「エイズで余命30日」と宣告され、7年間生き抜いた男の実話
自身の体で作用を確認した未認可の薬の配布で起業まで !?
患者の立場から政府や製薬会社に一石を投じた姿を描く
ドラッグと酒と女漬けの自堕落な生活の末、「エイズにより余命30日」と宣告された男は、7年もの間どうやって生き抜いたのか。1992年に他界したロン・ウッドルーフの実話をもとに、2009年の映画『ヴィクトリア女王 世紀の愛』のジャン=マルク・ヴァレ監督が映画化。出演は’13年の映画『ペーパーボーイ 真夏の引力』のマシュー・マコノヒー、ミュージシャンであり俳優としても活躍するジャレッド・レト、’08年の映画『JUNO/ジュノ』のジェニファー・ガーナーほか。まだエイズへの理解が乏しく、“同性愛者の不治の病”という誤った偏見があり、治療薬や治療法の研究が急がれる中、患者にリスクの高い投薬と臨床試験が行われていたころ。アメリカ政府の未認可の薬や治療法を独自に調べ上げ、それを実践して命を長らえ、その薬を配布すべく患者による患者のためのビジネスを立ち上げて、アメリカの政府や製薬会社から目の敵にされたひとりの男。いちエイズ患者として堂々と、自身の望む治療を受ける権利を高らかに主張したロン・ウッドルーフの姿を描く。「死んでたまるか」という鬼気迫る思い、転んでも(それどころか死にかけても)ただでは起きないしぶとさ、どんなときも生きる楽しみをあきらめない姿に強く打たれる。実話をもとにした力強い人間ドラマである。
1985年、アメリカのテキサス。電気技師の仕事で食いつなぎ、賭けロデオで金をせしめて、行きずりの女を抱いてはドラッグをやって酒をあおる。不摂生なその日暮らしを続けるロンは、ある日トレーラーで気を失って倒れる。病院で目覚めると、医師から「HIVウイルスの陽性を確認。エイズにより余命30日」と告げられる。「そんなワケあるか !!」と悪態をついて病院を飛び出したロンはいつもの自堕落な生活に戻るも、すぐに症状が悪化。図書館で資料を調べ、不特定多数の異性との避妊なしの肉体関係でもHIVウイルスは感染すると知り、ロンは自らのエイズ発症を確信。アメリカで臨床試験をまだ通過していない最新の治療薬AZTの処方を医師に頼むも、未認証の薬であるため断られる。
1985年に俳優ロック・ハドソンが実はゲイであり、エイズで死去した、という出来事をきっかけに、ようやくすすめられたともいわれるアメリカ政府のエイズ対策。約30年前の当時、カウボーイの土地として知られる保守的なテキサスで、エイズ患者=同性愛者という間違った情報と偏見から、ロンは差別され迫害を受けた。そもそもロン自身もそういう考えだったことから、自分の身に起きたことにひどく混乱する。が、それであきらめないのがロンのしぶといところ。すぐさまドラッグの転売をしていた時と同様に、モグリの手法で未承認薬のAZTを手に入れ、それができなくなると、国境を越えてメキシコに行き、アメリカ政府が未認可でもエイズ患者が実際に命を長らえている治療法を研究する医師に会い、大量の薬を不法にアメリカに持ち帰る。そしてエイズ患者に未承認の薬を売る闇商売をはじめ、その後、ビジネスとして合法的に薬を配布する会員制システム“ダラス・バイヤーズクラブ”を創立。あくまでも慈善ではなくビジネスであり金もうけ、というスタンスはゆるがない。なぜならロンは常に、自らの欲望に忠実であることがブレないから。以前は快楽をむさぼることに溺れていた意識が、AIDSの発症からいかに命を長らえるかに切り替わり、いつも徹底しているところがユニークだ。
