トランボ ハリウッドに最も嫌われた男

思想の自由を弾圧され表舞台から10数年締め出されながら
偽名で作品を次々と発表しオスカーを2度受賞するなど
ハリウッドを逞しく生き抜いた人気脚本家の実話を描く

  • 2016/07/26
  • イベント
  • シネマ
トランボ ハリウッドに最も嫌われた男Photo: Hilary Bronwyn Gayle

『ローマの休日』『スパルタカス』など数々の名作を手がけた人気脚本家が、危険思想の持ち主として10数年に渡り理不尽に弾圧された実話をもとに描く人間ドラマ。出演はドラマ『ブレイキング・バッド』や映画『アルゴ』『GODZILLA ゴジラ』のブライアン・クランストン、映画『運命の女』などのダイアン・レイン、『マレフィセント』のエル・ファニング、『クィーン』のヘレン・ミレン、『アルゴ』『フライト』のジョン・グッドマンほか。脚本はトランボの実の娘たちの全面協力を得て書き上げたジョン・マクナマラ、監督は映画『オースティン・パワーズ』『ミート・ザ・ペアレンツ』などのコメディ・シリーズや、TVムービー『リカウント』『ゲーム・チェンジ 大統領選を駆け抜けた女』などの政治的なテーマを描く作品でも知られるジェイ・ローチが手がける。東西冷戦下の1947年、共産主義者が弾圧されるなか、人気脚本家のダルトン・トランボと同じ思想をもつ仲間たちは政治的な組織や団体から厳しい追及を受け追い詰められてゆく。トランボは逮捕・投獄・映画界から事実上の追放となるなか、いかにして再起したのか。実話をもとに、これまで詳しく描かれることのなかったハリウッドの暗い時代を、不屈の意志と家族や仲間たちのサポート、そして自らの実力によって生き抜いた鬼才の半生をくっきりと伝える、良質な作品である。

ブライアン・クランストン,エル・ファニング,ほか©2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

第二次世界大戦終結後、1947年のアメリカ、ハリウッド。人気脚本家のダルトン・トランボは恋愛ものや戦争ものなど幅広いジャンルの脚本を次々と執筆しながら、共産主義者として労働問題などにも熱心に取り組み、言論と思想の自由を日々訴えている。アメリカとソ連との関係が悪化してゆくなか、共産主義者の排除を目的とする合衆国議会のHUAC(下院の非米活動委員会)の第1回聴聞会に、トランボと映画界の仲間たち10名“ハリウッド・テン”が呼び出され、厳しい追及を受ける。が、言論の自由を理由に証言を拒んだトランボは、議会侮辱罪で訴追され有罪となり、1950年に収監。1951年に出所し愛する妻クレオと3人の子どもたちのもとに戻ったトランボは、家族と仲間の協力のもと数々の偽名を使い分け、再び精力的に脚本を書き始める。

1947年に公聴会で証言を拒否し議会侮辱罪で訴追された後、1960年に『栄光への脱出』『スパルタカス』で正式に復帰するまでの間、偽名を使い友人の名を借りて脚本を書き続けた鬼才トランボの物語。この間、友人イアン・マクレラン・ハンター名義で発表した『ローマの休日』の原案が1953年にオスカーを受賞し、偽名のロバート・リッチ名義で執筆した『黒い牡牛』が1956年にオスカー受賞と、表舞台から締め出されようとも実力で正当な評価を獲得していく展開はとても痛快だ。徹底した反共主義を訴える共和党のジョセフ・マッカーシーらによって結成された非米活動委員会(HUAC)や、HUACを全面支持する俳優ジョン・ウェインや著名なコラムニストのヘッダ・ホッパーらによる組織“アメリカの理想を守るための映画同盟”に執拗に弾圧され続けるなか、ハリウッドのメジャースタジオに手のひらを返されようとも、名前はさまざまに替えようとも「とにかく脚本を書き続ける」というある種の正攻法で対抗してゆく姿は、見ていて胸が熱くなる。
これまで詳しく語られることはほとんどなかった本作のテーマについて、ローチ監督は語る。「体制に異を唱えるだけで、ブラックリストに載ったり投獄されたりする時代が(ハリウッドに)あったことに(自分も)驚いた。これまでに赤狩りが描かれることはあったが、ハリウッドの中だけで起きていたことでもあり、“ブラックリスト”を描いた映画はあまり多くはない。俳優たちも台本を読んでこうした事実があったこと、これまでにあまり語られていなかったことに驚いていたし、若い世代にはほとんど知られていないことも事実だ」。監督は脚本を読み、説得力があり言論の自由を伝える内容にすぐに作品に興味をもったものの、監督を引き受ける決断をするまでには数か月かかったとも。

