完全なるチェックメイト

ロックスター並の人気を誇った実在の天才チェスプレイヤー
その輝かしい栄光と常軌を逸した舞台裏とは?
集中力の極限を知る者たちの世紀の対局を描く人間ドラマ

  • 2015/12/11
  • イベント
  • シネマ
完全なるチェックメイト©2014 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. Photo Credit: Tony Rivetti Jr.

アメリカでロックスター並の人気を誇った天才にして奇人、わがままで気まぐれな稀代のチェスプレイヤー、ボビー・フィッシャーの半生を描く物語。出演は『スパイダーマン』シリーズのトビー・マグワイア、『ウルヴァリン:X‐MENZERO』のリーヴ・シュレイバー、『リンカーン』のマイケル・スタールバーグ、『フライトプラン』のピーター・サースガード、舞台と映画で活躍するロビン・ワイガードほか。監督は『ラストサムライ』『ブラック・ダイヤモンド』のエドワード・ズウィックが手がける。
 暴言を吐き無理難題を押し通す、ボビーの常軌を逸した奇行の数々、対局に際しての狂気と紙一重となるチェスプレイヤーの精神状態、大きなプレッシャーと極限まで高められる集中力……。実話をもとにボビーの危うい半生と、“世紀の対戦”と謳われたトップ・チェスプレイヤー2人の対戦を描く。“事実は小説よりも奇なり”を次々と体現するかのようなボビーの言動にハラハラさせられっぱなしの、全編に緊張感が張りつめる人間ドラマである。

ニューヨーク、ブルックリン。共産党員でシングルマザーの母親とやさしい姉と暮らすボビーは気難しい少年で、姉ジョーンがよく面倒を見ている。6歳の時に1ドルのチェスセットを買い与えられたボビーはゲームに夢中になり、8歳でチェスクラブに通い始め、1957年にアメリカ選手権で優勝し14歳でインターナショナルマスターに。この頃、母レジーナの恋人が家に連日入り浸ることをボビーが罵倒したことから母親が家を出ていき、ボビーはますますチェスにのめり込む。そして1958年、当時の史上最年少記録である15歳でボビーはグランドマスターに。しかし1962年、ブルガリアの大会でチェス大国であるソ連のプレイヤーたちが自分に対して不正を行っていると激しく抗議し、試合を放棄して引退を宣言する。
 1965年、やり手の弁護士ポール・マーシャルがボビーの代理人となり、一流チェスプレイヤーであるビル・ロンバーディ神父がセコンドを引き受け、ボビーはカリフォルニアで開催されるソ連選手団との親善大会に参加する。

リーヴ・シュレイバー,トビー・マグワイア

観終わった後に思わず、只人(ただびと)であるありがたさをかみしめる感覚もある本作。15歳で当時最年少のグランドマスターとなり、29歳で厳しいタイトル・マッチを制して世界No.1のチャンピオンになりながらも、3年でタイトルを放棄して流浪の人生を送ったチェスの鬼才、ボビーとはどんな人物だったのか。IQ187というボビーの数字がどれほどのことかというと、東京大学の学生の平均IQが約120、ハーバード大学の学生の平均IQが約130ということからも数値のほどがうかがえる。6か国語を操る知性と各地を転々とした経験があり共産党員である母レジーナが国家から要注意人物としてマークされていたため、ボビーも幼い頃からFBIに監視されていたとのこと。そのうえ10代で家族と決別し孤独になるという状況では、強迫観念を募らせてゆくのも当然で。またボビーのドキュメンタリー映像では、彼のメンターの1人がこのようにコメントしているとも。「(チェスプレイヤーのように)どんな時も150手先を考えるのに慣れてしまい、その認知プロセスが日常生活に入り込めば、誰もがいくぶんパラノイア的になるだろう」

ボビー役はトビー・マグワイアが異彩を放つ天才にして傍若無人な奇人として。派手さはなくても確かな演技で惹きつけるトビーらしく、何をしていてもどこか少しズレて浮くようなボビーの異様な雰囲気がよく醸されている。トビーは本作で製作者としても名を連ね、脚本開発からキャスティングまですべてに関わっているそうだ。
 ソ連チャンピオンのボリス・スパスキー役はリーヴ・シュレイバーが堂々とエレガントに。明るくポップなカリフォルニアの砂浜に、黒スーツのいかついロシア人男性たちがただずむシーンなどまったくそぐわないビジュアルがユーモラスだ。またボビーのエージェントを名乗り出る弁護士ポール役はマイケル・スタールバーグが策士として、ボビーをサポートするロンバーディ神父役はピーター・サースガードが思いやりのある理解者として、それぞれに演じている。ピーターは自身が演じた神父役と実際に共通する面が多かったそうで、このようにコメントしている。「僕は13歳の頃からチェスをやっていたし、敬虔なカトリックの家に育った。チェスのストーリーには常に魅了されてきたけれど、フィッシャーはむろん格別だ。スパスキーとの試合は、僕が小さい頃にチェスに本当に興味を持ったきっかけのひとつだ」

