人間失格 太宰治と3人の女たち

作家とその晩年に関わった3人の女性との愛憎を
独特の哀感と力強さとユーモア、鮮やかな映像で描く
実話をもとに創作したオリジナルの人間ドラマ

  • 2019/09/03
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人間失格 太宰治と3人の女たち© 2019 『人間失格』製作委員会

作家・太宰治が玉川上水に入水自殺し38歳で死去するまでの1年半の実話をもとに、蜷川実花監督がフィクションとして描く話題作。出演は、2020年公開予定のハリウッド映画『GODZILLA VS. KONG(邦題未定)』の小栗旬、『湯を沸かすほどの熱い愛』の宮沢りえ、『ヘルタースケルター』の沢尻エリカ、『私の男』の二階堂ふみ、成田凌、千葉雄大、瀬戸康史、高良健吾、藤原竜也ら人気俳優が顔をそろえる。脚本は『紙の月』の早船歌江子、撮影は『万引き家族』の近藤龍人、音楽は『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』の三宅純が手がける。恋愛と心中未遂を繰り返し、注目と批判を浴びる人気作家・太宰治。自宅には2人の幼いわが子、3人目を妊娠中の妻・美知子がいながら、またよそで新しい恋に落ち……。蜷川監督はこの作品について、「私が手掛けるのなら、大庭葉蔵(小説『人間失格』の主人公)の目線ではなく、彼(太宰治)と関わる女たちの側から描くと面白いのではないかと考えました」とコメント。作家とその晩年に関わった3人の女性との愛憎を、独特の哀感と力強さとユーモア、鮮やかなビジュアルとともに描く人間ドラマである。

宮沢りえ,小栗旬,ほか

1946年、東京。人気作家として活躍する太宰治は、2人の幼いわが子、3人目を妊娠中の妻・美知子がいながら、彼のファンであり作家志望の太田静子と交流するうちに、激しく愛し合うように。そして静子の日記を参考に、太宰は小説『斜陽』を執筆、社会現象を起こすほどのベストセラーとなる。同志である作家・坂口安吾と議論し、ラジオやテレビ番組の脚本を手がける親友・伊馬春部と語らい、若き小説家・三島由紀夫から挑発され、流行作家としての日々を過ごすなか、物静かな美容師・山崎富栄と出会う。妻が妊娠中に愛人の静子までも妊娠し、途方に暮れていた太宰は、今度は富栄と関係をもつように。不摂生な生活から持病の結核が悪化し、妻が3人目の子どもを産んでも自宅にろくに寄りつかず、状況がますますこじれてゆくなか、“人間に失格した男”の物語に取りかかり……。

小説『人間失格』の映画化ではなく、作家・太宰治の実話をもとに創作したオリジナルの人間ドラマである本作。太宰治が愛人の山崎富栄とともに玉川上水に入水自殺をするまでの1年半の実話をもとに、『人間失格』を執筆した背景を描いている。もともと小説『人間失格』を撮るのはどうか、というオファーを受けていた蜷川監督が、実話に基づくオリジナル作品として映画化した理由について、このように語っている。「『人間失格』は太宰の自伝的な作品と言われるけれど、実際の本人はどうだったんだろうと資料を読み始めると、むしろ本人の人生の方が興味深かったんです。何が面白かったかというと、太宰治という一人の男性に対して、妻の津島美知子、愛人の太田静子と山崎富栄の3人が、最晩年の同じ時期のことを文章に残していて、それが本になって今に伝えられているということ。そんな人、滅多にいないじゃないですか」

沢尻エリカ,小栗旬

太宰治役は小栗旬が、筋肉質の体躯をハードな減量によりげっそりとやつれた晩年の病身の姿まで絞って熱演。作家として模索し、妻子を愛おしく思いながらもよそで女たちと恋愛を楽しみ、病魔に侵され、真剣さも軽薄さも、才気とともにあらゆる顔を調子よく繰り出す憎めなさを巧く表現している。夫の乱行に目をつぶり、才能を信じて叱咤する賢妻・美知子役は宮沢りえが奥ゆかしく凛として、太宰も目を引く文才の持ち主でいちファンから愛人となった太田静子役は、沢尻エリカが上流階級の娘らしく天真爛漫かつしたたかさをあわせもつ女性として、太宰との関係に溺れ、なかば軟禁状態で独占しようとする美容師・山崎富栄役は二階堂ふみが濃厚な情念にまみれた泥沼ぶり全開で。実在した太宰の複数の担当編集者たちの人格を融合させたという映画オリジナルのキャラクター、佐倉潤一役は成田凌が、静子の実弟・太田薫役は千葉雄大が、ラジオやテレビ番組の脚本を手がける太宰の親友・伊馬春部役は瀬戸康史が、21歳の三島由紀夫役は高良健吾が、太宰と親しく、ともに無頼派を代表する作家・坂口安吾役は藤原竜也が、それぞれに演じている。

