ホテル・ムンバイ

2008年、インドのムンバイで起きた同時多発テロで
ゲストを命がけで守った五つ星ホテルの従業員たち
立てこもり事件からの生還を描く実話ベースの物語

  • 2019/09/09
  • イベント
  • シネマ
ホテル・ムンバイ© 2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC

インドのムンバイで2008年に起きた同時多発テロ事件にて、五つ星ホテルで大勢のゲストを守ったホテルマンたち、家族を必死に守ろうとした宿泊客の姿を、実話をもとに描く物語。出演は、プロデュースも務める『LION/ライオン 〜25年目のただいま〜』のデヴ・パテル、『君の名前で僕を呼んで』のアーミー・ハマー、TVシリーズ「HOMELAND」のイギリス系イラン人女優のナザニン・ボニアディ、『世界にひとつのプレイブック』のインドの国民的俳優アヌパム・カー、『ハリー・ポッター』シリーズのジェイソン・アイザックスほか。監督は短編映画『THE PALACE』で知られ、長編映画デビューとなった本作でバラエティ誌の「2018年注目すべき映画監督10人」に選出されたアンソニー・マラスが手がける。2008年11月26日、ムンバイの駅や店やホテルなどで同時多発テロ事件が発生。武装したテロリストたちは人々を無差別に殺傷、タージマハル・ホテル(通称:タージ)では大勢の宿泊客を守ろうと従業員たちが結束する。監督と脚本家が関係者に取材し、事件にまつわる膨大な資料を取り入れ、ホテル内に取り残された500人以上の宿泊客とホテルマンと、テロリストらとの約60時間続いた攻防を映す。実行犯として貧しい少年たちが捨て駒にされているテロ集団の内情も含め、命がけでゲストを守ると決断したホテルマンたちの姿を、実話をもとに映す人間ドラマである。

アヌパム・カー,ほか

2008年11月26日、インドの経済とエンターテインメントの中心地、ムンバイ。臨月の妻と幼い娘と暮らす青年アルジュンは、五つ星のタージマハル・ホテルの従業員であることに誇りを感じている。しかしこの日、突然の銃声とともに武装したテロリスト集団がホテルを占拠、人々を無差別に銃殺し、優雅なホテル内は瞬く間に恐ろしい惨状となってしまう。建物内に取り残された500人以上の宿泊客とホテルマンのもと、出動を要請したテロ殲滅部隊は1300km離れたニューデリーにしかいないため、到着まで日数がかかるという報せが入る。従業員たちは専用の出入口から逃げることが可能であり、何人かは家族のもとへと帰るなか、オベロイ料理長はほぼ侵入不可能な部屋“チェンバーズ”へ大勢のゲストたちを誘導し避難させることを決意。アルジュンをはじめ多くの従業員たちはオベロイ料理長とともに、命がけでゲストを救う道を選ぶ。アメリカ人の建築家デヴィッドとイラン系の妻ザーラは、生まれたばかりの赤ん坊をシッターに任せてレストランで食事をしていたことから、部屋にいるシッターに危険を知らせるべく何とか連絡をとろうとするが……。

インドで2008年11月26日〜29日に起きた大規模なテロ事件“ムンバイ同時多発テロ”の出来事を描く作品。不意を突かれたゲストや、宿泊客を守ろうとするフロント・スタッフら、何の罪もない人たちが次々と惨殺されていく場面、そしてテロの首謀者に洗脳された世間知らずの少年たちが、遠隔で指示を受けながら実行犯として迷いなく殺戮をし続けていく姿は、見ていてつらいものがある。そしてライフルをもつ実行犯らが厳しく監視するなか、ホテルの従業員たちが宿泊客たちを守るために団結し行動してゆくさまを映し出している。マラス監督はこのホテル襲撃事件を映画化した理由について、このように語っている。「500人以上もの人々が巻き込まれながら、32人しか死者がでなかったという奇跡に驚いた。しかも、犠牲者の半数は、宿泊客を守るために残った従業員だった。彼らの驚くほど勇敢で機転が利き、自らを犠牲にしようとした行動に心を動かされ、映画で伝えようと決心した」

