駆込み女と駆出し男

井上ひさし原案×原田眞人監督×豪華俳優陣
歯切れの良い台詞と鯔背な展開、美しい映像で惹きつける
深みのある人間ドラマにして、真っ当かつ痛快な本格時代劇!

  • 2015/05/01
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駆込み女と駆出し男© 2015「駆込み女と駆出し男」製作委員会

井上ひさしが晩年に11年かけて執筆した時代小説『東慶寺花だより』をもとに、映画『わが母の記』の原田眞人監督が魅力的な俳優陣を迎えて映画化。出演は現在NHK連続テレビ小説『まれ』に出演中で、原田監督が自ら直接「ぜひ主役を」とオファーしたという大泉洋、2015年の映画『エイプリルフールズ』ほか映画やドラマの注目作への出演が続く戸田恵梨香、2014年のドラマ『ごめんね青春!』の満島ひかり、そして堤真一、樹木希林、山ア努、内山理名、陽月華、キムラ緑子、木場勝己、神野三鈴、武田真治らが顔をそろえる。
 江戸時代後期、離縁を求める女たちが駆け込む幕府公認の縁切寺、鎌倉の東慶寺を舞台に、男と女のありていな事情、男尊女卑の時代に自分の意思をもちたくましく生きる女たちの姿を生き生きと描く。自然に惹かれ合う素朴な男女、濃い情念で結びつく男と女、浮世のあれやこれやの行き着く先は?歯切れの良い台詞と展開、美しい映像で惹きつける、深みのある人間ドラマにして、真っ当かつ痛快な本格時代劇である。

天保十二年(1841)、老中・水野忠邦による天保の改革の最中。質素倹約令により庶民の暮らしに暗い影が差し始めた頃。日本橋の唐物問屋・堀切屋の主(あるじ)・三郎衛門の愛人お吟は、いつもの気怠い様子で何かの支度(したく)を着々とし始める。一方、七里ガ浜の浜鉄屋に嫁ぎ、夫と家業に献身的に尽くしてきたじょごは、今日もたたら場で鉄を練り、顔に火ぶくれを作りながらも腕のいい職人として働いている。が、仕事もせずに愛人宅に入り浸る夫の重蔵から殴られ、「人三化け七(にんさんばけしち)」と罵られ、重ね重ねの仕打ちにたまりかねたじょごは、東慶寺へと泣きながら向かう。

原田監督による脚本と映像や音などの演出の妙と、俳優陣の好演が相まって、上映時間2時間23分と長めながら飽きさせることなくグイグイと展開に引き込んでゆく物語。トリッキーなことをしているわけではないのに(音楽や衣装を現代的にアレンジするとか映像にCGを多用するとか)、“海外から好まれる本格的な和のスタイル”というモダンな感覚を感じさせるのは、ロサンゼルスと日本を行き来している原田監督の成熟したセンスによるものだろう。
 台詞はべらんめえ口調の江戸言葉をメインに早口で歯切れよく、独特の抑揚と節回しによる登場人物たちの丁々発止のやりとりがなんとも愉快だ。雰囲気づくりや盛り上げを音楽に頼ることなく、余計なサウンドはそぎ落とされ効果音が研ぎ澄まされ、なるべくその当時にある音を際立たせて用いているところも素晴らしい。三味線、衣ずれ、雨だれ、川の流れ、鋤や鍬で土を耕し、床を踏み鳴らし、煙草の管で火鉢の端を打ち、木刀や真剣で打ち合うといった、自然や人が動きの中で発する音、主に人物の歌声がBGMになっているところがとてもオーガニックだ。
 台詞や映像について、2015年2月18日に行われた完成報告会見にて樹木氏はこんなふうにコメントしている。「小津安二郎監督作品での原節子さんも非常に早くしゃべっていますよね。時代劇といってもその時代の庶民の日常を描いていて、ちょっといやらしいシーンがあるから小学生には見せられないかもしれないけど、勉強になると思いました。見て損はありません。みんな画がきれい、画がきれいって言うけどこれは監督の腕ですからね。それでね、原田監督のすごいところは低予算でもお金をかけたかのように作るんですよ。この作品は私の好きな映画です」

