蜩ノ記

黒澤明の愛弟子・小泉堯史監督が直木賞受賞作品を映画化
思慮深くしずかに信念を貫く男と、周囲の人々の姿を描く
人情の機微がしみじみと伝わる、あたたかく肉厚な作品

  • 2014/10/03
  • イベント
  • シネマ
蜩ノ記©2014「蜩ノ記」製作委員会

2012年の第146回直木賞受賞作品、累計発行部数60万部を超える葉室麟(はむろ・りん)の小説『蜩ノ記(ひぐらしのき)』を、黒澤明監督の愛弟子である小泉堯史監督が映画化。出演は役所広司、岡田准一、堀北真希、原田美枝子、青木崇高、寺島しのぶ、三船史郎ほか豪華な俳優陣が集結。
 ある日、ひょんなことから城内で刃傷沙汰を起こした若い侍、檀野庄三郎(だんの・しょうざぶろう)は、ある男の監視を命ぜられる。その男は以前にあった重大な事件に関係し、“10年後の切腹”を言い渡され、その期限は3年後にせまっていた。武家としての誇りをもち、思慮深く、信念を貫くということ。家族の支え、大切な人との関わりを慈しみ、思いを後世に継いでゆくこと。物語の内容から、丁寧な映画製作から、その感覚がしっかりと伝わってくる肉厚な作品である。

豊後国、羽根藩(ぶんごのくに、うねはん。現在の九州、大分のあたり)。城内で刃傷沙汰を起こした檀野庄三郎は、隠遁生活を送る戸田秋谷(とだ・しゅうこく)が逃亡しないよう、監視を命ぜられる。戸田は以前に重大な事件を起こした罪で10年後の夏に切腹すること、切腹の日までに、藩の歴史を記す「家譜」を完成させることを命ぜられていた。切腹の日まであと3年、庄三郎は戸田家に移り住み、秋谷の妻・織江、娘の薫、息子の郁太郎とともに暮らし始める。秋谷のおだやかで書を好む気質、家族との確かな信頼関係に触れるにつれ、庄三郎は秋谷が切腹を言い渡された事件に疑問を抱く。そのうちに秋谷を救いたいと考えるようになった庄三郎は、事件の真相を調べ始め……。
 刀で斬り合うだけではない、侍の誇り、生き様、精神性、それを見守り支える家族の情が丁寧に綴られた作品。登場人物ひとりひとりの思いにそれぞれ染み入るものがあり、深い共感を誘う。
 小泉監督は原作者である葉室氏の世界観が好きで、大半を読んでいるとのこと。監督は語る。「『蜩ノ記』も発売になってからすぐに読んで、戸田秋谷という人物に惹かれました。出会ってみたいと思いましたね。僕が映画をつくるときはいつもそうなんです。『明日への遺言』の岡田中将、『雨あがる』の三沢伊兵衛、『博士の愛した数式』の博士……こういう人物に出会ってみたいという想いから始まるんです」

原田美枝子,堀北真希

多くを語らず切腹を受け入れ、静かに過ごす戸田秋谷役は、役所広司があたたかくおだやかに。秋谷の監視役となる檀野庄三郎役は、岡田准一が誠実な青年として。庄三郎が秋谷にひとりの人間として男として感銘を受け、学び成長し、その大きなすべてを継いでゆくさまがしみじみと好い。秋谷・庄三郎の師弟関係は、現実に俳優としての役所・岡田、監督としての黒澤・小泉のつながりと重なる。秋谷の妻・織江役は、役所広司と4度目の夫婦役という原田美枝子が凛として、娘の薫役は堀北真希が真っ直ぐに可憐に、息子の郁太郎役はオーディションで200人の中から選出された吉田晴登が一本気な気性を表現している。また庄三郎の友人・水上信吾役は青木崇高、羽根藩の6代藩主・兼通役は三船史郎、その側室・お由の方だった松吟尼役は寺島しのぶ、禅寺・長久寺の慶仙和尚役は井川比佐志、羽根藩の家老で信吾の父である中根兵右衛門役は串田和美がそれぞれに味わい深く演じている。