ナザニン・ボニアディ

タージ内のレストランで給仕をしているアルジュン役はデヴ・パテルが、低い階級で貧しくとも卑下することなく周囲に心を砕く、実直でひたむきな青年として表現。マラス監督がホテルのウェイターと数人のスタッフから作り出したというアルジュン役は、脚本の段階からパテルにあて書きをしたとのこと。本作でプロデューサーも務めたパテルは、デビュー作『スラムドッグ$ミリオネア』のラストのダンスシーンをムンバイのチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(CST)駅で撮影した数か月後に、CSTでこのテロ事件が起きたことから、強い思い入れをもって今回の製作に取り組んだという。役作りのためにタージを訪れたパテルは、ドアマンのほとんどがシーク教徒だと知り、マラスに「アルジュンをシーク教徒に設定したい」と提案したとも。パテルは語る。「彼は僕のアイディアを快く受けとめてくれた。文化的な問題や人種問題を取り上げて、少数派の共同体に焦点を当てたことを誇りに思うよ」
 劇中で、イスラム教徒のテロ犯の襲撃からホテル内で人々が避難し隠れている最中、イギリス人のシニア女性が、ザーラが話すファルシ(ペルシャ語)やシーク教徒であるアルジュンが戒律上の義務で着用するターバンにおびえるシーンで、アルジュンが彼女に丁寧に語りかけるシーンが、個人的にとても印象に残っている。
 宿泊客であるアメリカ人建築家デヴィッド役はアーミー・ハマーが、その妻であるイラン系の富豪の娘ザーラ役はナザニン・ボニアディが、夫妻のベビー・シッターであるサリー役はティルダ・コブハム・ハーヴェイが、遊び人の大物ビジネスマンや陸軍特殊部隊の将校など複数の人々を合わせたキャラクターであるロシア人実業家ワシリー役はジェイソン・アイザックスが、そしてアルジュンの上司で、実在の人物であるオベロイ料理長役は、アヌパム・カーが厳しくも指導力があり周囲から慕われる人物として、それぞれに演じている。
 殺戮は殺戮であり、テロ実行犯に同情の余地はないとわかっている。ただ実行犯となったパキスタン人の少年や青年たちが、平和な社会に生まれたなら、普通に暮らすことができたのではと思うと胸が痛む。アーミー・ハマーは本作のもうひとつの側面について語る。「この映画が成し遂げようとしていることに心を打たれた。犯人と犠牲者の両方の人間性を描こうとしているんだ」

監督・脚本・編集を手がけたマラスは、共同脚本のジョン・コリーとともに、ムンバイ同時多発テロ事件を1年かけて徹底的に調査。事件の生存者、警察官、ホテルの宿泊客や従業員、犠牲となった人々の家族から話を聞き、テロの実行犯と首謀者の通話を傍受した録音記録を研究し、何百時間ものテレビ報道や生存者のインタビュー映像を見て、裁判記録や大量の新聞記事、実行犯で唯一生きたまま逮捕された21歳のアジマル・カサブの3000ページ以上もの供述調書などを読み込み、そして何より、タージのオベロイ料理長ことインドの一流シェフ、ヘマント・オベロイに実際に会って話を聞いたことで、映画の軸となるものを得たそうだ。マラス監督は本作のテーマについて語る。「宿泊客と従業員が勇敢かつ感動的に団結し、最悪の困難を乗り越えたということが映画の核心にある。また、文化的、人種的、民族的、宗教的、経済的な隔たりを超えて団結することでより良い世界になるという概念も同様だ」

