ブリッジ・オブ・スパイ

監督・製作スティーヴン・スピルバーグ×主演トム・ハンクス
コーエン兄弟が1950〜'60年代の実話をもとに脚本を手がける
ソ連のスパイを弁護したアメリカ人弁護士のある功績とは

  • 2016/01/04
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ブリッジ・オブ・スパイ© 2015 DREAMWORKS II DISTRIBUTION CO., LLC and TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION.

米ソが対立する冷戦時代、アメリカの軍用機U-2がソ連の領空を偵察飛行中にS-75地対空ミサイルで撃墜され、操縦していたアメリカ人パイロットがソ連で拘束され起訴された――。アメリカで広く知られる1960年5月1日に起きた「U-2撃墜事件」に関わる事実にもとづき、その知られざる背景と経緯、ひとりの弁護士の功績を描く。出演は映画『ウォルト・ディズニーの約束』などのトム・ハンクス、舞台俳優として『十二夜』でトニー賞を受賞しているマーク・ライランス、映画『サイド・エフェクト』のスコット・シェパード、『ゴーン・ベイビー・ゴーン』のエイミー・ライアンほか。監督・製作はスティーヴン・スピルバーグ、脚本はイギリスを拠点とする新進の劇作家マット・チャーマンが執筆し、『ノーカントリー』のイーサン&ジョエル・コーエン兄弟によって練り上げられ完成した。弁護士ジェームズ・ドノヴァンはニューヨークで逮捕され起訴されたソ連のスパイを弁護することになり……。まったく異なる立場と気質をもつ人間同士の対話、いち民間人という立場で思いがけず国家間の重要な交渉を担うこと、不思議な信頼と友情について。静かで力強いトーンが胸にしみる、実話をもとにしたヒューマン・ドラマである。

マーク・ライランス,トム・ハンクス

1957年のニューヨーク。FBIがソ連のスパイである初老の男性ルドルフ・アベルを逮捕。厳しい尋問に口を閉ざしアメリカへ政府への協力を拒んだアベルは起訴され、国選弁護人としてジェームズ・ドノヴァンが打診を受ける。以前はニュルンベルク裁判で検察官をつとめた経験があるも、現在は保険法を専門に国際政治や謀略とは関わりのない仕事をしているドノヴァンは、敵国の人間を弁護することによる家族への影響や負担を考えて気が進まなかったものの、引き受けることに。飄々としながらも確固たる意志をもつアベルと対面したドノヴァンは最初に少しとまどうが、アベルのゆるぎない精神力と豊かな芸術的感性、誠実さを知るうちに、互いに理解を深め2人は心を通わせてゆく。
 それから5年後の1962年、「U-2撃墜事件」によりソ連に拘束されたアメリカ人パイロットから機密が漏れるのを恐れたCIAは、アベルとパイロットの交換を画策。国や政府の代表ではなくいち民間人として、その需要な交換の交渉をドノヴァンが任される。

1950〜'60年代にかけて、実際に起きた事実をもとにした本作。アカデミー賞の有力候補にあげられることについて、物語の舞台となったベルリンで現地時間の2015年11月13日に開催されたインターナショナルプレミアにて、スピルバーグ監督はこのように語った。「アカデミー賞は同業者に認められるという映画界一の栄誉です。だから、授賞式の会場にいて、選考対象になるというだけで名誉なことです。今回も受賞をあてにしているわけではないし、これまでも期待したことはなかったが、アフターパーティに招待してもらえるだけでも嬉しい。考慮されるというだけで名誉なことなんです。同時に私の映画や出演者がさまざまな形で認められるのは嬉しいものだとこれまでもずっと感じてきました。1年のうちでとてもエキサイティングな時であり、またナーバスな時です。ただ、私はあまりあてにしない様にはしていますがね」

