博士と彼女のセオリー

車椅子の天才物理学者S・ホーキング博士の実話をもとに
その半生と彼を支えた妻ジェーンとの逸話を描く
ゆるぎない意思、愛と信頼を映すヒューマン・ドラマ

  • 2015/02/20
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博士と彼女のセオリー©UNIVERSAL PICTURES

「車椅子の天才物理学者」として知られるイギリスの理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士の実話をもとに、彼の半生と妻ジェーンとの逸話を描く作品。出演は映画『レ・ミゼラブル』のエディ・レッドメイン、『アメイジング・スパイダーマン2』のフェリシティ・ジョーンズほか。監督は第81回アカデミー賞にて長編ドキュメンタリー賞を受賞した『マン・オン・ワイヤー』のジェームズ・マーシュ。
 21歳でALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し余命2年の宣告を受けながら、身体的なハンデをものともせずに理論物理学者として大きな成功を収めた背景には妻の献身的なサポートがあった。美談というだけではなく、人の弱さやことの成り行きなど、どうしようもないことも含めて進み続けることこそ人生、という深みを感じさせるヒューマン・ドラマである。

1963年イギリス。ケンブリッジ大学の大学院で理論物理学を研究するスティーヴン・ホーキングは、同大学で中世スペイン詩を学ぶ女性ジェーンと出逢い、付き合い始める。そして自身の研究テーマを宇宙論として見出し始めた頃、体調不良を感じて検査を受けると、「脳からの命令が神経に伝わらなくなる運動ニューロン疾患で余命2年」と宣告される。ショックで引きこもるスティーヴンをジェーンは励まし、その後2人は結婚。長男ロバートが生まれた後、スティーヴンは「時空の特異点」に関する論文を執筆し、博士号を取得。スティーヴンの病は進行し、2人目の子どもルーシーが生まれた頃には、車椅子の生活になっていた。そして1974年、スティーヴンは「ブラックホールの消滅」を提唱したホーキング放射の理論を発表。科学雑誌ネイチャーの表紙となり注目を集めるなか、ジェーンは2人の子どもの養育とスティーヴンの介護に追われ、心身ともに自分ひとりですべてをこなすことに限界を感じていた。

1998年に発表された著書『ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで』は世界で1000万冊の売上となり、このテーマの書籍としてベストセラーとなっているホーキング博士。この映画では、現代ほど医学や介護の内容が発展していない約50年前から、文字通り彼の手足となりサポートし続けたジェーンとの歩みが描かれている。
 「どんなに困難な人生でも、命ある限り希望はある」という博士の意思、これが伝えたい、というポイントが明快に伝わってくるところが素敵だ。原作はジェーン・ホーキングの回顧録『Travelling to Infinity: My Life with Stephen』であり、内容は当事者の了承のもと、物語としてある程度の調整はなされているだろうし、博士の2番目の妻による虐待疑惑については触れられていない。映画では博士とジェーンの間に、紆余曲折の果てに築かれたゆるぎないものの広がりがとてもまぶしい。

映画化に至るまでには、映像化の権利の取得とジェーンと博士の許諾を、製作者たちは根気よく長い年月をかけて進めたとのこと。もともとは本作の脚本・製作を手がけるアンソニー・マクカーテンが長年ホーキング博士に惹かれ続けていたこと、原作であるジェーンの著書に感動したことがきっかけとのこと。マクカーテンは映画化の可否が不明の時点から脚本を書き始め、ジェーンの家を訪問。ジェーンはその来訪を快く迎え、2人で何時間も話をしたそうだ。
 また本作とは別にホーキング博士自身について知るには、ドキュメンタリー映像としては1991年の『A Brief History of Time』と2013年の『Hawking』、またカンバーバッチ出演による2004年製作のテレビ映画『Hawking(邦題:ベネディクト・カンバーバッチ ホーキング)』、著書では博士が自身の言葉で綴る2013年の『My Brief History(邦題:ホーキング、自らを語る)』などがある。

エディ・レッドメイン

2015年の第87回アカデミー賞にて作品賞など5部門にノミネートされ、主演2人が主演男優賞と主演女優賞にノミネートされている本作。スティーヴン役はエディ・レッドメインが、徐々に体の自由が奪われ苦悩しながらもベストを尽くす姿を表現。抜きんでて優秀でありつつもごく普通の青年として友人たちとケンブリッジの大学院で学び、パブで酒を飲み、自転車に乗り、ガールフレンドとダンスをしていたスティーヴンが、難病ALSとともに生きる姿をしっかりと表現している。ジェーン役はフェリシティ・ジョーンズが、恋人・妻・母・親友・看護師・秘書などの膨大な役割を担い献身的に尽くしながらも、自身の愛や目標を諦めない姿を熱心に演じている。敬虔なクリスチャンであるジェーンと科学を探究するスティーヴンは、互いの思想を尊重しながらも、根本的な部分を否定されかねない面について、一時は許容が容易ではなかったという繊細な心理も2人の間で表現されている。そしてジェーンが通う教会で聖歌隊の指揮者をしているジョナサン役はチャーリー・コックスが、ジェーンの母親役はエミリー・ワトソンが、スティーヴンの父フランク役はサイモン・マクバーニーが、スティーヴンを指導教諭としてサポートするデニス・シアマ役は演じている。