ホテル・ムンバイ

本作が初の長編映画であるアンソニー・マラス監督は、短編映画で受賞歴がある人物。1974年のキプロス紛争を生き延びた家族の物語である2011年の短編映画『THE PALACE』は、世界20か国以上で数々の映画賞を受賞。パリのユネスコ世界本部における短編映画ゴールデンナイトにて6作品のうちの1本として上映。バラエティ誌による「2018年注目すべき映画監督10人」に選出も。ギリシャ系オーストラリア人であるマラス監督は、自身が戦争で荒れ果てたギリシャから、家族とともに難民として逃れたという過去があり、その時の思いが映画作りへとつながっているそうだ。

ムンバイ同時多発テロ事件は、2008年11月26日の夜にムンバイ市内の数カ所で起きた。チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅、五つ星ホテルであるタージマハル・ホテルとオベロイ・トライデント、レオポルド・カフェ、カマ病院、ユダヤ教正統派のナリマン・ハウス(ムンバイ・ハバド・ハウス)、メトロ・アドラブ映画館などが襲撃され、実行犯らが立てこもり、街は恐怖と混乱に陥った。陸軍の軍治安部隊(NSG)がムンバイから1300km離れたニューデリーから出動したことから事件現場への到着まで日数がかかり、11月29日朝にようやくすべてが制圧された。死者170数人、負傷者約240人と言われている。実行犯のほとんどが鎮圧作戦のなかで死亡したが、唯一生きたまま逮捕された21歳のアジマル・カサブの供述により、パキスタンに拠点を置くイスラム過激派組織ラシュカレトイバ(通称LeT)が実行したと判明。分離独立から続くインドとパキスタンの根深い緊張関係がこの事件により悪化した。当時パキスタン政府はテロ組織への関与を否定したが、LeTは過去にパキスタン軍の協力を得ていたことでも知られ、2005年にはニューデリーの市場などで爆破テロを引き起こし、インドに暮らすイスラム教徒と多数派のヒンズー教徒をテロで分断・対立させ、インドを混乱に陥れようと企てていたとも。その後、テロ実行犯のカサブは2012年11月に死刑執行。LeTはカサブの自供により、その後の活動を封じられたという。(本作のプレス資料から、国際ジャーナリスト、マサチューセッツ工科大学 [MIT] 元安全保障フェローの山田敏弘氏のコラムより引用)

本作のラストでは、大勢の人たちが復活したタージマハル・ホテルを祝う実際の映像を見ることができる。タージはテロ事件で建物に大きな被害を受けたものの、事件から1カ月後には屈しない姿勢を誇示するために一部を再オープン。2年弱の修復を経て2010年8月に完全復活したという。またシェフのオベロイと彼のチームは、事件の3週間後にはレストランを再オープンしたとも。オベロイ氏は自身の思いを語る。「マラスが伝えようとしていたメッセージは、私と同じだった。『我々は脅しには屈しない。恐怖に苛まれながら生きるなんてことはしない』ということをテロ組織に伝えるために、速やかに立ち直ることを目指した」
 そしてマラス監督はこの映画に込めたメッセージについて、このように語っている。「ムンバイの襲撃事件は、体験した人々にとって、けたたましい警鐘となった。また生存者の生活に、変化がもたらされたと思う。互いを受け入れること、教育、さまざまな文化を理解することが、安全な世界を築いていくために不可欠だと。この映画が、それらすべてをうまく伝えていることを願っている」

作品データ

公開 2019年9月27日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2018年 オーストラリア・アメリカ・インド
上映時間 2:03
配給 ギャガ
映倫区分 R15+
原題 『HOTEL MUMBAI』
監督・脚本・編集 アンソニー・マラス
脚本・製作総指揮 ジョン・コリー
出演・製作総指揮 デヴ・パテル
出演 アーミー・ハマー
ナザニン・ボニアディ
ティルダ・コブハム・ハーヴェイ
アヌパム・カー
ジェイソン・アイザックス
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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