月と雷

角田光代の小説を初音映莉子×高良健吾で映画化
普通とは、まっとうな人生とは、幸せとは?
むきだしの心と肌を寄せ合う人たちの姿を描く

  • 2017/09/20
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  • シネマ
月と雷©2012 角田光代/中央公論新社 ©2017「月と雷」製作委員会

『八日目の蝉』『紙の月』の直木賞作家・角田光代の小説を映画化。出演は『終戦のエンペラー』でハリウッドデビューした初音映莉子、『横道世之介』の高良健吾、『Shall weダンス?』など夫・周防正行監督の作品以外で初の映画出演となる草刈民代ほか。製作は、『海を感じる時』の安藤尋監督が、『人のセックスを笑うな』の脚本家・本調有香と『blue』以来14年ぶりにタッグを組み手がける。淡々と一人暮らしをしている泰子は、幼い頃にすこしの間だけ一緒に暮らした男の子・智と再会。今の生活を乱されたくないと思いながらも、一緒にいることが自然で心地よく……。母と生き別れて父と死別し、奇縁のある母子と再会して、「普通とは、まっとうな人生とは、幸せとは」と自問するひとりの女性の姿を描く。本能的に惹かれて心安らぐ幼馴染と堅実で面倒見のいい婚約者、複雑な家庭のこと。むきだしの心と肌を寄せ合い、生きていくことのさみしさやあたたかさを描くドラマである。

草刈民代,高良健吾,藤井武美,初音映莉子

泰子は、実の母をあまり覚えていない。泰子が小学1年生の時に母は家を出て、父が連れてきた愛人の直子と彼女の息子・智とともに暮らしたからだ。その親子は半年弱で出ていったが、楽しかった日々と辛かった別れとして、心の奥底に深く刺さっている。今は地元のスーパーでレジ打ちをして、死んだ父から継いだ古びた一軒家に1人で暮らしている泰子の元へ、智が20年ぶりにふらりと訪ねてくる。「また一緒に暮らさない?」という智に、食品会社の社員と結婚目前の泰子は最初こそ関わるまいとしたものの、智といる時間の心地よさを自ら受け入れていくように。そんななか、テレビの人探しの番組で泰子は生みの母親・一代と再会。母がフードコーディネーターとして成功し、再婚相手との間に娘が生まれ、異父妹・亜里砂がいると知る。過去を断ち切り裕福で幸せそうな実母を知った泰子は、自分と母の運命を変えた智の母・直子に会いに行くことにする。

父、母、妹という肉親のこと、両親の関係崩壊の一端でありながら疑似家族のようでもある直子と智のこと、女と男の生身の肌合い、頭で考えること、心と体で感じること。人生を理性だけで進めようとしても、本質的に満たされることには、条件や理屈を超えたあたりが大きく作用するさまがリアルに伝わってくる。登場人物はそれぞれにやっかいな人たちであり、特に直子と智は気ままでいいかげんながら、彼らなりの理屈にもとづいているためか、不思議と憎めない感覚もある。

草刈民代,初音映莉子

智と再会し、結婚間近で退屈でも平穏だった暮らしが変転してゆく泰子役は、初音映莉子が揺れ動く心情を丁寧に表現。各地の男の元を流浪する母のもとで育った智役は、高良健吾が女性の懐にするりと入り込む青年として無邪気に。泰子と智が体を重ねるシーンは、生身の質感とお互いを受け入れ合う様子が自然で、女性が観ていて不思議と癒されるような感覚も。成人映画の制作経験のある監督の感性が生かされているのかもしれない。
 家事もせず常に酒を飲み煙草を吸い、世話をしてくれる男の元を渡り歩く直子役は、草刈民代がほぼノーメイクで猫背に脱色したパサパサの髪というこれまでにない役作りで表現。ラスト近くに泰子と交わす会話には、泰子がずっと苦しんできたつらさのひとつに「そうじゃない」と伝える面があり、沁みるものが。泰子の異父妹・亜里砂役は藤井武美が、泰子の婚約者・太郎役は黒田大輔が、泰子の同僚の吉村役は市川由衣が、石屋を営み直子の面倒を見る岡本役は木場勝己がそれぞれに演じている。
 原作者の角田光代氏は登場人物とキャストについて、このようにコメントしている。「映画では、登場する人物のひとりひとりが、みんな、断然、小説よりもすてきな人だ。それは生身の人が演じているからかもしれない。俳優さんと女優さんが、登場人物たちの不器用な時間を、ていねいに真摯に生ききってくれているからかもしれない。書いていて大嫌いだった泰子も智も直子も、映画で見たらみんな好きだ。みんないとしい」

高良健吾,初音映莉子

今回の映画化については、本作の宮崎大プロデューサーが、小説『月と雷』を脚本家の本調有香におすすめをしたことから始まった。そして彼女が「この作品の脚本を書きたい、監督は安藤監督で」と話し、映画化に向けて動き出したという。安藤監督はもともと角田光代作品のファンで原作をすでに読んでいて、セリフや人物に魅了されていたものの、映画化するつもりで読んではいなかったため、監督のオファーがきた時は驚いたとも。安藤監督は今回の制作について喜びとともに語る。「以前からその作品がとても好きな角田光代さんの原作を映画化することができ、大変嬉しく思っています」
 また『blue』『海を感じる時』『花芯』など女性作家の作品の映画化を多く手がけていることについて、安藤監督はこのように語る。「なんででしょうね(笑) 自分は男だから、わからない女性を描くということで何か仮託できるのかもしれないですね。と言って男というものがよくわかっている訳ではないですが。語弊があるかもしれませんが、なんだかんだ言って世の中は男性が有利にできていて、女性は社会的弱者の立場に立たされることが多いと思うんです。そんな男性社会の中で抑圧されて生きている女性を描くことで“本当の社会”が描けると思っています」

泰子の家の撮影では、実際に一軒家を丸ごと借りて行ったという本作。観ていると、閉じた世界の違和感とある種の幸福感、独特の親密な感覚が伝わってくるのも面白い。最後に、安藤監督のメッセージをお伝えする。「男性にも女性にも観て欲しい作品です。そんななかでも、世の中が押し付けてくる“普通”ってものに、ふと疑問を感じてしまう大人の女性にはぜひ観てもらいたいなと思います」

作品データ

月と雷
劇場公開 2017年10月7日よりテアトル新宿ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2017年 日本映画
上映時間 2:00
配給 スールキートス
原作 角田光代
監督 安藤 尋
脚本 本調有香
出演 初音映莉子
高良健吾
藤井武美
黒田大輔
市川由衣
村上 淳
木場勝己
草刈民代
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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