ピーター・サースガード,トビー・マグワイア,マイケル・スタールバーグ

主な撮影はカナダのモントリオールで行われ、クライマックスとなるレイキャビクのシーンの外観や風景は、実際にアイスランドで撮影された。レイキャビクで行われる対局シーンには、1972年にボビーとスパスキーが実際に対局で使用したチェス盤が使われていることも注目だ。ボビーが提示した条件通りの少ない機材で撮影された対局の様子は、じりじりとした対局の様子が伝わってきて見ごたえがある。
 観終わった後にグッタリと脱力するような、こういう作品の何がいったい面白いのかというと。そのひとつには、丁寧に再現されている当時の様子がある。自分の駒を犠牲にする(原題:PAWN SACRIFICE)という思いがけない奥の手に関係者も視聴者もあっけにとられるなか、狂気と隣り合わせの意識をギリギリのところでコントロールして絶対の一手を打っていく、盤上の激しいバトル。ノンフィクションやドキュメンタリー、本物の現実にかなうはずがない、という考えがあるのも知っているものの、背景から当時のことまで熱心に製作しスタッフとキャストたちが真摯に表現しているフィクションの作品にも、また異なる熱さと面白さがあると筆者は思う。劇中でスパスキーが椅子を調べ始めるところなど、観ていてしみじみする感覚も不思議とあったり(すべて理解はできなくともわかる気がするため)。映像は静かなものであるし、肉体的なアクションがあるわけではないのに、精神的な消耗というか気合のぶつかり合いがとてもよく表現されていて、アクション映画で知られるズウィック監督の表現力が、知性と精神力の戦いというチェスの対戦を描く上でもよく伝わってくるところがユニークだ。
 アメリカとソ連の冷戦時下、無敗のチェス王国・ソ連が守っていたチャンピオンの座を、英才教育を受けたわけでもなく自身の才能と努力で29歳のアメリカ人青年が挑み奪取した、という事実をもとにした本作。1972年のこの対局は米ソ両国の大統領たちも自国のプレイヤーたちを密かに後援していたとも。ボビーとスパスキー、本人たちは国家とは関係なくチェス盤に向き合っていても、周囲の政治的な思惑が望まずともついてくる、という背景にも迫力がある。

トビー・マグワイア

この映画についてズウィック監督は、型通りの伝記映画ではないし、ボビー・フィッシャーだけの物語でもない、と語る。「スパスキーを始め、フィッシャーを取り囲む人物たちの心の旅路を描いているんだ」
 そもそもズウィック監督は、ブルックリン出身の青年がソ連の大熊に立ち向かう、という構図に惹かれたとのこと。ボビーという人物についてこのように語っている。「(当時の)ソ連の狙いは、チェスで勝つことによって、自国のシステムが最高だと証明することだった。そこへ一個人で挑んだフィッシャーが、そのシステムを解体したんだ。彼はある意味、最初のパンクヒーローだと思う。気難しくて不遜で、他人の思惑をほとんど気にとめない。多くを要求し、その行動のいくつかは多分に手荒だった。だがあまりに卓越した存在だったから、それらをやり通すことができた。こうした反体制的な人物に、人々が夢中になる文化的風潮ができ始めていた。ここにいるのは、社会と折り合いが悪く、向こう見ずであるにも関わらず、我々の心を惹きつける天才だ」

作品データ

完全なるチェックメイト
公開 2015年12月25日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2015年 アメリカ
上映時間 1:55
配給 ギャガ
原題 PAWN SACRIFICE
監督・製作 エドワード・ズウィック
製作 ゲイル・カッツ
トビー・マグワイア
脚本 スティーヴン・ナイト
出演 トビー・マグワイア
ピーター・サースガード
リーヴ・シュレイバー
マイケル・スタールバーグ
リリー・レーブ
ロビン・ワイガート
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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