戸田恵梨香,満島ひかり

戯作者に憧れながらも見習い医者をしている中村信次郎役は、大泉洋が明るく率直に。優柔不断さや情けなさがありながらも熱心で勉強家、追い詰められ重要な局面となると勢いまかせで鯔背に乗り切る性分を生き生きと魅力的に演じている。信次郎は時には冒頭のシーンのように後先無しに弱者に助け船をだし、時には状況を正確に読みつつもギャンブルのごとく出たとこ勝負で一か八かの賭けにでる。橋本じゅんが演じるやくざの親分を流れるような口八丁で丸め込むなど、知恵者の頓智の勝利、というところが心憎い。鉄練りのじょご役は本格的な時代劇は初となる戸田恵梨香が純真に。無学ゆえに虐げられ蔑まれてきたじょごが、清廉な環境で学び始めた途端にすくすくと賢く成長し、周囲に尽くし愛し愛され、一気に花開くさまがとても美しい。いじめを倍返しで返り討ちにする姿も爽快だ。信次郎が初めて会った時からじょごの心根に惹かれ、アプローチしたいけどどうしたものかとまごつくところも、じょごがさっと文を渡しリードするところも好い。
 堀切屋の愛人お吟役は満島ひかりがどこまでも徒(あだ)っぽく艶(つや)めいて粋に。まゆなしお歯黒姿も堂に入り、いざという時には絶妙に一喝を入れる姿に胸がすく。じょごとお吟はまったく正反対の存在ながら、姉妹のように深く結びつき、まるで『アナと雪の女王』のような感動的な姉妹モノの側面も。
 三代目・柏屋源兵衛という男名をもつ信次郎の叔母役は樹木希林が、ユーモラスかつ度量が広い大物として。離縁を求める女たちに聞き取りを行う御用宿・柏屋の主でありベテランの離縁調停人として采配を揮うその姿には、えも言われぬ説得力と存在感がある。
 堀切屋三郎衛門役を堤真一がハマリ役で荒っぽくも色っぽく情熱的に、『南総里見八犬伝』で知られる晩年の滝沢馬琴役は山ア努が穏やかな威厳を漂わせ、夫を惨殺した男に凌辱され強制的に結婚させられた武家の娘・ゆう役は内山理名が凛として。そして規律に厳しくも必要とあらば大らかに女たちを見守る東慶寺の院代・法秀尼役に陽月華、柏屋の番頭の妻お勝役にキムラ緑子、夫の番頭役に木場勝己、東慶寺で妊娠騒動を起こすおゆき役は映画初出演の神野三鈴、じょごに無体な仕打ちをする夫役は武田真治、円覚寺の和尚で東慶寺の医師がわりも担う清拙役は麿赤兒、東慶寺の取り払いを目論む町奉行役に北村有起哉、東慶寺の寺役人役に山崎一、じょごの祖父役は中村嘉葎雄ほか、充実の役者陣が演じている。

2015年4月27日に行われたプレミア試写会で大泉氏が撮影時のエピソードとして、「だいたい皆で樹木さんの話を聞いていました。でもブラックな話ばかりでここでは内容は言えません!」と笑顔でコメント。樹木氏を中心に円満な現場だったようだ。また樹木氏の会見時のコメントは面白く素晴らしく、この記事でもたくさんご紹介させていただく。前述の完成報告会見で樹木氏は役者陣について、こんなふうに称えている。「大泉さんはもちろん、ここにいる若い3人(戸田、満島、内山)が力量以上のものを発揮していて感心いたしました」

