ギャング、FBI捜査官、政治家の幼なじみ3人は
暴力と犯罪と沈黙の連鎖で、社会の闇へと突き進む
1988年にボストンで露見した汚職事件をもとに描く
2011年6月、当時ウサマ・ビンラディンに次ぐFBIの10大最重要指名手配犯のひとりであり、16年間逃亡していたジェームズ・“ホワイティ”・バルジャーが、カリフォルニア州サンタモニカのアパートで逮捕された――。ギャング、FBI、政治家による“アメリカ史上最悪の汚職事件”とも言われる事実をもとに、その経緯を描く。出演は『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』のジョニー・デップ、映画『ゼロ・ダーク・サーティ』のジョエル・エドガートン、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』のベネディクト・カンバーバッチ、『アルゴ』のロリー・コクレイン、アメリカのTVシリーズ『FARGO/ファーゴ』のジェシー・プレモンス、映画『フロスト×ニクソン』のケビン・ベーコンほか。監督・製作は2009年の映画『クレイジー・ハート』で監督デビューをしたスコット・クーパー、原作は「ボストン・グローブ」紙にバルジャー逮捕のきっかけとなるスクープ記事を書き、のちに単行本として発表したジャーナリストのディック・レイアとジェラード・オニールによるベストセラー『密告者のゲーム ―FBIとマフィア、禁断の密約(原題Black Mass: The Irish Mob, the FBI, and a Devil's Deal)』。ギャングとして闇社会に君臨した兄ジミーと、政治家として大きな成功をおさめたその弟ビリー、そして兄弟の幼なじみでFBI捜査官として勤めるジョン……暴力と犯罪はエスカレートし続け、汚職は日常となってゆく。サウス・ボストンで露見した悪辣なスキャンダルをもとに描く、暗く重い物語である。
1975年、アメリカのサウス・ボストン。アイルランド系移民が多いこの地域“サウシー”で、地元のギャング“ウィンターヒル”を率いるジェームズ・バルジャーは、北ボストンのイタリア系マフィア、アンジュロ・ファミリーと対立していた。一方、ニューヨーク・マフィアの逮捕で評価をあげて地元に戻ってきたFBI捜査官ジョン・コノリーは、イタリアン・マフィアの壊滅を目指し、幼なじみのジミーに“密告者”として手を組むことを提案する。ジミーはアンジュロ・ファミリーを一掃すべく情報屋の協定をコノリーと結ぶも、自分にとって目障りな輩の情報のみを流し、1981年にはボストンの犯罪王として君臨するように。その後ジミーは幼い1人息子を亡くし、最愛の母も他界すると、どんどん残虐になり暴走してゆく。その頃、新たな連邦検事として辣腕のフレッド・ワイシャックが着任し……。
暴力と犯罪と沈黙が連鎖してゆき、野心や保身から二度と引き返せないところへと突き進む人々を、事実をもとに描く本作。権力闘争の末に地元のギャング“ウィンターヒル”のトップとなったバルジャーは直接的・間接的にサウシーのサポートをしたため、恐れる者もいたものの多くの住民は彼に親しみと感謝をもち、ロビン・フッドのような存在だった時期もあったとか。この作品についてクーパー監督は語る。「この作品で掘り下げたかったのは兄弟という絆、忠義という絆のほかに、登場人物たちを暴走させた野望、私欲、慢心なんだ。僕にとって大事だったのは、犯罪ドラマにとどまらない人間ドラマを描くこと。人間でもあった犯罪者のストーリーではなく、犯罪者でもあった人間のストーリーを伝えたかった。その人物が非難に値するかどうかは別としてね。1970〜’80年代のボストンでは、一部の警察関係者と犯罪者は区別がつかないありさまだった。その事実を片時も忘れてはいけないと思ったよ」
