ムーンライト

アカデミー賞作品賞、脚色賞、助演男優賞を受賞
荒んだ環境と自身の性質に向き合い生きる少年を
色彩豊かな映像で描くパーソナルなドラマ

  • 2017/03/13
  • イベント
  • シネマ
ムーンライト© 2016 A24 Distribution, LLC

第89回アカデミー賞にて作品賞、脚色賞、助演男優賞を受賞した話題作。出演は新人の若手俳優であるアシュトン・サンダース、ジャハール・ジェローム、演技未経験の子役アレックス・ヒバート、『グローリー/明日への行進』のアンドレ・ホーランド、『ブラック・ハッカー』のトレヴァンテ・ローズ、『007 スペクター』のナオミ・ハリス、本作が映画デビューとなるシンガー・ソングライターのジャネール・モネイ、そしてドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』などで知られ本作でアカデミー賞助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリほか。監督・脚本は2008年の長編デビュー作『Medicine for Melancholy』で注目され、今回が長編2作目となるバリー・ジェンキンス、原案は劇作家タレル・アルバン・マクレイニーの戯曲「In Moonlight Black Boys Look Blue(月の光の下で、美しいブルーに輝く)」、エグゼクティブ・プロデューサーにブラッド・ピットが名を連ね、彼が創設したプランBエンターテインメントが製作した。内気な少年シャロンは学校でいじめられ、同級生のケヴィンだけが唯一の友だち。ある日もいじめから逃げ回っていると、見知らぬ男に助けられ……。LGBTをテーマにした映画として初めてアカデミー賞作品賞を受賞した作品であり、独特の映像と詩的な雰囲気で見せる、とてもパーソナルなドラマである。

マイアミで母親ポーラと2人で暮らす内気なシャロンは、学校で“リトル”というあだ名でいじめられ、同級生のケヴィンが唯一の友だちだ。ある日、いじめから逃れようと治安の悪い地域の廃屋に隠れたシャロンを、麻薬ディーラーのフアンが保護。恋人テレサのもとに連れ帰り、翌日にシャロンを家まで送り届けると、裏社会の人間であるフアンに対しポーラは露骨に嫌な顔をする。が、父親のいないシャロンは面倒見のいいフアンを頼り、慕うようになってゆく。
 シャロンは高校生になってもいじめられ続けている。麻薬中毒の母ポーラは自宅で体を売りながら麻薬に溺れ酩酊状態になることが増え、シャロンはしばしばフアンの家でテレサと過ごす。あるとき夜の浜辺にいたシャロンのもとへ、ケヴィンが偶然やってくる。
 青年となったシャロンはアトランタへ引っ越し、フアンと同じ麻薬ディーラーをしている。ある夜、料理人となった幼なじみのケヴィンから電話が……。

アンドレ・ホーランド,ほか

ひとりの男性シャロンについて、子ども時代、少年時代、青年期と3つの時期を描く物語。荒んだ環境のなか周囲からの差別に苦しみ、ゲイとして自覚し、自分なりに生き抜いていくなかで起こる出来事を静かに映し出す。本作では実際の映像に色を足して加工され、黒人全員がブロンズのように光り、「アフリカ系の人の体をここまで美しく撮った映画は前代未聞」と言われているとも。そもそもは劇作家マクレイニーが指導する演劇学校の授業プロジェクトとして創った短い戯曲「In Moonlight Black Boys Look Blue」を、ジェンキンス監督が映画化。マクレイニーとジェンキンス監督は驚くほど育った環境が似ていて、子どもの頃に知り合いだったわけではないものの、2人とも危険で荒んだ同じリバティ・シティ公営住宅で育ち、同じ小学校と中学校に通い(学年は違う)、ともに表現の道へと進んだ。そして2人とも重度の麻薬中毒者でHIVに感染した母親に育てられた。ジェンキンス監督は本作について語る。「このキャラクターに起こることはぜんぶ、僕自身かタレルが経験したことだ。僕の母は麻薬中毒だった。タレルの母もだ。僕らは自分たちの人生を反映する映画を作ろうと思ったんだ」
ジェンキンス監督の大学時代からの友人である本作のプロデューサー、アデル・ロマンスキーは、監督の長編2作品目の作品選びをしていたなかでこの戯曲と出会った。ジェンキンス監督は原作との出会いについて語る。「それまで僕は、自分の故郷を舞台にした映画を作ろうと思ったことはまったくなかったんだ。だが、タレルはまさにそれをやっていた。それも、すごく微妙なニュアンスをもたせた、美しい形で。とてもリアルでもあった。それで僕は、自分はこれで(映画を)作らなければと思ったんだ」

リトルこと子どもの頃のシャロン役はアレックス・ヒバートが、高校生の頃のシャロン役はアッシュトン・サンダースが、成長したブラックことシャロン役はトレヴァンテ・ローズが好演。3人のシャロン役は演技の経験がないか経験の浅い新人で、オーディションなどで選ばれ抜擢された。シャロンの母ポーラ役はナオミ・ハリスが息子を愛しながらも麻薬中毒で荒んでいく様子を、フアンの恋人テレサ役はジャネール・モネイがシャロンの母親代わりとして愛情深く、高校生のケヴィン役はジャハール・ジェロームが、大人になったケヴィン役はアンドレ・ホーランドが、そして麻薬ディーラーのフアン役はマハーシャラ・アリが父親のようにシャロンを見守り導く懐の深い男性として、それぞれに演じている。