ブライアン・クランストン©2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

あらゆるジャンルを描ききる辣腕の脚本家ダルトン・トランボ役は、ブライアン・クランストンが強い存在感で。反共主義の弾圧を受けるなか、変化球で真っ向勝負に挑みながらも、後年はこれまでの経緯に学び戦略的にも考えるようになり、仲間や家族たちとともにじわじわと力を蓄え、慎重に機を見てメディアに発言するなど、偽名で活動していた不遇の時代から完全復帰までの経緯がよく描かれている。ダルトン・トランボの妻クレオ役はダイアン・レインがどんな時も夫を支える賢妻として、長女ニコラ役はエル・ファニングが父親似のしっかり者として表現。ダルトンは決して人格者だったわけではなく、不遇の時期には家族に支配的に振る舞い全員を自分の手足のようにコキ使うなど、ワンマンで身勝手な面もある父親だったこと、妻クレオの献身的かつ朗らかに夫を支える姿と、家庭内の不和と和解も率直に描かれている。
 トランボを糾弾し続けるコラムニストのヘッダ・ホッパー役はヘレン・ミレンが狂信的な女性として、反共主義の俳優ジョン・ウェイン役はデヴィッド・ジェームズ・エリオットが、ダルトンの友人の脚本家アーレン・ハード役はルイス・C・Kがトランボを知る5人の脚本家(サミュエル・オーニッツ、アルヴァ・ベッシー、アルバート・マルツ、レスター・コール、ジョン・ハワード・ローソン)を複合したフィクションの人物として、『ローマの休日』でダルトンに名義を貸す脚本家の友人イアン役はアラン・テュディックが、以前はダルトンの仲間だったスター俳優エドワード・G・ロビンソン役はマイケル・スタールバーグが、それぞれに演じている。
 なかでも傑作はゴロツキのような態度と風貌がユーモラスな、ジョン・グッドマンが演じるB級映画専門の映画制作会社キング・ブラザーズ社のフランク・キングだ。トランボがメジャースタジオにはまったく相手にされなくなった頃、トランボが持ち込んだ脚本をさっと一読したキングは、「こいつは天才だ」と即決。低予算映画で人気脚本家に格安で依頼できるまたとないチャンスとして次々と仕事を回し、トランボの不遇を好機として生かしまくるところは、あこぎながらもあまりにも堂々としていて図太く面白い。俺たちにゃ政治や思想など関係ない、金儲けだけだと言い放ち、利害が一致しただけの契約関係から始まりながらも思いがけず理不尽な弾圧に対抗するひとつの流れとなってゆくこと、脚本の価値を見抜く目をもち、権力側の脅しなど屁でもない強靭な意志と実行力があり、俗っぽさだけじゃないタフさが描かれているところもクールだ。トランボを解雇するよう脅すように言い渡してきた相手に対し、キングは物を投げつけバットを振り回し、自社の事務所を破壊しながら逆に腕力で脅して追い返すというシンプルさがたまらない。まるでゴジラのような暴れようは、見ていて思わず吹き出してしまう。一見かんしゃくを起こしているようで、実はきっちり計算しているふうの様子に、グッドマンの表現力が生きている。ローチ監督は実在のキング兄弟とフランク役のグッドマンについて語る。「当時、脚本家として最も高額のギャラを得ていたトランボと、キング兄弟はスズメの涙ほどの脚本料で契約した。そこでトランボがジャングルや牢屋、ギャングなどのB級作品ばかり書くなか、『黒い牡牛』(1956年)を成功させたことで、キング兄弟の社会的立場はコロッと変わったんだ。トランボを解雇するよう言われたときにバットを振り回すシーンは、本当に上手くいった。ジョン・グッドマンにとても感謝しているよ」

ブライアン・クランストン,ダイアン・レイン©2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

そもそもこの映画を制作するきっかけは、『ローマの休日』でトランボに名義を貸した友人として本作にも登場している実在の映画脚本家イアン・マクレラン・ハンターが、本作の脚本を手がけたジョン・マクナマラと1980年代に出会い、イアンがジョンにブラックリストとダルトン・トランボの物語を伝えたことから始まったとのこと。その後、ダルトンの実の娘たちニコラとミッツィ姉妹とやりとりをしながら、13年かけて本作の脚本を練り上げたマクナマラの尽力をローチ監督は称賛する。「彼はトランボという人物を同じ脚本家としても深く考察し、脚本を書き上げた。何千人もが被害者となった複雑な史実について、1人の男の実話を軸に、たくさんの人たちが実生活と結びつけてリアルに観ることのできるストーリーに仕上げたことは本当に素晴らしい」

「この問題にヒーローはいない、いるのは被害者だけだ」
 1970年にSWG(Screen Writers Guild)から功労賞を贈られた際のトランボのスピーチからは、切々と伝わってくるものがある。その後、トランボは1976年9月に70歳で他界。死後17年後の1993年、『ローマの休日』のオスカー像は彼の妻クレオに正式に渡されたそうだ。
 トランボ役のブライアン・クランストンは本作について、「大作ではないが大きなメッセージを秘めた、映画史に残る作品だ。権利のために闘うことの大切さ、言論の自由は常に守られねばならないというアメリカの憲法修正第一条の意義についても伝えている」と語っている。 またローチ監督はトランボのスピーチについて、「彼の体験をベースにするともっと怒りのこもった内容になるはずだが、このスピーチはとても勇敢だったと思う」とコメントしている。
 そして妻クレオ役のダイアン・レインは本作への出演について、このように語っている。「私はクレオ役を演じたかった。この映画の物語は語り継がれるべきだと思ったからよ。ハリウッド・テンの話は聞いたことがあったけれど、詳しくは知らなかった。それに歴史の背後で起きている一個人のドラマはいつだって心に響くわ。予算が低い作品の撮影現場は殺気立つこともままあるものの、今回の撮影では誰もがとても前向きだったの。なぜならこの映画が崇高な物語だからよ。トランボと家族たちを含む、私たちが称えるべき大勢の人々の苦難を代表するものとして。こういう作品は大切だし参加できて光栄よ。みんな同じように感謝していると思うわ」

作品データ

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男
公開 2016年7月22日より、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 アメリカ
上映時間 2:04
配給 東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
原題 TRUMBO
監督 ジェイ・ローチ
脚本 ジョン・マクナマラ
原作 ブルース・クック
出演 ブライアン・クランストン
ダイアン・レイン
エル・ファニング
ヘレン・ミレン
ルイス・C・K
デヴィッド・ジェームズ・エリオット
ジョン・グッドマン
マイケル・スタールバーグ
アラン・テュディック
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。