怒り

『悪人』の原作・吉田修一×監督・李相日が再タッグ
人を信じることの怖さと前向きな可能性を多面的に描く
豪華キャストの顔合わせによる重厚な人間ドラマ

  • 2016/09/02
  • イベント
  • シネマ
怒り© 2016 映画「怒り」製作委員会

「物語の登場人物には、映画『オーシャンズ11』のようなオールスターキャストを配してほしい」
 という原作者・吉田修一の望みどおり、豪華俳優陣の顔合わせが実現した作品。出演は渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、宮崎あおい、妻夫木聡ほか。監督・脚本は映画『悪人』『許されざる者』の李相日(リ・ソンイル)、音楽は坂本龍一が手がける。真夏のある日、八王子で夫婦殺人事件が発生。現場にはおびただしい量の血だまりと、血で大きく書かれた“怒”の字が残されていた。事件の犯人は逃走し捕まらないまま、事件から1年後、千葉と東京と沖縄に素性の知れない3人の男が現れる。3人は事件に関わっているのか、犯人の動機と目的は何だったのか、3人と周囲の人たちとの関わりはどうなっていくのか。残忍な事件を追うミステリーであり、今を生きる人々の心の闇、人を信じることの怖さと前向きな可能性を多面的に描く、重厚な人間ドラマである。

渡辺謙

真夏に八王子の一軒家で夫婦が殺され、現場に大きく書かれた“怒”の血文字が残されていた殺人事件から1年。犯人は逃走し事件が未解決のなか、千葉と東京と沖縄に素性の知れない3人の男が現れる。
 千葉には、2か月前から漁港で働きはじめた男・田代がいる。家出して歌舞伎町の風俗店にいたが父親に連れ戻された愛子は、田代と付き合い始める。
 東京には、所在なげな無職の男・直人がいる。大手通信会社に勤める優馬はゲイ・クラブで直人と出会い、強引に関係をもったことをきっかけに、同居を始める。
 沖縄には、無人島の廃墟で寝泊まりするバックパッカーの田中がいる。母と離島に移り住んできたばかりの高校生・泉は同級生の辰哉と小舟で無人島に遊びに来て、田中と出会う。
 周囲の人たちとだんだん親しくなっていくも、どこか正体のつかめない3人の男たち。八王子夫婦殺人事件の犯人像に特徴が似ていることから、大切に思う気持ちが高まっていくのと同時に不安も広がり、周囲の疑惑が次第に色濃くなってゆく。

2010年の映画『悪人』の原作者・吉田修一、監督・脚本の李相日、プロデューサーの川村元気が再びタッグを組んだ作品。ストーリーは千葉、東京、沖縄、そして事件を追う八王子署の刑事たちという4つの視点から展開してゆく。観ている途中、心が軋み、途方に暮れるような無力感を味わうこともあり、観る側の成熟が求められる内容であるようにも感じられる。そんななか、最終的に重要なテーマのひとつに“他者を信じること”があることに、だいぶ救われる。2016年7月11日に行われた完成報告会見にて、川村プロデューサーはこのように語った。「6年前に吉田修一さんの『悪人』をお預かりして、李監督と妻夫木聡くんと映画をつくりました。過分な評価をもらいました。その分、今回は同じ監督、原作者というチームで前作を超えなくてはいけないという大きいプレッシャーを抱えてやってきました。俳優の方とスタッフの方と本気でつくった作品です。ただ、今の日本映画の市場においては難しい作品かと思います。皆さんに応援してもらいながら、ヒットさせたいと思っています」

