イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密

2009年に英国首相が謝罪し、2013年に女王が恩赦を発効
第二次世界大戦の終結を2年以上早めたある男の功績とは?
国家機密として英国が50年以上黙してきた事実をもとに描く

  • 2015/03/02
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イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密©2014 BBP IMITATION, LLC

2013年、S・ホーキング博士ら著名な科学者たちの呼びかけにより、英国エリザベス2世女王から死後恩赦が与えられたアラン・チューリングとはどんな人物だったのか。
 出演は映画『スター・トレック イントゥ・ダークネス』のベネディクト・カンバーバッチ、『プライドと偏見』のキーラ・ナイトレイほか。監督はノルウェー出身のモルテン・ティルドゥム、脚本・製作総指揮は本作で2015年の第87回アカデミー賞の脚色賞を受賞したグレアム・ムーア。
 第二次世界大戦下、世界一の数学者を自負するアラン・チューリングは、ドイツ軍の暗号エニグマの解析に挑む政府の極秘任務に志願する。エニグマの解読への挑戦、仲間とのつながり、国家機密扱いとなった経緯について。イギリスが50年以上黙してきた事実、ある天才の知られざる大きな功績と実話をもとにドラマとして描く、ヒューマン・ミステリーである。

1939年、イギリスとフランスがヒトラー率いるドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が開戦。ナチス・ドイツ軍が勢いづくなか、英国政府は機密作戦として英国海軍デニストン中佐の指揮でブレッチリー・パークに優秀な人材を集め、難攻不落のドイツ軍の暗号エニグマ解読にあたらせる。チェスの英国チャンピオン、ヒュー・アレグザンダーをリーダーに、ケンブリッジ大学の特別研究員で天才数学者を自負する27歳のアラン・チューリングら6人のメンバーでチームとなるが、自信家で人付き合いに興味のないチューリングは1人で仕事をしたいと訴え、メンバー内で孤立。メンバーたちが奇襲作戦やUボート情報の暗号文の分析を試みるなか、チューリングは1人で独自の解析マシンを作り始める。
 暗号を一向に解読できないまま1年が過ぎ、チームに女性メンバーのジョーン・クラークが新たに加入。優秀で女性としての柔軟性をもつジョーンは、性別にとらわれずに彼女の能力を認め高く評価するチューリングと親しくなり、2人ともほかのメンバーと徐々に打ち解け、チームが一体となってゆく。そしてふとしたきっかけでエニグマ解読を成し遂げるが……。

暗号エニグマの解読に挑み、第二次世界大戦の終結を2年以上早め、1400万人以上の命を救ったといわれるアラン・チューリング。その他者を寄せ付けない気性、少年時代の思い出、当時は違法だった同性愛者だったことから冷遇され追い詰められていったことについて。劇中には史実を脚色した部分もあり、チューリングの功績と名誉の回復をわかりやすく広く知らしめる仕上がりになっている。
 本作は2011年に脚本が完成した段階でハリウッドの注目を集め、未製作の脚本人気投票“ブラックリスト”にて史上最高得点で1位に選出。2015年の第87回アカデミー賞にて、本作で脚本・製作総指揮をつとめたグレアム・ムーアが脚色賞を受賞したことが話題となっている。

ベネディクト・カンバーバッチ

アラン・チューリング役はカンバーバッチが熱演。これまでにBBC製作による'04年のテレビ映画『ベネテクト・カンバーバッチ ホーキング』でホーキング博士を、BBCドラマ『SHERLOCK(シャーロック)』シリーズでホームズ役などを演じ、実在する人物から小説のカリスマを含めてイギリスが誇る“天才”を演じてきた彼が、今回も独特の存在感で演じている。暗号解読チームの女性メンバー、ジョーン・クラーク役はナイトレイがチューリングのよき理解者として好演。当時は違法だったためにゲイであることを隠し、必要以上に人と関わらないように生きるチューリングと、女性というだけで優秀でも学位すら認められない社会を窮屈に感じるジョーンが、互いに理解し合い心理的に結びつくことはよくわかる気がする。最初にチームリーダーに選ばれたチェスの英国チャンピオン、ヒュー・アレグザンダー役はマシュー・グードが、傲慢な英国海軍のデニストン中佐役はチャールズ・ダンスが、のちにチューリングらをサポートするMI6のスチュアート・ミンギス役はマーク・ストロングが、それぞれに演じている。