最近は実話ベースや実在の人物の伝記をもとにした映画が増えていて本作もそのひとつであるものの、この映画では実話をもとに次々と残虐に人が殺されるので、正直、観ていてつらいし気分が悪くなる部分が多い。個人的には、バルジャーを主役にフィクションでわざわざ映画として再現する必要があるのだろうか、この内容はいろいろな視点や検証を交えながらのドキュメンタリーのほうが向いているのでは、と思う。
“ホワイティ”ことジェームズ・バルジャー役はジョニーが特殊メイクで風貌を変え、冷酷非道な本人になりきって。歩き方や立ち居振る舞いが当時のバルジャー本人を知っている原作者のジャーナリストたちも驚くほど似ているそうだ。コスプレやなりきりは十八番とはいえ、薄い髪に厚い額で残忍なギャング姿のジョニーをファンが観て楽しいものか、そのへんはどうだろう。バルジャー兄弟へのゆがんだ憧れをもつ幼なじみ、FBI捜査官ジョン・コノリー役はジョエル・エドガートンが、劣等感や野心や憧れが入り乱れる複雑な心情を丁寧に、州議会上院議員として成功を収めているジェームズの弟ビリー役はベネディクト・カンバーバッチが兄と母を大事に思いながらも自身の道を選ぶ政治家として、バルジャーの腹心スティーヴン・フレミ役はコクレインが、手下のケヴィン役はプレモンスが、ジェームズが雇う殺し屋マルトラーノ役はW・アール・ブラウンが、バルジャーとコノリーの密約に加わるFBI捜査官ジョン・モリス役はデイビッド・ハーバーが、ジェームズの一人息子の母親で恋人リンジー役はダコタ・ジョンソンが、ジョン・コノリーの妻マリアン役はジュリアンヌ・ニコルソンがそれぞれに演じている。
コリー・ストール演じる、新たに赴任する辣腕の連邦検察官フレッド・ワイシャックは実在の人物で、撮影現場にワイシャック氏本人が来たとのこと。ケビン・ベーコンが演じるFBIの主任捜査官チャールズ・マグワイア役は、本作のために設定されたキャラクターのひとりだそうで、監督曰く、「マグワイアは実在の主任捜査官を何人かミックスして作り上げた、架空の人物。本物の主任捜査官は3〜4年で異動になるけれど、この作品は数10年のスパンを描いているからFBIの戦略を最後まで見届けるキャラクターが必要だった」そうだ。
実際にバルジャーたちのアジトだったランカスター通りのガレージをはじめ、撮影の多くはサウス・ボストンで行われた。ミスティック・リバーを挟んでボストンの向かいにあるチェルシーでは空き倉庫を改造し、バルジャー兄弟が育った公営住宅など数パターンのメイン・セットが建設された。こうしてサウス・ボストンの内外で撮影する際は、住民感情に配慮したそう。製作のブライアン・オリバーは「地元の人たち、特にバルジャーに苦しめられたかもしれない人たちにとっては辛い記憶を蒸し返すことになるのでないかと責任を感じました」と語り、監督は「現地の人たちの理解と協力がなかったら、今回のロケは成立しなかった。ボストンの人たちは本当に協力的で、撮影隊を温かく迎えてくれたんだ」とコメントしている。
この映画を観て個人的に思い出したのは、クリント・イーストウッド監督の2003年の映画『ミスティック・リバー』だ。ボストンの小さな町を舞台に、ひとつの殺人事件をきっかけに、ビジネスマンのデイヴ、裏社会につながりのある雑貨屋の店主ジミー、殺人課の刑事ショーン、幼なじみ3人が再会する(刑事ショーン役は本作でもFBI主任捜査官役のケビン・ベーコン)。地域、ジミーという名前、かけ離れてしまった3人の幼なじみなど、要素が似ている。映画の原作である小説『ミスティック・リバー』を執筆した作家デニス・ルヘインは、サウス・ボストンのドーチェスター出身というのも気になるところだ。
ただ映画『ミスティック・リバー』は人の業や哀しみ、戻ることなく一方向に進み続ける時間、運命といえるような得体のしれない大きな流れ、越えてはならないはずの一線を越えてしまうことは誰にでも起こりうる、ということを描いていて、似た面がありながらもテーマそのものは『ブラック・スキャンダル』とはまったく異なる。逆にバルジャーによる一連の事件からヒントを得て小説になり、映画『ミスティック・リバー』にまでなったのだとしたら、関わった製作者たちの表現力のすごさに改めて感動……と筆者は思う。
