紙の月

角田光代・原作×吉田大八監督×宮沢りえ
平凡な主婦が青年と恋をし、横領を重ねてゆく
真っ直ぐに破滅へと向かう経緯と顛末を描く人間ドラマ

  • 2014/10/31
  • イベント
  • シネマ
紙の月©2014「紙の月」製作委員会

直木賞作家・角田光代の同名の長編小説を、映画の主演は7年ぶりとなる宮沢りえを迎えて映画化。共演はドラマ『MOZU』などで活躍する池松壮亮、AKB48卒業後初の映画出演となる大島優子、映画『かもめ食堂』の小林聡美、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司ほか。監督はCMやPV製作のディレクターとして活躍し、2007年に映画『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で長編映画監督としてデビュー、’12年の映画『桐島、部活やめるってよ』を手がけた吉田大八。
 契約社員として銀行で働く女性・梅澤は、大学生の青年と関係をもち、顧客から預かった金を着服する。大人の女性の鬱屈と放たれる衝動、真っ直ぐに破滅へと向かう経緯と顛末を描く。吉田監督が「爽やかに破滅していく女性の物語」と語る作品である。

1994年。梅澤梨花は銀行で契約社員として働き、一流企業に勤める夫と穏やかに暮らしている。夫婦の間に子どもはなく、夫の自分への関心が薄れていると感じてはいても、仕事では顧客や上司から評価され、それなりに充実している。ある日、顧客の裕福な独居老人・平林の孫である光太と街で偶然会った梨花は、彼と関係をもち、朝帰りをする。その日からたびたび光太と会うようになり、関係を重ねてゆく。
 梨花はあるとき化粧品のまとめ買いをすると現金が足りず、そのときに持っていた顧客の預り金から1万円を抜いて使う。そのあとですぐに自分の銀行口座から1万円を引き出して、預り金の袋の中に戻した。そんな折、光太が学費のために借金をしていると知った梨花は、光太の祖父からの定期の申し込みを密かにキャンセル扱いにして200万円を着服。自分の手持ちの金であると偽り、光太に貸し付けを申し出る。

第25回柴田錬三郎賞を受賞した長編小説の映画化。ひとりの女性が深みへとはまってゆく経緯、その後の顛末を描く。これまでにも映画『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『パーマネント野ばら』などで女性を描いてきた吉田監督は語る。「(自分の作品では)何かと女性に負荷をかけがちなんですよね。逆にそれは『僕には絶対出せないスピードで突破して、置き去りにして欲しい』みたいな(笑)。もう僕自身の勝手な思い入れ以外の何物でもない。ひとりで世界と戦う女性の、背中を見ていたいんです」。

池松壮亮,宮沢りえ

梨花役は宮沢りえがあやういバランスを表現。自分でもどこへ向かっているのかわからないまま、破滅へと疾走してゆくさまを繊細に演じている。光太役は池松壮亮がいち青年として楽な方へと流されていく姿をわかりやすく。憎み切れない面をのぞかせる、悪びれない青年っぽさがよく出ている。同じ銀行で働くベテラン事務員の隅(すみ)役は小林聡美が冷静沈着に、若く要領のいい窓口係・相川役は大島優子が調子よく、裕福な独居老人の平林役は石橋蓮司が偏屈に、梨花の夫役は田辺誠一がおだやかに、勤続年数の長い女性行員を疎んじる上司の井上役は近藤芳正がありがちな中年男性として、それぞれに演じている。

小林聡美,宮沢りえ

本作ではストーリーが原作とは異なる部分もあり、小林聡美が演じるベテラン事務員の隅と、大島優子が演じる要領のいい窓口係の相川は、映画オリジナルのキャラクターとのこと。監督は「結局は隅も相川と同じく、梨花の合わせ鏡のような存在なんです」と語っている。なかでもカフェや道端、会議室などで、梨花と隅が対峙するシーンはすべて惹きつけられるものがあった。
 とくにクライマックスのやりとりで、梨花のふとかけた言葉と、それを受けてさまざまな感情がにじんだ隅の表情には、個人的に胸を突かれるものがあった。さまざまなものがとっぱらわれた、一瞬の2人の心の邂逅。とくに梨花の不安定さや、2人のやりとりをくっきりと際立たせた、女優・小林聡美の表現に圧倒され魅了された。最近はどこかふんわりとしてユーモアのある飄々とした役が多いイメージもあるなか、「それだけじゃない」という俳優の凄みを観ることができるのはいち映画ファンとして単純に嬉しい。
 本作の内容について、監督は語る。「最終的には梨花と隅を対決させる、というラインが固まった時点で、映画の軸ができたなと思いました。隅役には、小林聡美さん以外は考えていなかった。最終的に宮沢さんと対峙する存在として、ふさわしい人が欲しかったんです。実はお二人って共演したことがなかったし、僕自身『こういう小林さんを観たい』という想いもありましたし。彼女たちの対決シーンは間違いなく映画のクライマックスで、まさに女優力VS女優力の激突でした。現場で見ていて興奮しましたね」

宮沢りえ,大島優子

エンディングに、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコの『Femme Fatale(邦題:宿命の女)』のけだるい歌声とメロディが流れる本作。
 原作者の角田光代は今回の映画化について、’14年8月21日に行われた本作の完成報告会見でこのように語った。「映画になるのは嬉しいです!映画を拝見したら、もの凄い映画になっていて度肝を抜かれました。女性は言い訳したくなると思うのですが、この映画はそんなことしないですし、個人の正義もないんですよね。これを作り上げた監督はすごいです!良いことは起きないけれど、観たあとは爽快な気分になります。私には書けないです(笑)」。そしてプレス向け資料に、このようにコメントを寄せている。「この映画をかっこいいと思ったのは、私たちの生きる現実ではつねに押しつけられる二つのことが、みごとに排除されているからだ。それは、原因と正義。梨花は、夫に不満があって家の外に目を向けたのではないし、孤独だから横領したのではない。彼女はただ恋に落ちた。その恋は、梨花にとっては有料だった。それだけのこと。因果応報の「因」を描かずして、この説得力はすごい」。
 個人的にふと思うのは、吉田大八監督作品では、女性の切迫した状況や心理を描くのに、同性から観ても不思議と嫌悪を感じさせないのは、作り手が女性を見下していないからではないだろうか。そして吉田監督は、どこか人外のものを感じさせる情感や顛末をしかと映し出すことに長けているのでは、とも思う。羽虫が火に飛び込んで焼け落ちるような“破滅”への抗いがたいなにか。登場人物たちに共感できる面はあまりなくとも、不思議と引き込まれる作品である。

作品データ

紙の月
公開 2014年11月15日公開
丸の内ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2014年 日本
上映時間 2:06
配給 松竹
原題 Pale Moon
原作 角田光代
監督 吉田大八
脚本 早船歌江子
出演 宮沢りえ
池松壮亮
大島優子
田辺誠一
近藤芳正
石橋蓮司
小林聡美
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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