黄金のアデーレ 名画の帰還

ユダヤ系の裕福な家族と名画がたどった足跡とは。
シニア女性と新米弁護士がクリムトの絵画の返還を求め、
オーストリア政府を訴えた裁判の背景と経緯を描く

  • 2015/11/27
  • イベント
  • シネマ
黄金のアデーレ 名画の帰還©THE WEINSTEIN COMPANY / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ORIGIN PICTURES (WOMAN IN GOLD) LIMITED 2015

オーストリアを代表する画家のひとりグスタフ・クリムトの傑作≪アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I≫の所有をめぐる実話をもとに映画化。出演は2006年の『クィーン』でアカデミー賞主演女優賞を受賞したヘレン・ミレン、映画『あなたは私の婿になる』のライアン・レイノルズ、『ラッシュ/プライドと友情』のダニエル・ブリュール、『バットマン ビギンズ』のケイティ・ホームズほか。監督は『マリリン 7日間の恋』のサイモン・カーティス、脚本は本作が映画脚本家デビューとなる、もと俳優で劇作家のアレクシ・ケイ・キャンベルが手がける。
 クリムトの名画の返還を求め、オーストリア出身でアメリカ在住の女性マリアがオーストリア政府を訴え……。ユダヤ系の裕福なある家族と名画がたどった足跡とは。2000年の訴訟から'06年の結審まで、その裁判の準備から背景も含めて描くドラマである。

1998年のロサンゼルス。小さなブティックを切り盛りし、夫亡きあとも一人で溌剌と生きるマリア・アルトマン82歳。彼女は亡くなった姉ルイーゼの遺志を継ぎ、ナチスに没収された伯母アデーレの肖像画の返還を、故郷のオーストリア政府に求めようと心に決める。友人の息子で新米弁護士のランディ・シェーンベルクに相談するも、高い弁護料は払えないことから最初は断られる。が、その肖像画の評価額が最低でも1億ドルと知ったランディは、所属する会社から1週間だけトライする許可を得て、マリアとランディは準備を開始。そしてオーストリアのウィーンに赴き、伯母の遺言書を探し当て伯父の遺言とすりあわせて、1999年にオーストリアの審問会に新たな証拠書類として提出。しかし返還が拒否され、マリアとランディは一度あきらめるも、2000年にアメリカの裁判としてオーストリア政府を相手に絵画の返還を要求する訴訟を起こす。

ヘレン・ミレン,ライアン・レイノルズ

シニア女性と新米弁護士が一国の政府を相手に訴訟を起こす、という実話をもとに、その裁判の背景と経緯、結審までを描く本作。
 元気なマリア役はヘレンがはきはきと好演。迷い悩み、過去に思いをはせながら裁判に臨む姿を丁寧に表現している。オーストリア出身の著名な音楽家アルノルト・シェーンベルクの孫でありながら、自身は弁護士として伸び悩むランディ役はライアンがひとりの男性として成長してゆくさまを実直に、子育てをしながら夫の挑戦を見守るランディの妻役をケイティがしっかり者として、それぞれに演じている。またダニエル・ブリュールが演じたオーストリア人ジャーナリストのフベルトゥス役は、ある立場にあった実父をもつオーストリア人として、今の自分はどう生きるか、と真摯に向き合う姿に考えさせられる。ダニエルは語る。「人生の大半をドイツで過ごしたから、その問題は常に興味深いものだった。なぜそのようなことが起きたのか?一般市民はどこまで知っていたのか?具体的に何が起きていたのか? 僕らの世代は今でも罪悪感と向き合っている。だからこそ、この役に深く共感できたんだ」

撮影は、ロンドン、ロサンゼルス、ウィーンで行われた。なかでもカーティス監督が綿密なリサーチを重ねたウィーンでは、市庁舎からナチスの象徴である卍の旗を垂らしてウィーンの群衆が歓待した、ナチスのオーストリア併合の際の侵攻を再現。今回の撮影について、ウィーン市民が温かく迎えてくれたことに感謝していると監督は語る。「僕たちはこの国の最大のトラウマを再現しようとしていた。ナーバスな問題なのに、ウィーンの人々はとても協力的だった」

ヘレン・ミレン

結審後にどうなったかというと。2006年1月17日にマリアへ5枚の絵画の返還が決定し、5枚の絵画はロサンゼルスに展示された後オークションにかけられるなどし、個人の収集家たちに売却されたとのこと。
 ≪アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I≫は、「誰もが鑑賞できるよう、常時展示すること」というマリアの条件のもと、ロナルド・ローダー氏に1億3500万ドル(約156億円。美術史上でも高額な取引として上位にあげられる)で買い取られ、ニューヨークのノイエ・ギャラリーに現在も展示されているそうだ。(ロナルド・ローダー氏はアメリカのもと駐オーストリア大使で、エスティ・ローダー氏の息子であり、アメリカの会社エスティ・ローダー・カンパニーズの現会長。ローダー家は東欧系ユダヤ人の家系)
 そしてマリアは2011年に94歳で他界。弁護士のランディはその後、美術返還の弁護を多く引き受けるようになり、それを専門とする会社を設立。またロサンゼルスにホロコースト博物館を設立する活動を熱心にしているとも。本作の製作は脚本の段階からランディ本人の協力を得たそうで、脚本家のキャンベルは複雑な法的権利について詳しく説明してもらったそうだ。

ライアン・レイノルズ,ヘレン・ミレン

ナチスが略奪した美術品を持ち主に返還する、という内容は映画『ミケランジェロ・プロジェクト』でもテーマとなっていて。奪われた誇りを取り戻すこと、故郷に残した家族への贖罪、個人対政府であっても裁判は成り立つということ、不当な略奪は認められないという裁判結果を高らかに知らしめること、自身のルーツと民族の歴史を受け入れ行動することなどなど。当事者や関係者の切々たる思い、史実や歴史的な背景が伝わってくるなか、部外者であるいち観客としてはどうもモヤッとしたものも個人的にすこしだけ。60年以上大切に展示され人々に親しまれていた絵たちはそれで幸せなのか、実際の絵画の持ち主だった伯父の意思はそれで尊重されていたのかな、とか。
 とはいえ歴史や芸術の流れの前には、人のいっときの感情など近視眼的なことに過ぎないのだろうな、とも。芸術作品はその魅力や価値、背負っているものゆえに国や持ち主の間を動いてゆくもの、ということはそうだろうなと思うので、それらの絵画たちが動く時となり動いていったのだろうな、と。マリアが提訴した裁判とその結末、そしてこの映画について、あなたはどう思うだろうか。

作品データ

黄金のアデーレ 名画の帰還
公開 2015年11月27日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 アメリカ・イギリス共同制作
上映時間 1:49
配給 ギャガ
原題 WOMAN IN GOLD
監督 サイモン・カーティス
製作 デヴィッド・M・トンプソン
脚本 アレクシ・ケイ・キャンベル
出演 ヘレン・ミレン
ライアン・レイノルズ
ダニエル・ブリュール
ケイティ・ホームズ
タチアナ・マズラニー
マックス・アイアンズ
チャールズ・ダンス
アンチュ・トラウェ
エリザベス・マクガヴァン
ジョナサン・プライス
フランシス・フィッシャー
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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