トレバヴァンテ・ローズ,ほか

第89回アカデミー賞にて作品賞、脚色賞、助演男優賞を受賞した本作。2017年2月26日(現地時間)に行われた授賞式では、作品賞で一度『ラ・ラ・ランド』と発表された後に訂正し、『ムーンライト』と改めて発表されるという驚きのハプニングが。その時のことについて監督は語る。「ノミネート作品はすべて受賞に値する素晴らしい作品だから、結果は受け入れて、皆と同じように拍手を送ったよ。すぐに騒ぎを知って、何かおかしなことが起きているとわかったんだ。みんなが僕の顔を見たけど、結果を知った時には言葉を失っていた。これまで、アカデミー賞でこのようなことが起きたことはないからね。だから、僕が想像もしなかった方向で、とてもスペシャルな感情になったよ」
 本作の成功が、ハリウッドの大手スタジオに一石を投じたのでは、という質問に対し、監督はこのように語った。 「この映画だけじゃないよ。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』も普通なら興行的に成功しそうにないと思われる映画だけど、実際はすごく成功している。『ラ・ラ・ランド』もそう。これらの映画が(大手スタジオに)、成功を導くためのやり方はひとつだけじゃないということや、観客はいろいろな映画を求めているのだということを見せてあげたことを望むよ」

また今年のアカデミー賞授賞式ではトランプ政権への批判姿勢が色濃く。差別的な政策が打ち出されるなか、こうした映画の役割について、監督と役者たちはこのように語っている。
 ジェンキンス監督「僕らは、思っていたよりも前から、実際にはずっと二極化していたのかもしれない。その事実が、今回大統領に誰が選ばれたかということによって、明らかになったんだ。『ムーンライト』に関して言うと、アメリカという国を、いろんな角度から、いろんなバージョンで語っていくことが重要だと思っている。そしてどのストーリーもぜんぶがアメリカだと伝えるべきだ。この映画が人々に気に入ってもらえたのは、キャラクターの人間性に共感してもらえたからだと思う。人はそういう映画を見たいんじゃないかな。大統領選挙の前後で、この映画についてどう語られるかは、大きく変化した。他人を叩くのではなく、受け入れることついて語るストーリーを人々は求めているんだ。この映画で、キャラクターは、他人からひどい目に遭わされる。だが、映画全体は受け入れることを伝えているのだと、わかってもらえると思う」
 マハーシャラ・アリ「この国を2分割する価値観を支持する人が、この映画を支持したとは思わない。この映画が語ることはあの人たちの価値観とは一致しない。この映画は、いわば薬だ。あの人たちが飲みたいと思えば飲むことができる薬。もしあの人たちがこの映画を見て感動してくれて、何かについて違うふうに考えるようになってくれたらいいね。僕はこの映画を、声のない人に声を与える映画だと思っている。保守派とリベラルの間にいる人たちに考える要素を与える映画かもしれないとも。この映画は、シャロンだけじゃなく同じような人たちが直面している問題について、考えるきっかけになるのではないかと思う。だが、これは極端な右翼の人たちのための映画ではないよ。彼らが見てくれたらうれしいけどね(笑)」ナオミ・ハリス「今、『自分とは違う』『あっちは別』ということが、ずいぶん話題にあがっているわよね。アメリカは大きく分かれている。そんななか、この映画は人間の共通点を語ると思う。それは、今の私たちが必要としているメッセージ。差別は世の中を推し進める上で、何の助けにもならない。そこから生まれるのは、苦しみ、バイオレンス、戦争だけ。私たちに必要なのは、みんなを受け入れること。トランプが成功したのは、自分は取り残されていると感じている人たちにアピールしたからよ。私たちはお互いを受け入れお互いから学び、どうやって一緒に生きていくかを考えるべき。お互いに対して、もっと共感と思いやりを持つべきだわ」

アンドレ・ホーランド,トレバヴァンテ・ローズ

日本では4月28日だった公開が緊急に約1ヵ月前倒しとなり、3月31日より全国拡大公開となった本作。アメリカ社会のかげとひずみを映す、非常にパーソナルな内容であるため、一般的な日本人として物語に入りやすいかどうか、期待しすぎると……という向きもあるだろうものの、スタッフとキャストの熱い思いを受け取る、現在の世界的な情勢に対するひとつの投げかけとしてとらえるといいかもしれない。最後に、アカデミー賞授賞式の翌日にこの映画への熱い思いを込めて、テレサ役のジャネールがインスタグラムにアップしたコメントを紹介する。「はじめて、全キャスト黒人で受賞した作品賞。はじめて、複数のアフリカ系アメリカ人脚本家が一度にオスカー受賞。はじめて、ムスリムのアフリカ系アメリカ人が助演男優賞受賞。はじめて、クィア/LGBT作品が作品賞受賞。はじめて、アフリカ系アメリカ人の脚本家、監督が作品賞受賞。予算150万ドル。昨夜生まれた歴史は陰ることがない。誇らしさでいっぱいだわ。どこにも居場所がなく、声も無視されていたあなたが今日、“あなた”であることを誇りに思うことを、心から祈るわ」

作品データ

ムーンライト
公開 2017年3月31日よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2016年 アメリカ
上映時間 1:51
配給 ファントム・フィルム
原題 MOONLIGHT
監督・脚本 バリー・ジェンキンス
原案 タレル・アルバン・マクレイニー
エグゼクティブ・プロデューサー ブラッド・ピット
プロデューサー アデル・ロマンスキー
デデ・ガードナー
ジェレミー・クライナー
出演 ナオミ・ハリス
マハーシャラ・アリ
トレバヴァンテ・ローズ
ジャネール・モネイ
ジャハール・ジェローム
アンドレ・ホーランド
アッシュトン・サンダース
アレックス・ヒバート
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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