母と暮せば

原爆で死んだ青年が3年後、母親のもとに現れて…
先立った者と遺族の思いを描き、戦後間もない頃の様子を
今に伝える、山田洋次監督初のファンタジー作品

  • 2015/12/04
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母と暮せば©2015「母と暮せば」製作委員会

「井上ひさしさんと一緒に書くつもりで」脚本を完成させた、と山田洋次監督が語る母と息子の物語。出演は山田監督作品『母べえ』『おとうと』の吉永小百合、『硫黄島からの手紙』『大奥』の二宮和也、『小さいおうち』の黒木華、『岸辺の旅』の浅野忠信、舞台を中心に活動し映画出演は1988年の『椿姫』以来となる加藤健一ほか。
 長崎でひとり暮らしをしている伸子のもとへ、ひょっこりと息子の浩二が現れる。彼は3年前、1945年8月9日に投下された原爆で自分は死んだ、と母に語り……。愛する人たちを残して死んだ青年、生きている人たちの思い、これからのこと。山田洋次監督初のファンタジー作品であり、戦後間もない頃の長崎の町や人々の様子を今に伝え、先だった者や遺族の心情を描く作品である。

1948年8月9日、長崎。伸子のもとへ3年前に原爆で他界したはずの息子・浩二が現れる。母さんが自分のことを諦めたから現れることができた、と語る浩二は、伸子と他愛ない話をしてゆったりと過ごす。母は息子に、当時結婚の約束をしていた浩二の恋人・町子が、この3年ずっと伸子を気にかけ家を訪れていたことも話す。そして町子の心もちを嬉しく思いながらも、彼女のためには新しい相手と幸せになるべきと思っていることを、浩二にも伝えるが……。

加藤健一,吉永小百合

作家の故・井上ひさし氏が広島を舞台にした戯曲『父と暮せば』と対になるよう、長崎を舞台にした『母と暮せば』という物語を書きたい、と生前に氏が話していた、と三女の井上麻矢さんから山田監督が聞いたことから企画が始まった、という本作(『父と暮せば』は2004年に黒木和雄監督が映画化)。山田監督はこの映画の製作について、2015年に公開することについて、このように語っている。
 「50年以上の間、たくさんの映画を作ってきましたが、終戦70年という年にこの企画に巡り合ったことに幸運な縁と運命すら感じています。井上ひさしさんが、『父と暮せば』と対になる作品を『母と暮せば』という題で長崎を舞台につくりたいと言われていたことを知り、それならば私が形にしたいと考え、泉下の井上さんと語り合うような思いで脚本を書きました。生涯で一番大事な作品をつくろうという思いでこの映画の製作にのぞみます」

2人の息子を亡くした母・伸子役は吉永小百合がのこされた者の気持ちと生活を丁寧に表現。原爆で死んだ浩二役は二宮和也が母や恋人を大切に思う青年として、浩二と結婚を約束していた町子役は黒木華が健気な女性として、町子が新たに出会う同僚の男性・黒田役は浅野忠信が、伸子のもとにヤミ物資を届けに来る“上海のおじさん”役は加藤健一が、それぞれに演じている。

浅野忠信,黒木華

死んだ息子と遺族となった母親と恋人、それぞれの思いと物語の結末のみをとらえて観ると、こうした時の心情は人それぞれにあるものなので賛否がわかれるだろう。たとえば筆者もこの映画の展開と結末のすべてがしっくりくるかというと、共感できずに違和感をおぼえる面も個人的にある。ただそこは表現のひとつとして受けとめて、戦後間もない頃の様子、当時の暮らしぶりや支え合う人たちのあたたかさ、懸命に生きる人たちの姿を伝えるところはすばらしいなと。
 山田監督は美術セットはもちろん、帽子や鞄など小道具、役者たちのふとしたしぐさにいたるまで、時代を表現したいと気を配ったとのこと。当時は貴重だった卵の持ち方、下駄の切れた鼻緒の結び方、ヤミ物資が出回る食糧事情などから、物質的に豊かとはいえない時期に助け合って暮らしていた人たちの生活ぶりがよく伝わってくる。

この物語のエピソードには、当時に長崎医科大学の学生だった土山秀夫元長崎大学学長の「憲兵から息子を連れ戻す母」といった氏の実体験、作家・夢野久作の息子でありもと軍人で、戦後はインドの緑化に寄与した杉山龍丸氏のエッセイ『ふたつの悲しみ』のエピソードを参考に取り入れているとのこと。そのほか浩二役のモデルのひとりとして、1945年に若くして戦死した日本の詩人・竹内浩三氏もあげられている。

吉永小百合

音楽は山田監督作品に初参加となる坂本龍一氏が手がけ、全26曲を制作。この映画のエンドロールに流れる合唱曲「鎮魂歌(レクイエム)」は、広島県生まれの詩人で小説家の原民喜の代表的な著書『夏の花・心願の国』に収められている詩「鎮魂歌」に曲をつけたもの。山田監督は原爆への思いと未来への希望と力強い意志が込められたこの詩に魅せられ、この詩に曲をつけてほしいと坂本龍一さんに依頼したとのこと。坂本氏は「長崎の原爆の犠牲になった人の物語、そういったテーマであり、そもそも山田さんと吉永さんに頼まれて断れるわけがない」とコメントしている。

2015年8月12日に行われたクランクアップ会見にて、吉永さんはこのようにコメント。「(2015年)8月9日に監督と一緒に平和祈念式典参加させていただきましたが、被爆者の方、そして長崎市民の方々から“核兵器は使ってはいけない”という強い想いを感じました。ここにいらっしゃる二宮さん、黒木さん、浅野さん世代や、10代の方々もそうですが、この映画を観て70年前に何が起こったのか、未来に向かって何をしなくてはいけないかを感じとってもらえたら、これ程までに嬉しいことはありません」
 この会見の最後には、平和を祈念するランタンと大きな折鶴が登場。直筆で書かれたメッセージは、山田監督は折鶴に【反核】、ランタンに「せめてこの国が道理の通る国であってほしい 僕たちの国は」、吉永さんは折鶴に【核のない世界を祈って】、ランタンに「『戦後』がいつまでもいつまでも続いてほしい 核兵器をなくして!」と。
 山田監督はこの会見で作品について、このように語った。「原爆経験者が減る中、その記憶をそして平和の願いを後世に伝えていかなければいけないし、生きているうちにやるべきことだと思います。『母と暮せば』は母と子の愛情、悲しい恋の話ですが、映画を通して平和について考えてもらいたいですね」

作品データ

母と暮せば
公開 2015年12月12日より丸の内ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 日本
上映時間 2:10
配給 松竹
監督・脚本 山田洋次
音楽 坂本龍一
脚本 平松恵美子
出演 吉永小百合
二宮和也
黒木華
浅野忠信
加藤健一
広岡由里子
本田望結
小林稔侍
辻萬長
橋爪功
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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