ユニークなのは、レッドメイン自身が名門イートン校からケンブリッジのトリニティ・カレッジに進み、ケンブリッジ大学で芸術史を学び卒業した人物であること。ホーキング博士はオックスフォード大学で奨学金を獲得し卒業後、ケンブリッジ大学の大学院に入学。ALSの発症、結婚、論文の発表などを経てケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジで学位を取得したそうだ。ケンブリッジ大学はホーキング博士にとって、1977〜2009年まで32年間教授を務め、退任後も大学に留まり研究責任者として活動している縁の深い場所で。ホーキング博士とレッドメインは生活環境など正反対の部分もあるものの、撮影でも実際にロケ地となっているケンブリッジに実際に通っていたという肌感覚がある俳優が博士を演じていることは、どことなく面白味がある。

俳優陣の表現が相まって、人々の複雑な関係性が描かれている本作。スティーヴンとジェーン、彼らに関わった人たちにとてもデリケートな時期と状態があったこと。そこを製作者たちもより丁寧に描き、俳優たちが時にはユーモラスに、時には抑えた表現で演じることで、説得力をもって伝わってくる。登場人物それぞれの立場に感情移入しやすく、誰もが苦悩しながらも卑屈になったままでは終わらず、特定の人物を悪役にすることもなく、スタッフやキャストの関係者への敬意と心遣いが感じられる。また夫妻が子どもたちと暮らす家庭のシーンでは、ホーキング博士本人が証明書やメダル、賞状など実物の使用を許可したとのこと。ジェーン本人は現在も、ホーキングと結婚した当時に一緒に住んでいた家で生活していて、スタッフはその家の見学の許可を得て、撮影時に美術セットとして家の内外を再現したそうだ。

フェリシティ・ジョーンズ

原作がジェーンの回顧録であるため女性目線だからか、個人的にジェーンの生きざまに胸を打たれた。博士が昏睡状態に陥り呼吸装置をつけて声を失うか安楽死かという厳しい選択を迫られた時に、自身にとって当時の生活は限界の状態にあり、私的な意味でほかの選択肢もあるなか、彼の命は世界に必要、という判断を迷いなく即座に下す強さと正しさにはある種の凄味があり、強くゆさぶられるものがある。
 さらにジェーンが第二の人生を歩み、自身でも中世スペイン詩で博士号を取得、長年教鞭をとったのちに現在は執筆活動をしているというところもまた(そういう意味ではジェーンも「ホーキング博士」だか、この記事で「博士」はスティーヴンとする)。こうして彼女自身も、ホーキング博士の「どんなに困難な人生でも、命ある限り希望はある」という意思を体現しているところが、素晴らしい関係だとしみじみと感じる。

エディ・レッドメイン,フェリシティ・ジョーンズ

21歳でALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し余命2年と宣告を受けてから52年、73歳の今も精力的に活動し続けているスティーヴン・ホーキング博士。博士が理論物理学者として究め、世界的に認められる存在となるには、大きな支えがあったという事実について。
 ケンブリッジでの撮影では、ホーキング博士本人がメイ・ボール(公式舞踏会)のシーンの撮影を見学したとのこと。ジェーンとの子どもであるルーシーとティモシーも見学に訪れたそうだ。ジェーン本人は現在の夫であるジョナサンと一緒にメイ・ボールの撮影を見学したとのこと。またジェーンはホーキングとの思い出のあるケンブリッジのいろいろな場所へ製作者たちを案内したとも。また、2014年にホーキング博士が娘ルーシーと共著で子ども向けのSF本『George and the Unbreakable Code』を発表したことも話題となった。さまざまなことを経て、彼らなりのセオリーによっていい関係を築いているホーキング一家。その研究や創作の源となる大切なことを垣間見るかのような滋味深い作品である。

追記:2015年の第87回アカデミー賞にて主演男優賞をエディ・レッドメインが受賞しました。

作品データ

博士と彼女のセオリー
公開 2015年3月13日公開
TOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2014年 イギリス
上映時間 2:04
配給 東宝東和
原題 THE THEORY OF EVERYTHING
監督 ジェームズ・マーシュ
製作・脚本 アンソニー・マクカーテン
原作 ジェーン・ホーキング
出演 エディ・レッドメイン
フェリシティ・ジョーンズ
チャーリー・コックス
エミリー・ワトソン
サイモン・マクバーニー
デヴィッド・シューリス
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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