“飛んで火にいる夏の虫”とばかりに、太宰という火に焼かれていくかのようにも見える女たち。寄ってくる女が好みであれば、次々と悪気なく受け入れてしまう、劇中の太宰の女性への対応は、個人的には、「ああ、こういう人いるよね、本当にそうだったのかも」という感覚で、人たらしで才能あるダメダメなイケメンぶりがリアルだ。映画の太宰の生き様は、男性が観ると嫌悪感があることも多いようで、いい加減さや不甲斐なさが鼻につく、というのもよくわかる。実際に当時、志賀直哉をはじめ文壇の年上の作家たちから太宰が批判されていた逸話にもつながるものを感じる。蜷川監督は本作の太宰のキャラクターについて、2019年7月25日に行われたジャパンプレミアイベントにて、茶目っ気とともにこのように語った。「私はダメ男が好きなので。太宰はキング・オブ・ダメ男、これ以上ダメな男はいないというくらいの気持ちで作りました。ダメなんだけれどどうしようもなくセクシー。色っぽく説得力のある男になっています」
 ふと3人の女性たちの立場になることを想像してみると、同性としてゾッとするものもあるが、物語として観る分には興味深く、しみじみとするものがある。そしてこの映画では、客観的にどう見えていようとも、彼女たち本人の体感としては決して不幸ではなかった、と描かれているのが特徴だ。蜷川監督は太宰治と3人の女性との関係性について語る。「私から見ると、これはハッピーエンドなんだなと。妻の美知子さんは太宰の作品の権利関係と津島家を受け継ぎ、静子さんは『斜陽』という作品と子どもが出来た、富栄さんは“太宰治の最後の女は私です”という、その一点だったと思う。結局、女たちは自分が欲しかったものを手にしている。では、それを与えた側の太宰はどうだったかというと、私生活はだめなことばかりだけど、クリエイターとしてあれだけの作品を残し、あそこまで振り切って表現できるのは羨ましい。でも、女としては許せないという気持ちもあって、そこはすごくせめぎ合う。『僕はキリストだよ』ということを妻の前では決して言わないのに、手の内に入りそうな女の前では臆面もなく言ってしまい、そういう言動が全て記録され、後世に残っているというのも恥ずかしい。とにかく、すべて女たちに記録されているのが面白いですね」
 ある意味で、太宰は好みの女性から「欲しい」と言われれば後先考えずに体も時間も命までも与えてしまう気前のいい“キリスト”で、彼と関係する女性たちは、一般的な幸せとはかけ離れていても、太宰治という世界を構築するピースになる喜びを実感できる、気合や気概のある女たち、ともいえるのかもしれない。

藤原竜也,小栗旬

鮮やかな色彩感覚で描くビジュアルは期待通り。美術は『ヘルタースケルター』を手がけたEnzoが担当している。太宰が静子と再会する梅の花が咲き誇るシーンや、富栄を抱き寄せる藤棚のシーンも美しい。美知子が子どもたちと暮らす太宰邸は青いトーンをベースに質素な日本家屋として、静子の家はフランク・ロイド・ライトの弟子だった遠藤新の設計による湘南の加地邸を使用し、華やかに。富栄のいる暗い部屋に、十字架型の光が窓から射しこむシーンも印象的だ。また太宰が『人間失格』の執筆に没頭し、書斎が無重力に解体していくかのようなシーンは、どこかトランスやスピリチュアルの趣がいい塩梅でハマッている。このシーンについて、Enzoは蜷川監督の意図とともに語る。「(あの場面は、)監督としては彼が『人間失格』を書くことで自由になったというか、少しだけ家という重力から離れて、それぞれの女たちの干渉からも解き放たれ、創作だけの世界にアクセスできたという意味。“創るために壊す”という蜷川監督の概念を大事にして、あの場面を作り上げました」

「恥の多い生涯を送ってきました」。このフレーズで知られ、太宰が死の直前に書き上げた小説『人間失格』は、累計1200万部以上を売り上げている“世界で最も売れている日本の小説”であり、2019年6月19日には太宰治の生誕110周年を迎えたとのこと。そしてこの映画は、現在開催中の第76回ヴェネチア国際映画祭の公式イベントにて、2019年9月2日、3日に行われる「ジャパン・フォーカス」で上映が決定。蜷川監督は前述のイベントで海外上映について、このようにコメントした。「たくさんの方に観てもらえるのは嬉しい。国を超えて観てもらえる作品になっています」
 晩年の太宰を巡る3人の女性について、太宰に食い物にされた女たちではなく、それぞれに自分の思いをまっとうした女たちとして描き、実力派の製作陣によるオリエンタルなビジュアルとともに、蜷川監督と脚本家・早船歌江子の手腕が冴えている本作。季節が晩夏から秋へと移り変わり不安定に揺れ動く頃、人気作家を巡る愛と情念と創作のストーリーを観るのは時節柄にも合いそうだ。

作品データ

公開 2019年9月13日より丸の内ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2019年 日本
上映時間 2:00
配給 松竹、アスミック・エース
監督 蜷川実花
脚本 早船歌江子
音楽 三宅純
撮影 近藤龍人
出演 小栗旬
宮沢りえ
沢尻エリカ
二階堂ふみ
成田凌
千葉雄大
瀬戸康史
高良健吾
藤原竜也
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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