1995年のノンフィクション大賞受賞作品を映画化
“死の鉄道”での苛酷な経験、贖罪と赦しについて
ひとりのイギリス人男性がたどった実話を真摯に描く
戦時中に経験した数々の出来事に今も苦しむ多くの人たちに向けて、「自分が体験してきたことを(伝えることで)、みなさんが(抱える苦しみを)消化する一助になれば」という思いから執筆し、1995年に『エスクァイア』誌にてノンフィクション大賞を受賞したエリック・ローマクスの自叙伝『The Railway Man』を映画化。出演は『英国王のスピーチ』のコリン・ファースと『めぐりあう時間たち』の二コール・キッドマン、2人のオスカー俳優、国内外で映画俳優として活躍している真田広之ほか。監督は本国オーストラリアでその手腕が高く評価され、本作が長編4作目となるジョナサン・テプリツキー、脚本は2012年にロンドンオリンピックの開会式の台本を手がけたフランク・コットレル・ボイス、『真珠の首飾りの少女』ほかプロデューサーとして活躍するアンディ・パターソンが共同で。第二次世界大戦下、タイとビルマを結ぶ“死の鉄道”の建設に捕虜として従事した経験をもつエリックは、戦後数十年が過ぎた現代になっても、癒えることのない精神的外傷に苦しんでいた。憎しみや憤怒、怖れに向き合い、乗り越えていくということ、贖罪と赦しについて。ひとりのイギリス人男性がたどった実話をもとに真摯に描く、重厚なドラマである。
鉄道好きで、時刻表を眺めては列車に乗っている初老の男性エリック・ローマクス。無口で気難しい気性ながら、あるときに列車で相席となった美しい女性パトリシアと惹かれ合い、結婚する。2人でおだやかに暮らし始めるが、エリックは戦争体験によるトラウマにより、妻にも心を閉ざすようになって部屋にひきこもり、妄想にかられて他者に襲いかかるなど、状態が悪くなってゆく。パトリシアは夫を救いたい一心で、エリックの退役軍人の仲間のひとりであるフィンレイを訪ねて相談するが、容易なことではないと言い渡される。そんな折、エリックのトラウマに深く関わる男、日本人通訳だった永瀬が生存していると新聞記事で知り……。
日本陸軍指揮のもと、過酷な労働により大勢の人々が死んだことから、“死の鉄道”の異名をもつ泰緬鉄道。その建設に関わったもと英国人将校が、数十年に渡りもがき苦しみぬいた末につかんだものとは。劇中では主人公エリックの心理を深く掘り下げ、気持ちが少しずつ変化していくさまを慎重かつ丁寧に描いている。エリックが戦時下に体験した日本陸軍による非人道的な行為の数々に、日本人として身の縮む思いをする場面も多々ありながら、心と体に激しく刻まれた痛みと憎しみとの闘いという奥深いテーマが静かに描かれ、胸を打たれる。
あまりにも苛酷な経験から、生き残った人々が語ることもほとんどなく、当時のことはあまり知られていないという泰緬鉄道について。タイとビルマをつなぐ415kmもの区間は、20世紀初頭にイギリスも鉄道建設を検討したものの、天候や衛生などの問題、地形が複雑で、山を削りジャングルを切り倒して建設をすることは困難であると断念した難所だったそうだ。第30回アカデミー賞にて作品賞を受賞した1957年の英米合作映画『戦場にかける橋』では、泰緬鉄道をもとにあくまでもフィクションとして描かれているため、事実を知る退役軍人にとっては、その程度のものではない、と内容に不満があったとも。1942年2月15日のシンガポール陥落、チャーチルの言う「英国史上最悪の災難」により、日本軍は連合軍を下し、捕虜は英国軍の兵士25,800人、オーストラリア軍の兵士18,000人を含む20万人に。当時はジュネーヴ条約に加盟していなかった日本政府は、連合軍の捕虜を劣悪な環境で鉄道建設に従事させた。そして戦争捕虜のうち6,648人のイギリス人と2,710人のオーストラリア人、8万人のアジア人が死亡、犠牲者の総数は未だに明確になっていないとも言われている。