原作はイギリスの数理物理学者ホッジス・アンドルーの著作『エニグマ アラン・チューリング伝』。アンドルー氏は数学者、宇宙物理学者、理論物理学者であり、ロジャー・ペンローズの共同研究者としてツイスター理論の発展に寄与した人物とのこと(ペンローズは1963年にホーキング博士とともにブラックホールの特異点定理を発表したことでも知られる)。また1970年代からゲイ解放運動の活動家としても知られているそうだ。当時は禁じられていた同性愛者だったチューリングの苦悩、理解者との交流について大げさになりすぎず繊細に描かれていることは、アンドルー氏の著作がもとにあるからこそのことだろう。

脚本家ムーアはチューリングについて、「スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツからも崇拝されるコンピューターの初期の発明者として敬愛している」とコメント。1930年代に彼が生み出した“チューリングマシン”の概念は現代のコンピューターの原型といわれ、チューリングの発明した暗号解読機“bombe”は、現在もイギリスのブレッチリー・パークで見学できるとのこと。本作の美術スタッフは実際に本物を見て、劇中の暗号解析マシン“クリストファー”として忠実に再現したそうだ。
 チューリングは戦後、電子式のコンピューター(ACE)の開発、現在の人工知能のもととなる研究を行い、近年はそのさまざまな功績が再評価されている。1952年にある事件をきっかけにゲイであることが露見し、当時のイギリスでは違法だったことから逮捕。ケンブリッジの天才教授が同性愛者として逮捕、というスキャンダルにより社会から批判され追い込まれ、1954年に自殺。享年41歳で他界した。1970年代にはチューリングらの暗号解読についての本が出版され、'80年代には戯曲となり舞台化、'99年にタイム誌の「20世紀の最も影響力のある100人」にチューリングも選ばれ、知る人ぞ知る存在に。2009年にはチューリングを同性愛で告発したことについて、イギリスのブラウン首相が政府を代表して正式に謝罪。'13年にはエリザベス2世女王により死後恩赦が発効されたことにより、チューリングの功績と存在が広く知られるようになったそうだ。

キーラ・ナイトレイ,ベネディクト・カンバーバッチ

ティルドゥム監督は本作についてこのように語っている。「チューリングは、ひどく不当な扱いを受けたが、自分の理想を曲げようとはしなかった。彼の勇気ある行動のおかげで、世の中はそれ以前よりはマシになった。これは、他人とは異なる個性への敬意と、規範に従わず異なった考え方をする人たちを受け入れることが、いかに大切であるかを伝えるきわめて重要な物語だ。だから、この映画も単なる時代劇ドラマではなく、もっと大きくてずっと意義深いものなんだ」。
 そして脚本家ムーアは語る。「僕たちはチューリングの功績だけでなく、彼自身と彼の人生を称える映画にしたかった。この映画を観た人たちに難解で複雑な人物を身近に感じてもらえればと思う。僕の目標は、観客にチューリングに対して親しみを抱いてもらい、彼の考えていたことや経験したことに触れてもらうことだった。そして、チューリングがどんなに偉大な人物だったかも理解してもらいたい」。

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製作者が意思をもって作り込み、充実の俳優陣で映画化を実現した本作。近ごろは物理学者や数学者自身を描く『博士と彼女のセオリー』や本作、理論物理学を取り入れた『インターステラー』、少し前だと『博士の愛した数式』『ビューティフル・マインド』などの映画があり、数式や理論を追求していくことをテーマに魅力的な作品が多く制作されている。人の言動も宇宙の仕組みも、つきつめればすべて数式で証明できるという考え方は、意外と面白い。数字に相当な苦手意識をもつ典型的な文系人間の筆者にとっても、数字の自然さと奥深さを感じるから不思議だ。大量の情報が錯綜する現代において、数字には嘘がない、という信仰に近い感覚も気になるところ。数学や物理学をテーマにした映画は今後も大いに楽しみだ。

作品データ

イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密
公開 2015年3月13日公開
TOHOシネマズみゆき座ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2014年 英米
上映時間 1:55
配給 ギャガ
原題 The Imitation Game
監督 モルテン・ティルドゥム
脚本・製作総指揮 グレアム・ムーア
製作 ノラ・グロスマン P.G.A
イド・オストロフスキー P.G.A.
原作 ホッジス・アンドルー
出演 ベネディクト・カンバーバッチ
キーラ・ナイトレイ
マシュー・グード
ロリー・キニア
アレン・リーチ
マシュー・ビアード
チャールズ・ダンス
マーク・ストロング
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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