セザンヌと過ごした時間

画家ポール・セザンヌと小説家エミール・ゾラ
少年時代から芸術家になるという夢と野心を
分かち合った2人の実話をもとに友情と愛憎を描く

  • 2017/08/21
  • イベント
  • シネマ
セザンヌと過ごした時間© 2016 - G FILMS -PATHE - ORANGE STUDIO - FRANCE 2 CINEMA - UMEDIA - ALTER FILMS

近代絵画の父ポール・セザンヌと、『居酒屋』『ナナ』の小説家エミール・ゾラ、少年時代から夢を分かち合った2人の実話をもとに描く人間ドラマ。出演は、監督・脚本・主演を務めた映画『不機嫌なママにメルシィ!』にてフランスの権威ある映画賞、セザール賞の作品賞を含む主要5部門を受賞したギヨーム・ガリエンヌ、『君のいないサマーデイズ』で監督を手がけた実力派俳優のギヨーム・カネほか。監督・脚本は『シェフと素顔と、おいしい時間』のダニエル・トンプソン。芸術学校に入学できず画展に落選し続け、画家としてまったく評価されないままのセザンヌと、出版社に入社し実力を認められ、若いころから作家として活躍してゆくゾラ、変わりゆく環境と状況に2人の関係は複雑なものになってゆく。支え合い認め合い、近い関係だけに遠慮や配慮が足りずに関係が悪化する……友情と愛憎、夢を追い続けること、現実を生きること。実在した2人の芸術家が創作に打ち込み、生身の人間として生きた姿を描き出す人間ドラマである。

ギヨーム・ガリエンヌ,アリス・ポル,ギヨーム・カネ,ほか

1852年、南フランスのエクス=アン=プロヴァンス。イタリア移民の子として学校でいじめられていたゾラをセザンヌが助け、お礼にとセザンヌの家にゾラが籠入りのリンゴを届けたことから2人は友人に。裕福な家庭で銀行家の父に反発して育つセザンヌと、イタリア移民の母子家庭で苦労して育つゾラ、異なる境遇でも“芸術家になる”という共通の夢を分かち合い親友として支え合ってゆく。詩人を目指してゾラがパリに移ると、セザンヌも父の反対を押し切って画家を目指してパリへ。ゾラは出版社に入社し新聞に連載を執筆しながら作家デビュー。しかしセザンヌは美術学校への入学を断られ、父の送金が打ち切られ、画展にことごとく落選し続けて荒れた生活に。セザンヌはパリとエクスを行き来しながら創作活動を続けるもまったく評価されないまま、1870年にはモデルで愛人のオルタンスとともに隠遁生活のような状況になるなか、ゾラはセザンヌを励ます手紙をたびたび送り生活費を工面し、物心両方で支援する。しかし1886年、画家を主人公にしたゾラの新作小説『制作』を読んだセザンヌは、自分をモデルにしていると傷つき、ゾラに激しく抗議する。

実在した2人の芸術家の交流、変化してゆく関係、友情と愛憎を描く物語。セザンヌの絵画に何度も描かれている故郷の風景の数々を大画面で楽しめること、ゾラの著名人たちとの交流や小説を執筆したころの状況や思いが伝わってくるのも興味深い。アートコレクターとしても知られるトンプソン監督は、15年前にセザンヌとゾラの友情についての記事を読んだことをきっかけに興味をもち、地道にリサーチを続けてきたとのこと。監督はコメディの作風で有名なことから、「次回はセザンヌとゾラの物語を」と映画の企画を周囲に何度話しても「コメディで」と言われ続けてきたなか、ようやく実現したとも。2人の逸話のすべてに惹かれて本作に心血を注いだという監督は、男女の愛以上に強い結びつきをもつ芸術家2人の友情と、常に対極にあった彼らの関係性に強く心を動かされたと語る。
 「もっとも興味を引かれたのは、運命の交錯とも言うべきものでした。貧しい少年時代を送った者が成功し、ブルジョワとしての地位を築き上げ、名声を得てゆく。一方で、ブルジョワとして生まれついた者が成功の脇へと追いやられ、描いた絵で稼ぐことすらできない。内縁関係の女性がいても、芸術だけに捧げたボヘミアンな人生を送ってゆく……。やがてその一方が、創造の泉が涸れはしないだろうかと悩み始めたとき、もう一方はようやく世界からその名を認められるようになってゆく。実際、ゾラの主要な作品は、25歳から50歳のあいだに書かれました。ところが遅咲きのセザンヌが近代絵画の改革者としての評価を得るのは、50歳を過ぎてからのことです。彼らの生涯は、いつもつねに逆の位相にあったのです」

