ホーリー・モーターズ

フランスの異才レオス・カラックス13年ぶりの長編作品
ひとりの男が次々と姿を変え、数々のシチュエーションが展開
暗喩や寓話、見立てや幻想、散文詩のような妙味を愉しむ

  • 2013/04/05
  • イベント
  • シネマ
ホーリー・モーターズ© Pierre Grise Productions

「私のアパートメントに、今まで気づくことのなかった扉がある」。深夜にふと目覚めたひとりの男、レオス・カラックス本人のプロローグから始まる物語。出演はカラックスの“アレックス3部作”、『ボーイ・ミーツ・ガール』『汚れた血』『ポンヌフの恋人』で主人公を演じたドニ・ラヴァン、ジョルジュ・フランジュ監督作品で知られるフランス人女優エディット・スコブ、シンガーであり女優としても活躍するカイリー・ミノーグ、セクシーなキューバ系アメリカ人女優エヴァ・メンデスほか。『ポーラX』以来13年ぶりとなる、フランスの異才レオス・カラックスの長編作品である。

真夜中。カラックスは部屋の壁に隠し扉を見つける。扉の向こうは、顔のない観客で満席の映画館へと続いていた。そして早朝、富豪の銀行家が家族に見送られ白いストレッチ・リムジンで外出。彼の名はオスカー。ドライバーは中性的な細身の女性セリーヌ。オスカーは今日の予定を確認すると、リムジン内の化粧鏡に向かって白髪交じりのウィッグを用意。リムジンはアレクサンドル3世橋のたもとへ到着し、老婆が降りてくる。さまよい歩き、しわがれた声で物乞いをするのは、老婆に変装したオスカーだった。そしてリムジンはオスカーをのせて次のアポイント先へ。車内でオスカーは物乞い女からモーションキャプチャーの俳優へ素早く変わり、撮影スタジオへ着くと指示通りにアクロバティックな動きをこなす。再びリムジンに乗り込み、指示が書かれたファイルをみたオスカーは、「メルド」とつぶやく。

エヴァ・メンデス、ドニ・ラヴァン

ひとりの男が大きなリムジンで移動しながら、特殊メイクを駆使して11の人格に次々と変化(へんげ)してゆく。彼はいったい何なのか、夢か現実かフィクションか……嘆き、踊り、狂い、父親となり、楽器演奏をし、殺し、殺され、老いて、昔の恋人と再会する。散文詩のような幻想のような、さまざまなショートストーリーが次々と展開。誰もが内包する感覚や感情、人生のシーンがオスカーという謎の男を通して表現されてゆく。2012年のカンヌ国際映画祭でコンペティション部門招待作品となり、2012年のシカゴ国際映画祭にてゴールド・ヒューゴ賞、シルバー・ヒューゴ賞主演男優賞、撮影賞を受賞、フランスの権威ある映画誌『カイエ・デュ・シネマ』で2012年度ベストワンとなるなど、高い評価を得ている。

オスカー役はラヴァンがひょうひょうと表現。姿を変え場所を変え、めまぐるしくうつろう人格で喜怒哀楽をそれぞれに演じながら、ユーモアやウイットを小気味よくにじませている。女性ドライバーのセリーヌ役はスコブが物静かに演じ、場面展開や状況説明に生かされている。オスカーが再会する昔の恋人ジーン役はカイリー・ミノーグが演じ、彼女の歌う「Can't get you out of my head」もBGMとして使用されている。劇中でオスカーが4番目になる人格として、2008年のカラックス作品『TOKYO!「メルド」』のキャラクターである怪物メルドが登場。このエピソードでは、メンデスが演じるトップモデル、ケイ・Mの撮影現場にメルドが乱入して阿鼻叫喚が巻き起こる。美女と野獣という寓話めいたわかりやすさ、表裏一体の狂気と純真、ノスタルジーの要素がさらりと盛り込まれているところが魅力で、個人的にとても惹きつけられるものがある。

ホーリー・モーターズ

エンドクレジットに映る写真は、2011年に急逝したカラックスのパートナー、ロシア出身の女優カテリーナ・ゴルベワ。ロシア語で「カーチャ、君に」とメッセージが添えられ、本作は彼女に捧げられている。本作の冒頭に映る丸窓の中の少女は、2人が育てていた娘のひとりナースチャなのだそう。またオスカーとジーンの再会シーンでカイリーが歌うのは、カラックスが作詞したオリジナル曲「Who Were We?」。この曲には「わたしたちはどうなったの? 新しいはじまりはない 誰かは死に 誰かは生き続ける」と哀感が含まれている。サウンドトラックとして、ショスタコーヴィチの葬送行進曲(弦楽四重奏曲第15番変ホ短調)が劇中に何度か流れるも、ラスト近くにオスカーが帰宅するシーンではジェラール・マンセ(Gerard Manset)の曲「ルヴィーヴル(Revivre=生き返る、復活する)」がしっとりと響き、静かに“再生”を感じさせる。

ホーリー・モーターズ

“モーター”とは、フランス語で撮影開始のかけ声として「Silence, Moteur, Action!(静かに、モーター、アクション)」と使われる言葉でもあるとのこと。本作についてカラックスは語る。「この映画は人間、動物、そして機械が絶滅に瀕するSFの一種かも知れません。共通の運命によって結びつけられ一体となった”神聖なるモーター”、徐々にバーチャル化される世界における奴隷。それは目に見えるマシーンやリアルな体験、行動が徐々に消えつつある世界です」。ところで、ジェラール・マンセはメディア嫌いで知られ、1960年代から画家・写真家・紀行作家としても活動している伝説的シンガーソングライターとのこと。彼は本作で楽曲「Revivre」が使用されたことにより本国フランスで再注目され、現在新しいアルバムを製作中という。諸行無常という風情のカラックス13年ぶりの作品をきっかけに、実際に再生・復活するひともでてくるあたり、その展開がまた面白い。本作はストーリーやテーマがうんぬん、なにがどういいかというより、カラックスの妙味がふんだんにあること。暗喩や寓話、見立てや幻想……映画という手段で表現されたポップアートのような作品である。

作品データ

ホーリー・モーターズ
公開 2013年4月6日公開
ユーロスペースほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2012年 フランス・ドイツ
上映時間 1:55
配給 ユーロスペース
原題 HOLY MOTORS
監督・脚本 レオス・カラックス
原作 スティーヴン・レベロ
出演 ドニ・ラヴァン
エディット・スコブ
エヴァ・メンデス
カイリー・ミノーグ
ミッシェル・ピコリ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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