体が徐々に弱りながらも目はギラギラと光るロン役は、マコノヒーが体重21kgを落として熱演。政府と製薬会社、大病院に食ってかかり、法律も規制も「ケッ」とばかりに飛び越えて、自らの体を実験台に独自に調べ上げたエイズ患者を延命するための薬を世界中から買い付け、広めてゆく姿は、巨大な権威に対峙する反体制のアウトローであり、強烈で目が離せない。これまで、体自慢でフェロモンたっぷりのセクシー系という役がハマッていたマコノヒーが、本作で演技派として新たなステージに歩を進めたことがよくわかる。ロンのビジネス・パートナーであるグラムロックの妖艶なゲイ、レイヨン役は、レトが18kgの減量をして体現。やさしくて賢く、ドラッグのやめられないレイヨンの憎めない感じが切ない。女好きで最初は同性愛者を毛嫌いしていたロンと、偏見に対して断固反発するゲイのレイヨンは、お互いにライフスタイルや嗜好はまったく一致しないのに、利益の一致があり、ともにビジネスを立ち上げる、というくだりも面白い。反発したり対立したりしながらも、互いの筋と信念、人間性をだんだんと認め合い、大切にし合うようになる。性別や思想、立場をこえた友情の描き方もとても好い。ロンの担当医師で、AZTの効果に疑問を抱きながらも大病院の組織との板挟みに苦しむ女性医師イブ役は、ガーナーが素朴なイメージで。それぞれの意志と思いが交錯し、ロンの猪突猛進の勢いを軸に周囲が巻き込まれてゆくさまがよく描かれている。
この映画のすごいところは、かなりの摩擦が起こりかねないことについて、臆さずにはっきりと描いているところ。最初のエイズ治療薬といわれたAZTの重い副作用による多大なリスク、実用を急ぎすぎたアメリカ政府と製薬会社について。一方で劇中では、国内で未承認の薬を扱うことで、医師免許をはく奪され大病院で退職に追い込まれても、組織での立場や利益を守るよりも、本気で患者の心と体を慮り、病と向き合う真摯な医師たちがいることが示されている。明確なのは、未認可の薬を扱うことがすばらしいということではなく、病院や製薬会社という組織の利益からではなく、患者の立場に立った治療と薬の研究、それを推し進める政府の支援が必要ということ。劇中でロンの言葉により、「ウイルスと付き合いながら、免疫力を高めていく」とはっきりと明言されている、ゆるやかな手法を組み合わせる方法は、現在はエイズ治療の取り組みのひとつとなっていると聞く。これはエイズに限らず、重い病の多くにあてはまることかもしれない。こうした考えと取り組みは、これからますます広がっていくのではないだろうか。
こうした関係もあってか、20年かけてようやく映画化が実現したという本作。権利を買い取った映画会社が映画化できずに手放し、権利がもどってからようやく企画が進み始めたそうだ。この映画は比較的小規模の作品ながら、本年度の第86回アカデミー賞にて作品賞や主演男優賞などの6部門ノにミネートされたことも話題となっている。そもそも映画化のきっかけは、ロンが他界する前の月、1992年8月に脚本家のクレイグ・ボーテンがロン・ウッドルーフ本人に実際に会いに行ったことにさかのぼる。そこでボーデンが、いつか自分の話が映画になったらどう思うか聞いたところ、ウッドルーフはこう答えたそうだ。「もしそうなったら、ぜひ観てみたいね。あらゆる人に知ってもらいたいし、独自に学んできた政府のこと、医薬機関のこと、エイズのことを学んでほしい。やってきたことに意味があったんだと思えるといいな」
公開 | 2014年2月22日公開 新宿シネマカリテほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2013年 アメリカ |
上映時間 | 1:57 |
配給 | ファインフィルムズ |
原題 | Dallas Buyers Club |
監督 | ジャン=マルク・ヴァレ |
脚本 | クレイグ・ボーテン メリッサ・ウォーラック |
出演 | マシュー・マコノヒー ジャレッド・レト ジェニファー・ガーナー デニス・オヘア スティーヴ・ザーン マイケル・オニール ダラス・ロバーツ グリフィン・ダン ケヴィン・ランキン |
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