ギヨーム・ガリエンヌ

約30年画家として認められないまま、気難しく辛辣になってゆくセザンヌ役は、ギヨーム・ガリエンヌがその個性をくっきりと表現。貧しい少年時代を過ごすも小説家として20代から活躍するゾラ役は、ギヨーム・カネが繊細で真面目な男性として。着実に成功してゆくゾラに少し引け目を感じながらも、媚びへつらうことはせずに友人として率直なスタンスで居続けるセザンヌと、社会や知人たちからまったく評価されないままでもセザンヌを大切にし、天才だと確信し続けるゾラ。子どものころからの友情と信頼をはぐくみながら、成長し互いが変化してゆくにつれて嫉妬や羨望や妬み、皮肉や卑屈さや将来への不安が入り混じり、惹かれ合い思い合いながらも混沌としてゆく感情表現を、2人のギヨームが丁寧に演じている。
 またセザンヌのモデルを経てゾラと結婚するアレクサンドリーヌ役はアリス・ポルが、セザンヌの内縁の妻の状態を長年続けてゆくオルタンス役はデボラ・フランソワが、後年にゾラが恋に落ちる若いメイドのジャンヌ役はフレイヤ・メーバーが、セザンヌの優しい母アンヌ=エリザベート役はサビーヌ・アゼマが、厳格な銀行家の父ルイ=オーギュスト役はジェラール・メイランが、ゾラの控えめな母エミリー役はイザベル・カンドリエが、画商アンブロワーズ・ヴォラール役はロラン・ストケルが、それぞれに演じている。

ギヨーム・ガリエンヌ,ほか

<リンゴの籠のある静物><パリスの審判><果物籠のある静物>ほか、セザンヌの絵に繰り返し描かれるリンゴの籠のもととなるゾラとのエピソード、後年に何度も描いているサント・ヴィクトワール山の実風景、モチーフのひとつとして知られる水浴のもととなった少年時代の思い出など、セザンヌの名画のエピソードを映像で楽しめるのは見どころのひとつだ。撮影は彼らの故郷であり、17〜18世紀の町並みが残る地としてユネスコの世界遺産に指定されているエクス=アン=プロヴァンスでも行われ、セザンヌ家の別荘「ジャズ・ド・ブッファン」、セザンヌがアトリエとして使っていたビベミュス石切り場の小屋なども登場。またセザンヌの絵画<メダンの館>で知られる、メダンにあるゾラの別荘や庭は実際の建物を使用。トンプソン監督は、祖父がゾラの編集者を務めたというジャン=クロード・ファスケルの協力を得て、ゾラの曾孫マルティーヌ・ルブロン=ゾラと実際に会い話したとも。そしてセザンヌの絵画を見てゾラの小説を読むことはもちろん、ゾラとセザンヌが実際に書いた手紙を読み、国立図書館でゾラの手稿を読み、美術館をめぐりインターネットで探して書物や資料を読み続けたとのこと。ただ映画を製作する上では、「“セザンヌ的な光”を用いるべきという思いはありませんでしたし、“これぞセザンヌだ”と言われたいとも望んでいませんでした」と語るトンプソン監督。撮影で一番大切にしたことについて、このように語っている。「プロヴァンスの光は世界でもっとも美しいものです。撮影で特に心を砕いたのは、パリとメダン、そしてエクス=アン=プロヴァンス、それぞれの異なる光を映画に呼び込むことでした」

パブロ・ピカソやアンリ・マティスをはじめ、後進の著名な画家たちに多大な影響を与えたセザンヌが、これほどまでに不遇な時期を過ごし、晩年からだんだん評価され始め、死後になってから評価が高まり画家として不動の地位を確立したことには、改めて本当に驚かされる。限られた知人を除く、社会や周囲からまったく評価されず認められないことを約30年も自分を信じて信念をもちやり続けることがよくできたものだと。裕福な家庭に育ち、両親を養う心配もなく、ある意味で良くも悪くも夢に生きることが許される立場にあったことももちろんあるが、周囲から否定されようとも彼の才能を信じ続けてくれた親友ゾラがいたから、セザンヌは不遇の時期にあきらめずに画家として生きていくことができたのかもしれない、と個人的に思う。そして本作は、すれ違う感情や関係に哀しみや失望もあるものの、そうしたことも丸ごとすべてセザンヌの絵画に昇華されてゆくかのようなエンドロールが美しい。サント・ヴィクトワール山を描いたいくつものセザンヌの絵画が、まるで時や季節を経て変化してゆく山の実景のような趣で、モンタージュで映されてゆくのだ。喜びや友愛だけの軽快な物語では決してないけれど、明るい光につきものの濃い影も淡々と映し、心を静かに震わせる映画である。

作品データ

劇場公開 2017年9月2日よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
制作年/制作国 2016年 フランス映画
上映時間 1:54
配給 セテラ・インターナショナル
原題 Cézanne et moi
監督・脚本 ダニエル・トンプソン
出演 ギヨーム・カネ
ギヨーム・ガリエンヌ
アリス・ポル
デボラ・フランソワ
サビーヌ・アゼマ
ジェラール・メイラン
イザベル・カンドリエ
フレイヤ・メーバー
ロラン・ストケル
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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