大泉洋,戸田恵梨香

また男女の関係と本作のテーマのひとつにある縁切りについて、樹木氏は前述の会見時にこんなふうにコメントしている。「男女の縁は結ぶのは簡単なんですが切るのは難しいんです。この映画に出てくる3人が行動を起こせたのは、子どもがいなかったからというのも大きいと思います。この3人は自分もうんと傷ついて、自分を犠牲にして駆込むんです。それが現代とはちょっと違うかもしれない」
 原田監督は170年以上前の時代を生きた人々を描く本作について、4月17日に福岡で行われた試写会舞台挨拶にてこのように語っている。「今どんどん時代が息苦しくなっていき、現実に大変な問題を抱えている方も多いと思います。この映画で描かれる人々は、もっと過酷な時代を生きて虐げられた人々です。その人たちがどれだけ健気に連帯を築いて、時代の過酷さをたぐっていったか。そういうものをひとつのエネルギーにして、世の中を少しでも良くするために生きていけたらと思っています。時代劇に慣れない方もいるでしょうが、本物の時代劇の中の、本物の日本人がかつて作り上げたいろんな文化が見られます」
 また監督は12年前、トム・クルーズ主演によるハリウッド版の時代劇『ラストサムライ』に俳優として出演したものの、監督として自身が時代劇を手がけるのは今回が初とのこと。「時代劇をやりたいと思い、15歳から映画監督を目指してから50年たってようやく夢が叶いました。感無量です」と語っている。

本作のロケーションについて原田監督は、「『ラストサムライ』の撮影で姫路の圓教寺というお寺に巡り合いまして、今回の東慶寺のメインのロケーションとして使わせてもらっています」とコメント。また4月17日に福岡で行われた試写会舞台挨拶にて、監督は今回の撮影についてこのように語っている。「かなりこだわってロケーションを選んでいます。画の美しさ、空気感、空間的に素晴らしいところばかりです。この映画には、ある種のユートピアみたいな場所がでてきます。すごく良い環境が日本のいろんなところにまだまだ残っているんだな、と撮影しながら感じました。東慶寺の設定で圓教寺と、京都の東福寺やいろんな場所を組み合わせています。一目見て恋に落ちるような寺社仏閣ばかりでした」

武家の娘ゆうの落とし前の顛末はなかなか過激ながらも、全体としてある種の女性賛歌としての魅力が、さわやかに燦々と輝く本作。ラストにはじょご、お吟、ゆう、駆け込み女3人の落とし前がきっちりついて。戯作者を目指しながらも自信がもてずにぐずぐずしている駆け出し男こと信次郎が踏み出す場面では、原案の井上ひさし氏にもこういう瞬間があったのかしらとか想像したり。井上氏も原田監督も心から女性を敬愛し尊重し応援している、その感覚が染み入るように伝わってきて、観た後は個人的に筆者も女性として心がほかほかと温まった。

駆込み女と駆出し男

最後に4月24日に大阪で行われた舞台挨拶付き先行上映会にて、原田監督が語った本作に込めた思いとメッセージをご紹介する。
 「僕自身映画を作っていくなかで、逆境を生き抜く、つらい思いや悲しい思いをした人たちが生きていくというドラマにすごく惹かれます。江戸時代の女性は、生きているだけで虐げられていたところもあり、またその一方で大泉さん演じる戯作者は男ですが弾圧を受けている、いまの時代とどこか通じるところもありますね。戸田さん、満島さん演じる女性たちは本当につらい思いをしながら、自分の道を切り開くために努力し、女性たちの連帯でそれを勝ち取っていく。今を生きて闘う女性たちや、弾圧に耐えながら自分の道を切り開いていく男の物語を見てもらい、すがすがしい気分で劇場を出て、見た皆さんの明日の力になるような作品になればと思います」

作品データ

駆込み女と駆出し男
公開 2015年5月16日公開
丸の内ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 日本
上映時間 2:23
配給 松竹
脚本・監督 原田眞人
原案 井上ひさし
出演 大泉洋
戸田恵梨香
満島ひかり
内山理名
陽月華
キムラ緑子
木場勝己
神野三鈴
武田真治
北村有起哉
橋本じゅん
山崎一
麿赤兒
中村嘉葎雄
樹木希林
堤真一
山ア努
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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