オスカー俳優ダスティン・ホフマンの初監督作品
ベテランの俳優と音楽家たちの共演により
名曲のしらべにのせて人間模様をあたたかく描く
オスカー俳優ダスティン・ホフマンが75歳にして初監督を手がけ、高く評価されている話題作。出演はやはりオスカー女優であり大英帝国勲章第2位を授与されたマギー・スミス、映画や舞台で活躍しナイトの称号を得ているトム・コートネイ、ドラマや映画で知られ大英帝国勲章を有する女優ポーリーン・コリンズ、人気コメディアンであり俳優や役者としても活躍し、やはり大英帝国勲章を有するビリー・コノリー、ナイトに叙されておりハリー・ポッターシリーズでダンブルドア校長を継いだマイケル・ガンボンらイギリスが誇るベテランの俳優を中心に、本物の音楽家たちが多数出演。脚本は映画『戦場のピアニスト』でアカデミー賞脚色賞を受賞し、『潜水服は蝶の夢を見る』『テイキング・サイド』を手がけた脚本家ロナルド・ハーウッド。引退した音楽家たちが暮らす老人ホームを舞台に友情や慕情、彼らが織りなす人間模様を描く。イギリスらしくブラック・ユーモアを効かせながら、たくさんのひとに笑顔とエールを届けるヒューマン・ドラマである。
イギリスの田園地方にたたずむ音楽家のための老人ホーム「ビーチャム・ハウス」。ホームが主催する“ヴェルディ生誕200周年記念ガラ”に向けて、「乾杯の歌」のコーラス練習が軽快に響いている。テノールのレジーは近隣の学生たちに音楽を教え、バリトンのウィルフは若い女性スタッフたちを口説き、メゾソプラノのシシーは認知症の症状がたまにありつつもCDプレイヤーで音楽をたのしみ、それぞれ穏やかに過ごしている。そんなある日、オペラのプリマドンナとして活躍したソプラノ歌手で、シシーらと以前はカルテット(四重唱)の仲間だったジーンが入居。野心家でエゴイストだった若いころのジーンを知る3人は複雑な気持ちに。なかでもジーンと離婚した元夫のレジーは今も彼女を許しておらず、強く反発する。そんな折、ホーム閉鎖の危機をさけるため、レジーらはコンサートでカルテットの再結成を依頼される。
クラシックやジャズの名曲にのせて人生の悲喜劇をかろやかに描く作品。シルバー世代の物語といっても枯れた味わいというより、体の老化や不調は冗談を交えて笑い飛ばし、恋愛にまつわる切なさやよろこびは素直に描かれ、ドラマとして魅力的だ。本作の大きな特徴は、中心となるキャラクターはベテランの役者であるものの、ホームに集う大勢のひとたちはみんな本物の音楽家たちが出演していること。歌や演奏のシーンは実際にその場で録音されているため、音やリズム、歌声のライブ感が気持ちいい。ホフマン監督は語る。「私は本作を監督するにあたって、実際に引退したオペラ歌手やミュージシャンを集めて、ドキュメンタリーのようにしたいと考えました」。
本作はイギリスで1999年に初演の舞台『カルテット(原題)』の映画化であり、舞台版は日本でも2011年に黒柳徹子主演の『想い出のカルテット〜もう一度唄わせて〜』として上演。そもそも“音楽家のための老人ホーム”は、1896年に19世紀を代表するイタリアの作曲家ジュゼッペ・ヴェルディが自費でミラノに創設した「Casa di Riposo per Musicisti(音楽家のための憩いの家)」からインスピレーションを得たとのこと。いまでも多くの音楽家たちが暮らすこのホームは「Casa Verdi(ヴェルディの家)」とも呼ばれ、ダニエル・シュミット監督による1984年のドキュメンタリー映画『トスカの接吻』で撮影された場所としても知られているそうだ。
もとプリマドンナである勝ち気なジーン役はスミスが気高く表現。平穏なホームにやってきた女王として周囲をかき乱す一方で、純粋で不器用な面があることもよく伝わってくる。ジーンのもと夫で堅物な英国紳士であるレジー役はコートネイが上品に。ジーンとレジーの微妙な関係が丁寧に描かれている。ムードメーカーの明るいウィルフ役はコメディアンのコノリーが持ち味を生かして、天然タイプのシシー役はコリンズがかわいらしく、仕切り屋でコンサートの準備をすすめるセドリック役は、ガンボンが尊大ながらも憎めない様子で演じている。またジーンのライバル役にソプラノ歌手のギネス・ジョーンズ、ホームの住人としてメゾソプラノのヌアラ・ウィリス、バリトンのジョン・ローンズリーらオペラ歌手、ジャズピアニストのジャック・ハニーボーンや、トランペット奏者のロニー・ヒューズといった名高い音楽家たちが多数出演していることにも注目だ。
