ザ・マスター

第二次世界大戦後、1950年代の米国で拡大した新興宗教
戦争のトラウマにあえぐ男は教祖と出会い、のめりこんでゆく
ポール・トーマス・アンダーソン監督・脚本による重厚なドラマ

  • 2013/03/26
  • イベント
  • シネマ
ザ・マスター© MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved.

トム・クルーズも信奉者として知られる世界的な新興宗教団体、サイエントロジーの創始者L・ロン・ハバードを彷彿とさせる人物を描き、大きな注目を集めている話題作。出演はホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムスら演技派が顔をそろえ、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・トーマス・アンダーソンの監督・脚本による重厚な世界を繊細に表現。1950年代のアメリカで組織を拡大していった新興宗教団体の教祖、彼とその教義にのめりこんでゆく男、教祖の妻や周囲の人々が織りなす複雑な人間模様を描く。戦争のトラウマ、信仰のもとへ寄り合うひとたち、周囲を傷つけてもなお離れがたい結びつき……人のめぐりあわせの不思議をつづるヒューマンドラマである。

第二次世界大戦後、1950年代のアメリカ。海軍から復員したフレディは地元のデパートでカメラマンとして仕事を始めるも、アルコール依存から抜け出せないまま、暴力沙汰をおこして失踪。その場しのぎの仕事をしては酒を飲み、問題をおこしては放浪するというすさんだ生活に。ある日、いつものように泥酔していたフレディはたまたま目についた船に密航。そこでザ・コーズという団体を率いる“マスター”ことランカスター・ドッドと出会う。

ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン

2012年の第69回ヴェネチア国際映画祭にて、ポール・トーマス・アンダーソンに監督賞にあたる銀熊賞、ホアキン・フェニックスとフィリップ・シーモア・ホフマンの2人に最優秀主演男優賞が授与された作品。本作を製作したきっかけを問われたアンダーソン監督は、このように語った。「僕の場合、映画を作ったあとで最初に考えていた動機やアイデアを思い出すのは至難の技なんだ(笑)。脚本を書いている途中でどんどん変わっていく。(今回は)たしかにサイエントロジーから多くのインスピレーションを受けたし、すでに発表されているもの(L・ロン・ハバードの著書でサイエントロジーの教義本『ダイアネティックス』)を映画のソースとして参考にしたから、映画にでてくる家や雰囲気はとても似ている。でも僕は決してサイエントロジーに関しての映画を作ろうとしたのではない。始まりはランカスターとフレディという性格の異なる2人のキャラクターがいて、ある時点で2人が出会う。そこからストーリーが転がっていくために、たくさんの要素が必要だったんだ。(はじめから)僕は物議を醸そう、刺激的なものを作ろうとはしていなかったよ」。

フレディ役はフェニックスが熱演。アルコール依存と戦争のトラウマにさいなまれ、ピリピリと張り詰めた感覚が生々しい。ホフマンはマスターであるランカスター役で、団体の創始者らしい堂々としたカリスマ性と、内に秘められたもろさ、正反対の立場と個性でありながら、フレディに強く惹かれてゆくさまを丁寧に表現している。マスター役はアンダーソン監督が最初からホフマンにあてがきをしたとのこと。またフレディ役はホフマンが、「相手役はホアキンがいい。なぜなら僕にとって彼は怖い存在だから」と提案して決定したそうだ。マスターの妻ペギー役はアダムスが確固たるたたずまいで演じている。

ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン

本作の撮影には、現在では非常にまれな65mmフィルムが使用されていることが大きな特徴。監督は「時代を映し出す特徴的な映像にしたい」と考えたそうで、1958年の『めまい』 や’59年の『北北西に進路を取れ』といった50年代の作品にあるクラシックで鮮やかな色調にしたかったとも。フレディが密航するマスターの船のシーンでは、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領が’36年〜’45年に使用した由緒あるヨット、ポトマック号で撮影。ロサンゼルスのダウンタウンにある1930年代後半に建てられた映画館のクラシックな内装も美しく、65mmフィルムの映像としてくっきりと焼き付けられている。

ホアキン・フェニックス

対極のようでありながら非常に似た資質をもち、強烈に惹かれ合いながらも融和することは困難な他者との邂逅――フレディとランカスターの関係は親子・親友・戦友・師弟・兄弟・ライバルなどあらゆる関係を含みながら、感覚としては“恋人”に一番近いように思える。いっそのことひとつでいたいというほどの強い思い、一緒にいてうまくいかなくとも距離をとれば身を裂かれるように感じ、互いが他人であるというあたりまえの事実に呆然とする。新興宗教の始まりについて、アンダーソン監督は語る。「ことの始まりをたどっていけば、善意がもとにあったことがわかる。その火花が人々の心を突き動かし、自分たち自身と周りの世界を変えていけると考えたのだろう。大戦後、人は楽観的に将来を考えていたけれど、そこには同時に極めて多くの痛みや死があったんだ。大戦から帰還した僕の父は、その後の人生を不安にさいなまれて過ごした。スピリチュアルなムーブメントや新しい宗教はいつの時代にも起こり得るものだけれど、とくに戦争の後に起こりやすい。多くの死や破壊を目にした後で、“なぜこうなる?” “死んだらどこへ行くのか?”と人は考える。この2つは非常に重要な問いなんだ」。明るく晴れやかな気分をもたらすわかりやすい作品ではないものの、ひととの関わりや生きていくことについて、自ずとさまざまに考えさせられる作品である。

作品データ

ザ・マスター
公開 2013年3月22日公開
TOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2012年 アメリカ
上映時間 2:18
配給 ファントム・フィルム
原題 The Master
監督・脚本 ポール・トーマス・アンダーソン
出演 ホアキン・フェニックス
フィリップ・シーモア・ホフマン
エイミー・アダムス
ローラ・ダーン
アンビル・チルダーズ
ラミ・マレク
ジェシー・プレモンス
ケヴィン・J・オコナー
クリストファー・エヴァン・ウェルチ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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