綾野剛,妻夫木聡

大手通信会社に勤めるエリートの藤田優馬役は妻夫木聡が、クラブで関係をもち同居を始める大西直人役は綾野 剛が、自然に惹かれ合うゲイの恋人同士として。『69 sixty nine』『悪人』に続いて3度目の出演で李組の常連である妻夫木は、監督と食事をしていた時に優馬役がやりたいと自ら伝え、撮影前からトレーニングで筋肉をつけて新宿二丁目に通うなどして役作りをしたとのこと。撮影中、妻夫木と綾野は実生活でも自主的に2人でしばらく一緒に暮らしたとも。劇中では恋人同士の馴染んだ振る舞いがよく表現されている。末期がんを患いホスピスに入院している優馬の母役は原日出子が、直人の過去を知る薫役は高畑充希が演じている。
 沖縄の離島に母と2人で引っ越してきた高校生の泉役は広瀬すずが17歳の少女らしく、泉の同級生の知念辰哉役は沖縄での一般オーディションで1200人の中から選ばれた撮影当時16歳の新人俳優・佐久本宝が好演。無人島の廃墟で暮らすバックパッカーの田中信吾役を演じた森山未來は、自身の撮影の約3週間前からひとりで先に沖縄入りして無人島生活をし、役作りをしたとのこと。李監督の「田中役は森山未來くんしかありえない」という強い思いからキャスティングされたそうだ。
 新宿・歌舞伎町の風俗店から、父親に故郷である千葉の港町に連れ戻された愛子役は、宮崎あおいがこれまでにない激しさや情愛をひたむきに表現。宮崎は今回の撮影について、「人生の中で一番濃厚な2週間でした」と語っている。妻を亡くし男手ひとつで愛子を育ててきた父・洋平役は渡辺 謙が、不器用でも人情味があり、娘をなんとか支えようとする父親として、漁協で働き愛子と同棲を始める田代哲也役は、松山ケンイチが寡黙な男として、洋平の姪で父娘のサポートをする明日香役は池脇千鶴が世話焼きの親戚として、それぞれに表現している。
 夫婦殺害事件を追う八王子警察署の警部補である南條邦久役はピエール瀧が、八王子署の巡査部長である北見壮介役は三浦貴大が、実直な刑事として演じている。
 撮影前に徹底的にリハーサルを重ね、入念なホン読みやロケ地の見学、それぞれの役柄へのアプローチを緻密に行い、ハンパなく鍛え上げられるとのことで「ものすごく厳しい」と評判の李組。実際に李監督作品に参加した俳優たちは皆、大変だけれど有意義だと語る。俳優たちの今回の現場へのコメントはいろいろ目を引くものが多いなか、前述の会見で語った宮崎あおいのコメントをご紹介する。「もちろん、厳しかったです。ただ、そこに愛情があるというのもきちんと伝わってきます。あまり普段、(現場では)人と話をしないんですけれど、今回は監督とものすごく話をしました。今までで一番、監督と話をしたと思います。役についてとか、台本も毎晩、毎晩、読みました。でも答えは出なくて、答えが出ないまま現場に行って、いろんなものを剥がされていくような感じでしたね。愛情ですね。すごくちゃんと見てもらっているんだなというのが、すごく伝わってきました。ありがたいなと思いました」

宮崎あおい,松山ケンイチ

本作の企画の始まりは、吉田氏が単行本として発売前のプルーフ版(仮製本した見本)の段階で、単行本の帯用のコメントを依頼するために李監督に送ったことだったそう。本を読み夢中になった李監督はその後、プライベートで吉田氏とプロデューサーの川村氏と3人で会った際に、映画化を進めよう、と気持ちの上で合意したそうだ。脚本は『悪人』の時と同じく吉田氏と共同執筆のつもりが、吉田氏に「僕はできません」と言われ、李監督が「無理だよ!」と言いながらも1人で書くことに。吉田氏は語る。「李監督には無理難題を押し付けているな、と思っていました(笑)。『怒り』って、小説の書き方としても『悪人』より遥かに難しかったんですよ。それを映画にするなんて……。だからこそ『李相日ならどうする?』ってところを見てみたい、という欲望が働いたんですね」
 李監督は物語のテーマの核と映画化について語る。「『怒り』はミステリー・ジャンルの体裁をしていますけど、核心にあるのは犯人捜しや謎解きとかじゃなくて、“信じることの難しさ”あるいは“人を疑ってしまうことの闇”。その心の闇が僕はいちばんの謎というか、ミステリーだと思っているので。それが“怒り”という観念とつなげられたら、『怒りとはなんぞや?』っていう出口に、最終的には何とかたどり着けるんじゃないかなと」
 吉田氏は東京・沖縄・千葉の三か所の撮影現場すべてに足を運んだそうで、「撮影に関しては部外者なので、映画ファンとして単純に楽しい(笑)」とコメント。そして実際に完成した作品について、「原作者として」じゃなく、いち観客の感想として、このように語っている。「以前、僕が李監督との会話の中で聞いたすごく好きな言葉があるんです。こちらが『映画ってクライマックスに至るまでの流れがあるじゃないですか』みたいな話をしている時に、『いや、僕は全部のシーンをクライマックスとして撮りたいんです』って。『怒り』を観た時にまず思い出したのが、その言葉でしたね。本当に最初から最後までテンションが一切緩むことなく張りつめている。素直にすごい映画だと圧倒されました」

他者と関わることがゾッとするほど怖くなり、他者を信じ関わってゆくことの可能性に救われる面もある本作。前述の会見にて、李監督は原作と映画についてこのように語った。「不寛容だったり、人が人を信じたりすることが難しい今の時代のなかで、吉田さんは小説という形で1人で格闘されたんだなというのがヒシヒシと伝わってきました。そのバトンを僕は映画という形で受け継いで世に出していく必要があるという気持ちを強くもちました。その上で今こうやってみると、3本映画を撮れたんじゃないかなと思うぐらいの方たちとご一緒できたこと、みんなで作った映画を世の中に出せることを本当に誇りに思います」

※宮崎あおいさんの「﨑」は正しい文字が環境により表示できないため、「崎」を代用文字としています。

作品データ

怒り
公開 2016年9月17日より、全国東宝系にてロードショー
制作年/制作国 2016年 日本
上映時間 2:22
配給 東宝
監督・脚本 李相日
原作 吉田修一
音楽 坂本龍一
企画・プロデュース 川村元気
出演 渡辺 謙
森山未來
松山ケンイチ
綾野 剛
広瀬すず
佐久本宝
ピエール瀧
三浦貴大
原日出子
池脇千鶴
宮崎あおい
妻夫木聡
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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