劇中では有名な曲のよく知られているフレーズが使用され、誰もが楽しめる仕上がりに。コンサートのシーンでは、プッチーニの《トスカ》よりアリア「歌に生き、恋に生き」をジョーンズが堂々と歌い上げ、サミー・フェインの曲「Are you having any fun?」をトレヴァー・ピーコックとデヴィッド・リアルが愛嬌たっぷりに歌う姿もいい味を醸し出している。
「昔から監督には興味はあったのですが、少し勇気がなかったというか、恐怖感もありましたし、なかなかチャンスもありませんでした」というホフマン監督。そもそもハリウッドを中心に活躍するアメリカ人俳優のホフマンが、なぜイギリス映画を監督することになったのか。きっかけはべつの映画を撮影していた際にカメラマンが脚本をもってきて、「監督が抜けてしまったのだけど興味ない?」とホフマンにオファーしたことから始まったのだそう。脚本を読みとても感動したホフマンは、監督をやるべきか愛妻に相談したところ、「監督しないのならあなたと離婚するわ」と冗談を交えつつもきっぱりと背中を押され、心を決めたそうだ。ホフマンは本作について語る。「本作では俳優だけはではなく、本物の音楽家たちが登場します。私が彼らに伝えたのは、『演技をしないで』ということ。『とにかく現場にきて、今自分が感じていることを映像に撮ろう。私たちは人生の第三幕にさしかかっているので、そのままの気持ちをぶつけ合って、“年をとることはどんなことなのか”を見せましょう。体は老いますがセクシーな気分ではいるんです! それを撮りましょう!』と言いました。 この映画には感動があり悲哀があり、また面白い面もあります」。
名作《椿姫》より「乾杯の歌」のかろやかな合唱に始まり、エンドロールには大御所のルチアーノ・パヴァロッティとジョーン・サザーランドらが歌う《リゴレット》の四重唱「美しい恋の乙女よ」が美しく響く本作。ヴェルディが創設したホームにインスパイアされた物語であり、2013年の“ヴェルディ生誕200周年記念作品”であるこの映画は、どこかヴェルディ本人に重なる面も。ヴェルディの代表作は『ナブッコ』『リゴレット』『椿姫』『アイーダ』などの悲劇であり、喜劇は生涯で2本のみ。その貴重なひとつはシェイクスピアの喜劇をもとに、ヴェルディが79歳のときに最後に発表したオペラ『ファルスタッフ』である。これまで悲劇で大きな成功を収めてきた作曲家が最晩年に喜劇でしめくくるとは、なんとも興味深い。たしかに本質的に悲劇と喜劇は紙一重であり表裏一体であり、悲劇は客観的に見つめると不毛ゆえの笑いを含むことが多く、喜劇の側面にはペーソスがあり滑稽さを際立たせている。そして『ファルスタッフ』のラストは、「この世はすべて冗談、最後に笑う者こそが本当に笑う」と締めくくられる。この映画は、天才作曲家ヴェルディが最晩年にたどり着いた境地が表現されているかのよう。悲劇も成功も味わいつくしたそのあとに、笑っていられたらそれでいい。大いに笑おうじゃないか、と。本作は名曲のしらべにのせて、ホフマン監督のあたたかな演出でひきつける人間賛歌である。
公開 | 2013年4月19日公開 TOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次ロードショー |
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制作年/制作国 | 2012年 イギリス |
上映時間 | 1:38 |
配給 | ギャガ |
原題 | Quartet |
監督 | ダスティン・ホフマン |
脚本 | ロナルド・ハーウッド |
出演 | マギー・スミス トム・コートネイ ビリー・コノリー ポーリーン・コリンズ マイケル・ガンボン |
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