原作者の葉室麟氏は、1951年福岡県生まれの日本の作家。地方紙の記者、ラジオニュースデスクなどを経て、50歳から創作活動に入り、’05年に『乾山晩愁(けんざんばんしゅう)』で歴史文学賞を受賞し作家デビューをした人物。“地方の視点から歴史を描く”を信条に、執筆を続けている。今回初めて著作が映画化されることについて、“夢のような体験”と語る葉室氏は、2014年8月12日に行われた完成報告会見にて、こんなふうにコメントしている。「映画化ということは嬉しかったですが、中でも小泉監督からお話をもらえたのが嬉しかったんです。私は映画が好きで学生時代は映画サークルにも入っていました。黒澤明監督は本当に尊敬する映画監督なんです。その教えを受け継がれた小泉監督が私の作品を撮ってくださる。黒澤監督のスタッフが撮ってくださる。それだけで天にも昇るような気持ちです」。
 映画では原作の小説にはない、戸田家の庭に植えられている柚子の木のくだりがあり、このことについても語っていた。「私は『柚子は九年で花が咲く』という言葉を(エッセイなどで)よく使うんですけれども、監督はそれを知っていて心遣いをしてくださった。それが胸に沁みました。あれを聞くともう涙が出てしまう。それぐらい思い入れの深い大切な映画を作ってもらったなと思っています」

堀北真希,原田美枝子,役所広司

準備の段階から役作りなどの精神面、衣装や美術セットなどの物質面ともにしっかりと進めていくことで知られる小泉組。監督は丁寧な映画製作について、「当たり前のことを当たり前にやっているだけです」と語る。今回は撮影開始の半年以上前に、武士道や武家の娘、呼吸についての本など10冊の関連本が役者たちに渡され、役に応じて書道、小笠原流、殺陣、舞などの稽古を重ね、岡田准一は天真正伝 香取神道流居合の訓練を受けるなど、準備を進めていったそうだ。デジタル撮影が主流になりつつあるなか、本作ではフィルム撮影が行われたことも含め、秋谷の妻役を演じた原田美枝子は完成報告会見でこのように語っている。「小泉さんの現場は、良い映画を残すためにはこれだけの時間と準備と思いが必要でと、妥協しないできちっと時間をかけて臨む。そういう現場にいられるというのは非常に幸せなことだなと思いました。今回はフィルムで撮るほぼ最後の機会で、もう経験できなくなるということだったので、フィルムの良さを味わった現場でした」

堀北真希

武家としての誇り、人間としての生身の感情。さまざまな形で折り合いをつけてゆく人情の機微が、現代に生きる私たちにもとてもわかりやすく伝わってくる本作。侍が主役の時代劇というと、最近は若い世代に「よくわからない。観たいと思わない」と敬遠されがちとも聞くものの、本作のような良作を観てもらえたらと心から思う。
 小泉監督は語る。「時代劇というのは歴史の中に生きた人を掴まえて、それが今の人の心にどう生きているか、感じ取ってもらうことが大切だと思います。時代劇といっても、現代に生きるものなのです。この映画でも、江戸時代にあるがままに生きた人々の経験のなかに、僕たちの心に響いてくる何かがあるはずです。今回のように、死と向き合い、生きることと死ぬこととが歴史の中で鮮明になる。劇中で“歴史は鏡である”というセリフがあります。時代劇の方が、現代劇よりいろいろなことを明快に映し出してくれることもありますしね。歴史の中に美しい姿を見つけたい、それが僕たちの今を豊かにしてくれるのはないかと思っています」

作品データ

蜩ノ記
公開 2014年10月4日公開
全国東宝系にてロードショー
制作年/制作国 2014年 日本
上映時間 2:09
配給 東宝
監督・脚本 小泉堯史
原作 葉室 麟
脚本 古田 求
出演 役所広司
岡田准一
堀北真希
原田美枝子
青木崇高
寺島しのぶ
三船史郎
井川比佐志
串田和美
吉田晴登(子役)
小市慢太郎
中野 澪(子役)
綱島郷太郎
大寶智子
川上麻衣子
石丸謙二郎
矢島健一
渡辺 哲
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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