映画『ブラック・スキャンダル』の原作者ディック・レイアとジェラード・オニールは、2人とも以前は「ボストン・グローブ」紙で20年以上仕事をしてきたジャーナリストで。レイア&オニールが1988年に同紙に掲載した「バルジャーはFBIの情報提供者だった」という見出しの1面スクープをきっかけにFBIの捜査が始まり、さまざまな事実が露見してバルジャー逮捕に至ったが、そもそもレイア&オニールは違うテーマで記事にしようと考えていたそう。兄はギャングで闇社会のトップに、弟はやり手の政治家として政界で権勢をふるう、というまったく異なる世界ながらも第一線にいる兄弟ジミーとビリーの物語だ。レイアは語る。「低所得者向けの公営住宅で育った2人がそれぞれの道で、まったく違うルールにのっとり、ともに頂点に立つまでの経緯を書こうと思っていたんです」
もともとはそのテーマで取材と調査を続けていたところ、バルジャーとFBI捜査官との癒着に行き当たり、裏が取れた時点で前述の記事を掲載したとのことだ。オニールは語る。「取材には2年を費やしました。記事を発表した時点では、この事件の根がどれほど深く、暗く、おぞましいものか知る由もありませんでした。ですが、あの記事をきっかけに、バルジャーとFBIが絡む一大ドラマが露見し、歴史的スキャンダルに発展したんです」
レイアはハーバード大学とコネチカット・スクール・オブ・ロー大学で学位を取得。数多くの調査報道賞や公益事業賞の受賞経験があり、現在はブランダイス大学シュスター・インスティチュート・フォー・インベスティゲイティブ・ジャーナリズムの客員ジャーナリストであり、スタンフォード大学のジョン・S・ナイト・ジャーナリズム特別研究員であり、ボストン大学のジャーナリズムの教授をつとめているそうだ。またオニールはピューリッツァー賞をはじめAP通信編集長賞やローブ賞ビジネス報道部門賞など数々の報道賞を受賞し、ボストン大学大学院ジャーナリズム科で教鞭をとっているとのこと。レイア&オニールはボストンの犯罪社会に関する3部作として、『The Underboss: the Rise and Fall of a Mafia Family』、本作の原作である『密告者のゲーム ―FBIとマフィア、禁断の密約(原題Black Mass: The Irish Mob, the FBI, and a Devil's Deal)』、そして再びバルジャーのことを執筆した『Whitey: The Life of America's Most Notorious Mob Boss』を共著している。
実話をベースに、複数の関係者を1人のキャラクターにしたり、エピソードの一部は時間を短縮して描いたり、なるべく史実に沿うように工夫して製作したという本作。製作のジョン・レッシャーは語る。「この実話には悪名高きギャングと、たまたまその弟で州内一の有力政治家と、前途洋々のFBI捜査官とが密接に絡みます。これは作ろうと思って作れる話ではありません。事実は小説よりも奇なり、ですよ」
16年の逃亡の末に2011年に逮捕されたバルジャーは現在も収監中とのこと。さて、この映画をあなたは観たいと思うだろうか。
公開 | 2016年1月30日より新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2015年 アメリカ |
上映時間 | 2:03 |
配給 | ワーナー・ブラザース映画 |
映倫区分 | R15+ |
原題 | BLACK MASS |
監督・製作 | スコット・クーパー |
脚本 | マーク・マルーク ジェズ・バターワース |
原作 | ディック・レイア&ジェラード・オニール |
出演 | ジョニー・デップ ジョエル・エドガートン ベネディクト・カンバーバッチ ダコタ・ジョンソン ロリー・コクレイン ジェシー・プレモンス ケビン・ベーコン ジュリアン・ニコルソン |
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