も仕事もつづいてゆく。いつもどおりに愛するひとたちとともに。劇的な事件や夢のような成功秘話はなくとも、“しあわせってこういうこと”という感覚がじんわりと伝わってくる作品。繰り返される日常と少しずつうつり変わってゆくすべてのこと。繰り返される感謝のきもちは、よせてはかえすおだやかな波のように。ねじれたこころがするりとほどけて素直になるような、快いヒューマンドラマである。

作品データ

舟を編む
公開 2013年4月13日公開
丸の内ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2013年 日本
上映時間 2:13
配給 松竹、アスミック・エース
監督 石井裕也
脚本 渡辺謙作
原作 三浦しをん
出演 松田龍平
宮崎あおい
オダギリジョー
黒木華
渡辺美佐子
池脇千鶴
鶴見辰吾
宇野祥平
又吉直樹(ピース)
波岡一喜
森岡龍
斎藤嘉樹
麻生久美子
伊佐山ひろ子
八千草薫
小林薫
加藤剛
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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