エリック役はファースが、自身の暗黒に囚われてもがき苦しみ、静かに立ち向かう姿を繊細に表現。少しずつ変化してゆくさまがとてもよく伝わってくる。ファースが推したというキッドマンは妻パトリシア役で、愛する夫を必死で支えようとする懸命な姿を演じている。もと憲兵隊の日本人通訳、永瀬役は真田広之が、もと捕虜の人々にとって強烈な憎しみの対象となる難しい立場をしっかりと演じきっている。パトリシアが助言を求める、エリックの退役軍人の仲間フィンレイ役はステラン・スカルスガルドが悲しみをたたえて、戦時下に若き将校だったエリック役はジェレミー・アーヴァインが、若きフィンレイはサム・リードがそれぞれに演じている。注目は、若き永瀬役を演じた日本人俳優、石田淡朗。3歳より能楽師の父・石田幸雄のあとを継ぎ、人間国宝の野村万作に師事。能と狂言、双方の舞台に立つ数少ない子役として知られ、’03年に15歳で渡英。日本人として初めて名門ギルドホール音楽演劇学校に合格し、卒業後は自身の劇団The Leaf Theatreを設立し、ロンドンを拠点に活動しているとのこと。映画出演は‘12年の『モネ・ゲーム』、’13年の『千年の愉楽』など、今後の活躍も楽しみだ。
エリック氏と永瀬氏の再会、という実際にあった出来事の経緯と背景を描いている本作。誰も語ろうとしない出来事について、関係者を探し出して対峙し、本を執筆したエリックは、自身が学んだことを共有したいと強く望んでいたとのこと。脚本家のフランク・コットレル・ボイスは語る。「彼は、“人は自分が思うよりも優れており、強靭であり、その強さも脆さがあってこそであり、愛があれば漆黒の闇から救い出されることもあるのだ”というメッセージを伝えたかったのです」。エリック氏と永瀬氏のように戦争中に敵対していた人間同士の再会は、その頃はまだほとんど前例のないことだったものの、今は“真実和解委員会”などにより進められているそうだ。
日本陸軍の憲兵隊で通訳をしていた永瀬隆氏もまた、戦争中の記憶に苦しんだとのこと。戦後は135回のタイ巡礼をして、タイで得度。1986年にはタイ式の寺院を建立し、タイの青少年に奨学金を授与する“クワイ河平和基金”を設立。2011年に永瀬氏が93歳で他界した際の葬儀では、エリック氏がメッセージを寄せたそうだ。「あなたはいつも変わらず本当に勇敢な男でした。あなたと出会えたことは私にとって人生の特権でした。ではあなた自身が用いた表現をお借りして申し上げます。さらば盟友、さらばわが兄弟」
ふと、クリント・イーストウッド監督の’06年の映画『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』を思い出し、もしかしたらいつかは、永瀬さん側から映すエリックとの再会の背景と経緯を伝える映画もできるかもしれない、と思った。個人的には、’13年の映画『許されざる者』の李相日監督が作ってくれたらいいなと思う。いち映画愛好家として、映画を通して伝わっていくことも確かにあると信じている。エリック・ロークマス氏は本作の編集中、完成を待たずして2012年に他界されたとのこと。最後に、エリックの妻パトリシア・ローマクスがこの映画と夫の思いについて語る、とても大切なコメント全文をご紹介する。「このストーリーが伝える最も重要な点は、それが第二次世界大戦であろうと、今、アフガニスタンやイラクから戻ってきた人たちであろうと、自分たちのためだけではなく家族のためにも、戦争から戻ってきてすぐに本当の助けを求め、ずっと助けをうけつづけない限りは、彼らが経験したトラウマは、生涯にわたって彼らを苦しめることになる、ということです。またこの映画では、どれほど人生が暗いものでも、もし心を開いてみることができれば、前に進む道は常にあるということを示しています。昔の怒りや侮辱、人生に起こるいろんなことにしがみついていたとしても、そのことが生きてゆく、ということを止めるべきではないのです。どうにかして、そういうものを手放さないといけない。身をもってそれを示したことが私の夫が残した遺産です」
公開 | 2014年4月19日公開 角川シネマ有楽町ほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2013年 オーストラリア、イギリス |
上映時間 | 1:56 |
配給 | KADOKAWA |
原題 | The Railway Man |
監督 | ジョナサン・テプリツキー |
原作 | エリック・ローマクス |
脚本 | フランク・コットレル・ボイス アンディ・パターソン |
出演 | コリン・ファース ニコール・キッドマン ジェレミー・アーヴァイン ステラン・スカルスガルド サム・リード 石田淡朗 真田広之 |
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