そして父になる

カンヌで審査員賞を受賞した是枝裕和監督の最新作
取り違えられた子どもをめぐり、ふたつの家族が
迷い悩み、家族としての道を歩き出すさまを映す

  • 2013/07/26
  • イベント
  • シネマ
そして父になる©2013『そして父になる』製作委員会

第66回カンヌ国際映画祭で大きな共感とともに審査員賞を受賞した、是枝裕和監督の最新作。出演はシンガーソング・ライターであり俳優としても活動する福山雅治、河瀬直美監督作品『萌の朱雀』『殯(もがり)の森』の尾野真千子、西川美和監督作品『ゆれる』の真木よう子、イラストレーター、作家、俳優として活躍するリリー・フランキー、ベテランの風吹ジュン、國村準、樹木希林、そして今年5月に他界した夏八木勲ほか。ある日、“6年間育てた息子が取り違えられた他人の子である”と知らされたふたつの家族の物語。互いに実子をひきとるのか、このまま育てるのか、どうしてこんなことが起きたのか。迷い悩み時には対立しながら、子として親として、家族としての道を歩き出すさまを映す。包み込むかのようなピアノの音とともに、繊細なこころの流れが伝わるヒューマンドラマである。

一流大学を卒業し大手建設会社に勤める野々宮良多は、都心の高級マンションで妻のみどりと一人息子の慶多と暮らしている。多忙で家族と過ごす時間は少ないものの、自他ともに認めるエリートとして望み通りの暮らしに満足していた。が、ある日、6歳になる息子は取り違えられた他人の子である、という知らせが入る。遺伝子検査で事実と判明し、もう一方の家族である斎木夫妻と面会。群馬で小さな電気店を営む斎木家は3人の子どもがいるにぎやかな一家で、2組の家族だけの席で慰謝料の話をあけすけにする斎木夫妻に、良多は冷ややかな目線を投げかけた。

あえて明確な意図と問題解決をもたせずに、家族の対立や折り合い、簡単に線引きのできない心のグラデーションの域を丁寧に描く。これまで一緒に過ごした時間か血肉のつながりか、都心で1人息子を溺愛する母親とワーカホリックで育児は妻まかせの父親、熱心な教育と厳しい躾をする裕福な野々宮家と、地方の店舗兼民家で3世代同居をする、放任主義で躾はおおざっぱながら子どもたちとよく遊びよく話し、素朴な愛情をかけて育てる斎木家。正反対の2組の家族について正否や善悪の論理ではなく、彼らのとまどいや変化を客観的に追ってゆく。

そもそもこの企画は福山雅治から是枝裕和監督に、「一緒に何かできませんか」という声がけを受けて始まったとのこと。是枝監督が本人と会い、“みたことのない福山雅治を撮ってみたい”と考えて“父性”をテーマに脚本を書き下ろしたそうだ。福山雅治は実生活では独身であり今回が初の父親役となるため不安もあったものの、父性が強い役ではなかったことと役者にまかせながら引き出してゆく是枝監督の演出により、自然体で演じることができたそうだ。また劇中とエンディングで、おだやかに深くはじまり力強く生き生きと響いてゆくピアノは、グレン・グールドの演奏によるバッハの「ゴールドベルク変奏曲」(1981年録音)。グールドは使用許諾をとるのが難しいそうだが、“是枝になら”と権利者から快諾されたそうだ。