トム・ハンクス,エイミー・ライアン,ほか

アメリカ人の弁護士ジェームズ・ドノヴァン役はトム・ハンクスが好演。真摯に仕事に打ち込む弁護士であり、子どもたちの良き父親であり良き夫で家庭人である男性を、有能で温かみのある人物として演じ、トム本人の持ち味にとてもよくハマっている。コートを奪う追い剥ぎの青年たちに道を尋ねるくだりも、抜け目がないのか間が抜けているのか、はたまた青年たちに役割を与えて罪悪感を軽くしているのか、紙一重のところが面白い。ソ連のスパイ、ルドルフ・アベル役はマーク・ライランスが迷いのないくっきりとした意志をもつ人物として。派手な表現はなくとも視線や間の取り方による繊細な演技で奥行きのある内面がしっかりと伝わってくる。「それがなんの役に立つ?(アベル)」「私はあなたを芸術家だと思っている(ドノヴァン)」など、2人の面会シーンの問答はごく短い率直な言葉のやりとりながらユニークで、心にスッと染み入るものがある。またジェームズの妻メアリー役はエイミー・ライアンが、夫を信じて支える賢妻として演じている。

そもそもは脚本家マット・チャーマンがたまたま読んだジョン・F・ケネディの自伝の脚注で、1,113人の囚人の釈放を交渉するため大統領がキューバに送り込んだアメリカ人弁護士がいると知ったことから始まったとのこと。何よりドノヴァンが冷戦時代にソ連のスパイを弁護し、専門は保険法だったのに米ソ間で囚人交換を交渉する役を任された、という事実に強く惹かれたとも。チャーマン自身は映画業界の事情に疎かったもののロンドンからハリウッドへ赴き、ドノヴァンの実話に基づいた物語の映画化をドリームワークスに売り込んだそう。それがドリームワークス率いるスピルバーグの目に留まり、映画化が決定。ロンドンに戻ったチャーマンは約6週間で脚本を執筆し、その後コーエン兄弟が当時の言葉づかいを駆使し、トム・ハンクスの個性をドノヴァンのキャラクターに取り入れ、内容を練り上げていったそうだ。
 撮影は実際にその出来事があった場所である、ニューヨーク市、ベルリン、ドイツ、ポーランドのヴロツワフなどで。劇中の捕虜交換のシーンは、1962年に実際にアベルとパイロットとの交換が行われたベルリンのグリーニッカー橋で撮影された。

トム・ハンクス

スピルバーグはこの物語で気に入っていることについて、このようにコメントしている。「自国の安全を脅かすスパイを応援するというのは容易なことではない。我々は彼のことを少しでも好きになったりできるだろうか? でも、この場合は好きになる。これは私がぜひこの作品を扱ってみたいと思った理由だった」
 実話をもとに、巡りあわせの妙が絶妙に描かれている本作。敵国の人間同士でも信じ合える人物と出会うこと、いち民間人が情報も後ろ盾もほとんどない状態で政治的に厳しい状況下にある国外の地域へ赴き、危険と隣り合わせのなか囚人の交換という難しい交渉に臨むこと、周囲から誤解を受けさんざん叩かれたのちに成し遂げた功績によって再評価されること。弁護士として有能で、家庭を大事にする分別盛りの男性が、「この人を助けたい」という思いと、“直感と正義の原則を信じてやり遂げる”という人としてごくシンプルな心情に突き動かされるさまに引き込まれるストーリーだ。
 前述のインターナショナルプレミアにて、テロの脅威や内紛、国際政治の摩擦など不安な情勢下にある現代へのメッセージとして、スピルバーグ監督はこのように語った。「人道的危機に関する世界中で起きている状況には、思いやりをもって対処すれば、世界はもっと良いものになるということは常識だと感じています。思いやりの心が薄れていっているとも感じています。思いやりがあるのはどの国なのか、助け、受け入れようという気持ちがある人々は誰なのか、生き延びて行くために助けを必要としているのは誰なのか、私はこういったことに注目します。そういうことを意識し、思いやりをもち、自分の思いに従って行動しなくてはなりません」

作品データ

ブリッジ・オブ・スパイ
公開 2016年1月8日よりスカラ座ほか全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 アメリカ
上映時間 2:22
配給 20世紀フォックス映画
原題 BRIDGE OF SPIES
監督・製作 スティーヴン・スピルバーグ
脚本 マット・チャーマン
ジョエル&イーサン・コーエン
出演 トム・ハンクス
マーク・ライランス
スコット・シェパード
エイミー・ライアン
セバスチャン・コッホ
アラン・アルダ
オースティン・ストウェル
ウィル・ロジャース
ミハイル・ゴアヴォイ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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