福山雅治、尾野真千子

生まれて初めて実力でも金銭でもどうにもならないことに困惑する野々宮良多役は福山が悪気なく尊大に、専業主婦の妻みどり役は尾野が従順に、斎木夫妻の実子であり二宮夫妻が育てた、おとなしくてやさしい慶多役は二宮慶多がかわいらしく、電気屋の店主で3児の父である斎木雄大役はリリー・フランキーがややルーズながら子煩悩な様子で、パートで働く妻ゆかり役は真木よう子が肝っ玉母さんふうに演じ、野々宮夫妻の実子であり斎木夫妻が育てた琉晴(りゅうせい)役は黄升R(ファンショウゲン)が元気いっぱいに素のかざらない感覚で、観ていて気持ちいい。また良多の父親役に故・夏八木 勲、良多の父の後妻である義母役に風吹ジュン、みどりの母役に樹木希林、良多の上司役に國村 隼とベテラン勢がいい味わいで脇を固め、田中哲司、井浦新、中村ゆり、高橋和也らの出演も。2013年5月11日に亡くなった夏八木氏は膵臓がんであることを周囲に伝えず、手術を受けないと決めて入退院をしながら生涯現役を貫いたとのこと。是枝監督が手がけた2012年のCX系ドラマ『ゴーイング マイ ホーム』に出演の際、撮影現場で体調をくずしたことから監督は病状を知らされていたそうで、「夏八木さんは亡くなるまで役者を貫いた方。自分もそういう作り手になりたい」と語っている。『ゴーイング〜』でも本作でも、息子にとってこえられない存在である父親として、親子だからこその不器用な関係と情感を飾ることなく表現している。

撮影の際、子役たちには台本を渡さず、作品内容・人物設定・その場面の説明・台詞などを是枝監督からの口伝えのみで説明していく、という形で進められたとのこと。2004年に第57回カンヌ国際映画祭で当時14歳の柳樂優弥が史上最年少で主演男優賞を受賞した『誰も知らない』のように、ドキュメントの手法を用いて子どもたちの自然な表情や反応をとらえている。今回は撮影開始まで脚本を約30回以上改稿したとのこと。是枝組では台本として印刷された“決定稿”ものちにリライトされ、撮影中に修正が加えられることもたびたびとのこと。監督は「決定稿が出た段階では、まだ自分の中で60点なんです」と語り、「自分で書いたシナリオですが、そんなに信用していないんです(笑)」と冗談めいてコメント。役者の表現をとおして見えてくるもの、撮影中もキャストとよく話し合い意見を交換して、その内容をシナリオに柔軟に反映させながら彼らの物語が定まっていったそうだ。

第66回カンヌ国際映画祭にて初めて上映され、10分間以上つづくスタンディングオベーションをうけ審査員賞を受賞した本作。この賞は1987年の第40回カンヌ国際映画祭にて三國連太郎監督作品『親鸞 白い道』が受賞して以来26年ぶり、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門にて日本映画が受賞するのは河瀬直美監督の『殯の森』以来6年ぶりとのこと。今回の審査委員長を務めたスティーヴン・スピルバーグは「初めて観たときから本作が賞に値するという確信は揺るがなかった」と語り、審査員団のひとりであるニコール・キッドマンは後半1時間涙がとまらなかったそうだ。最後に、フランスのカンヌで現地時間2013年5月26日に行われた授賞式より、是枝監督のスピーチをお伝えする。「ここにまた立つチャンスをくれた映画祭と審査員のみなさんに感謝します。一足先に帰った福山さんはじめキャストのみなさん、こられなかったスタッフのみんなとこの賞を分かち合いたいと思います。また非常に個人的な話ですが、今回の父と子どもの話を描くにあたり感謝をのべます。僕を子供にしてくれたもう亡くなった父親と母親、そして僕を父親にしてくれた妻と娘に感謝します」。

作品データ

ローン・レンジャー
公開 2013年9月24日〜27日全国先行公開
2013年9月28日より新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2013年 日本
上映時間 2:01
配給 ギャガ
英題 LIKE FATHER, LIKE SON
監督・脚本・編集 是枝裕和
撮影監督 瀧本幹也
出演 福山雅治
尾野真千子
真木よう子
リリー・フランキー
二宮慶多
黄升R
風吹ジュン
國村準
樹木希林
夏八木勲
田中哲司
井浦新
中村ゆり
高橋和也
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。